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種は芽吹かない 33

 満月が見下ろしているのは硝子張りのテラス。様々な植物が照明に照らされ、森の中に迷い込んだかのように錯覚させる。三代前の国王が他国から嫁いでくる姫君のために造られたそこは、以降、王妃専用の場となり受け継がれている。


 細やかな彫刻が施されたカウチにゆるりと座る王妃は、まるで夜を統べる女王かのように思わせた。


「ご機嫌よう、良い夜ですわね」


 そこに現れたのは漆黒の髪とアメジストの瞳を持つ少女だった。本来なら息子と一夜を共しているはずのアルティリア皇女。王妃は慌てることなく尋ねる。


「迷われましたか?」

「いいえ、妃殿下にお会いしたくて参りました」


 本来、ここに立ち会うのはフェルディナンドのみ。しかしアルティリアはどうしてもと、兄に頼み込み、周囲に万全の護衛を配備するなどを条件に王妃拘束の場に来る事を許された。植物の陰に紛れ、レオンハートを始めとした騎士達と共にフェルディナンドは潜んでいる。


「まあ、光栄ですこと」


 王妃に動揺の色はない、これから起きる事を理解して受け入れているのだ。


「何故、このようなことを?」

「ふふ、やはり皇国は侮れませんね」

「わたくしが聞きたいのはそのような事ではありません」


 メールブール王妃は控えめながらも、国と王を支え続けていた。男子が優遇されるこの国でなければ、その功績はもっと広く知られ賢妃と讃えられていただろう。


 かつてはアイギス侯爵家の親戚筋からもトリトス王子の婚約者候補として挙げられた令嬢はいたが、好敵手とも言えるトライデント公爵家のネレイスを推したのも王妃だ。


 能力面、性格面から見てもトリトス王子は後継者として力不足だ。それを補うべくネレイス嬢を婚約者とした。生家の利益よりも国家の将来を優先させていた思慮深い王妃が、現在、国王として不適合とされたトリトス王子に執着する理由はない。


 伝統を重んじ男子継承とするならばテティス王女の配偶者を王とする手段もある。さらに保守派の貴族から娘の婚約者を選べば、それは強固となっていくだろう。


 何より、このような稚拙な計画を立てるはずがないのだ。ミミ・フィットンよりも悪質な不敬、そして紛れもない反逆。


「まるでご自分の破滅を望んでいるようではありませんか」


 ルヴァランとメールブールは密かに協定を結んでおり、王妃の反逆は表沙汰にはならない、それはテティスの継承問題を最小限に抑えるためだ。だが、揉み消したとしても、王妃が失脚した事には変わりない。テティス王女の立太子に異を唱える貴族達は旗頭を失う事になる。


 それだけでは済まされない、皇国に叛意ありとしてアイギス家には調査が入り、当主はすげ替えられる。女子継承への反対派の力は大きく削がれるだろう。


「全てはテティス殿下のためですね」

「アイギス家の女は、夫のため兄弟のため息子のために尽くす。そう生きてきました。テティスが女王となるなら、私は?私は何のために身を粉にしてきたのでしょう?私は己の人生を否定したくなかった。それだけですわ」

「仰っている事と振る舞いが合致しません」

「ふふ」


 満足そうに微笑む王妃は決して認めることはない。これから自分を断罪する娘に、母の犠牲という名の鎖で繋がないために。


「お母様」


 フェルディナンドと共に姿を現したテティス王女の瞳からは涙が止まる事はなかった。娘までもがいるとは思わなかったのか、王妃の顔はほんの少しだけ強張りを見せ、母親の顔が消えた。


「あら、テティス。なんて顔をしてるの、やはり女の子は駄目ね。こんな路傍の石に気を取られて、メールブールの王になれると思うの?」

「わ、私は……」

「しっかりなさい。すべき事を成すのです」


 泣くな、泣くな。

 誰よりも国と民と、夫と子供達を愛した王妃のために。

 メールブールの未来を、信じて託してくれた母のために。

 涙よ、止まれ。


「メールブール国王女……テティスの名において、王妃ドーリス、貴女の身柄を拘束します」


 それだけ言うのがやっとだった。


 娘の言葉を聞くと王妃は満足そうに微笑んだ。


 幼い頃、乳母ではない誰か、優しく抱きしめてくれた女性は間違いなく母だった。


 行かないで、お母様。


 そう叫ぶことは許されない。


 騎士達に連行される母の背を見つめていると、震える手を誰かが握った。アルティリア皇女だ。


「母君の行動は貴女のためだと物語っています」

「ええ、ありがとうございます」


 母が自分を潰すために策略を巡らせたと勘違いしながら生きるよりも、母が自分のために犯した罪を背負って生きていく方が遥かに幸せだ。


 私は愛されていた。


 母は土壇場で兄が計画を拒絶するであろうことも想定していたのだ。最後に王太子として責任を取ろうとした姿は、多少なりともルヴァランへの印象を変えられただろう。


 兄も愛されていた。


 不器用で難解な母の愛を持って生きていこう。その先にどれ程の苦痛があろうとも、自分は誇り高く慈愛溢れる母ドーリスの娘なのだ。


 アルティリア皇女と共にテラスの外に出ると庭園からはメールブールの海が見え、太陽が登り始めた。空と水面が輝き始める。


「綺麗。メールブールは美しい国ですね」


 アルティリア皇女は眩しさに目を細める。


 穏やかな波の音と潮の香りが二人を包む。


「アルティリア様。私、可能な限り早く、ルヴァランに留学致します」

「お待ちしてますわ。その時は、皇都をご案内させて下さいましね」


 メールブール王国、初の女王となるテティスと、ルヴァラン皇国第三皇女アルティリア。小さな姫君達の友情が、二カ国間の関係強化に繋がったとされるが、その裏には、大人達による様々な思惑が重なっている事を二人の少女は理解している。


「皇都にも素敵なカフェがあるのですよ」

「まあ、楽しみですわ」

「観劇にもまいりましょうね」

「ええ、きっと」

「テティス様が楽しめる場所にたくさんたくさん行きましょうね」


 皇族、王族として生まれ、義務と責務と共に生きていく彼女達の間で、ささやかな交流が生まれた事は間違いない。

ゴタゴタがなければ、普通に仲良しになれたはずの二人。

交流はあるけど、互いに引け目がある状態です。

長い年月が過ぎれば深まるかも?

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― 新着の感想 ―
王も王妃も、いつから何を企んでいたのか。 あれこれ保険をかけまくって王族って大変だなぁ。
捨て身だったという訳ですか。 幼いとはいえ、これから一国を背負う事になる姫。 しかも男子継承の伝統がある国の初女王になる、というのは思った以上に過酷な事。 なればこその “覚悟” を促す為にしたの…
最初は王妃は息子大好きなだけだと思っていたけど、男尊女卑実家を道連れにして、娘が国営をやりやすくしようと命を懸けて奮闘していただけだったんですね 今後のメールブールに栄光あれ
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