種は芽吹かない 25
「自分が情け無いです」
王宮からの帰り、馬車で揺られながらネレイス・トライデントは父にこぼした。
「私がもっと上手く立ち回れば、テティス殿下にあのような事をさせずに済んだのではないでしょうか」
ミミ・フィットンの無作法を許したばかりか、幼い主人に公衆の面前で頭を下げさせてしまった。
「メールブール貴族の中には女王が立つ事に否を唱えている者も少なくない。成人前にも関わらず、国を守らんとした殿下のお姿に考えを改める貴族も出てきたようだ」
相手がルヴァランでなければ弱腰と捉える者もいるだろうが、メールブールを睨む二隻の巨大な魔獣を引き連れてきた皇族を前に、そのような世迷言を口にする身の程知らずもいないだろう。
「ですが」
「ネレイス、お前は充分やっている。己を責めるのであれば、未来の女王をお支えする事に勤めるがいい」
ロディ・トライデントは父と姉のやり取りを怫然とした気分で見つめていた。自分がどれほど声を掛けても、荒げても、まるで存在しないかのように振る舞う二人。なんて冷酷なのだろう。家族である自分が処罰を受けたというのに。
屋敷に着くと、家令達だけでなく母の姿もあったが、ロディを無視して父と姉のみ見つめている。
「ははう……」
「あなた、ネレイス。おかえりなさいませ」
「ああ」
「ルヴァランはなんと?」
「建国祭の全ての予定は欠席するとの事だ。奴らは廃嫡だ」
父の「廃嫡」との言葉を受けて、騎士達はロディを自室へと促した。
「待て、まだ話してもいない。母上!」
何度も呼び掛けたが、母は一瞬たりともロディを見ない。騎士達に制止され、強制的に部屋へと連行された。
自室に戻ると侍従をしている乳兄弟のスカイが入ってくる。
「スカイ、聞いてくれ!僕は廃嫡されてしまう!」
幼い頃から共に育ってきており、王妃としての勉学に忙しかった姉のネレイスよりも近しい存在だ。
「伺っております。では、お着替えを……」
「父上も姉上も僕を見捨てたんだ!いや、僕に全ての責任を押し付けて切り捨てるつもりなんだ。母上でさえ、口をきいてくれない!」
誰に頼めば助けてくれるだろうか。侯爵家に婿入りした叔父は昔から可愛がってくれてはいたが、兄であり公爵の父に対抗するには力不足だ。いや、親戚の中でも発言力のある者達を集めれば対抗出来るかもしれない。
「スカイ、一門の者達に僕の現状を伝え、急ぎ我が家に集めてくれ」
「ロディ様の廃嫡の件は既に親戚縁者、一門、全てに通達する準備がされております」
「そ、そっか」
手間が省けた。これで、皆が自分を助けるために各々動くだろう。安心したロディはカウチに座り込む。
「これで、ネレイスお嬢様が後継となられる際の憂いがなくなったと、皆安心するでしょう」
「こんな時にたちの悪い冗談はやめてよ」
スカイは昔から皮肉を言うのだ。ただ、いつもと違い、淡々と口を開いたので胸がドキリとする。
「冗談などでは御座いませんよ」
「はは、姉上なんかが公爵なんて誰が認めるんだよ」
笑いながらスカイに顔を向けると、彼は薄らとした微笑みを浮かべている。それは、ロディを揶揄うような顔ではなく酷く冷たいものだった。
「トライデント一門の皆です」
「何を言ってるんだ、僕が……!」
後継者だと言い掛けたが、スカイの鋭利な視線に射抜かれ、口にする事はできなかった。
「ネレイスお嬢様が王太子の婚約を辞退するとなった時、皆申しておりました。“ネレイス様を他家に嫁がせるなどトライデントの損失だ”と」
ネレイスが王妃となり国政の舵取りをするのであれば、一門を挙げて支える心積りであった。ところが、どうだ。これまで我らが姫君の献身に支えられてきた王子は、愚にもつかない娘に入れ揚げ婚約破棄を画策してると言うではないか。なんと見下げた事だろう。
我らトライデントが守護する価値なしと判断し、婚約は解消となったが、トライデントの当主となるはずの長子は王子と同じく、浅ましい小娘に入れ揚げている。嘆かわしい。トライデントは、メールブールは、どうなるのだ。
「しかしながら、数年前にめでたく法改正となり、トライデントの才媛が当主となる準備が整いつつありましたが、一つ問題が残っておりました。貴方です」
対外的に見れば、王子の腰巾着となり、遊び歩いているだけ。伝統的に男子相続のメールブールでは、ロディを押し退けネレイスを後継者とするには理由が弱い。
ところが愚か者達は自ら破滅してくれた。
「宗主国の皇女殿下への不敬罪を犯したクズがトライデントである事は誠に遺憾でありますが……」
「待って、待ってよ!スカイ……どうして、そんな」
一門でさえ、自分を見限っている。その現実もさるものだが、何より実の姉よりも兄弟らしく育ってきた乳兄弟から、その事実を語られた事がロディの胸を抉る。
「僕は、僕はスカイのこと本当の兄さんだと……」
「2年ほど前に“使用人の分際で過ぎた口をきくな”と忠告されて以降、私はトライデントに仕える者として弁えております故、そのような思いは必要御座いません」
数年前、ミミへの対応について、両親からだけでなく、スカイを始めとした近しい使用人達からも苦言を呈されていた。それは酷く煩わしく、また自分を理解しない周囲への怒りへと変わった。彼らの言葉を無視し続けたが、最後まで諌め続けたのはスカイだった。
しかし苛立ちが限界を超えた時、ロディは言った。
「黙れよ!何様のつもりだ、ただの使用人のくせに。いつまでも主人を弟扱いして許されると思ってると痛い目にあうぞ。僕はトライデント当主となる男なんだからな」
それ以降、スカイは口答えをやめ、黙々とロディに仕えた。
「私は今やトライデント家に忠誠を誓う。使用人の一人に過ぎません」
「い、嫌だ!スカイに見捨てられたら僕どうしたらいいんだよぉ!」
幼児のように喚き始めたロディに向かってスカイは言った。
「仕方ないな。今だけトライデントの臣下としてではなく一人の人間として話す」
「うん、うん。助けてよぉ、スカイ」
そうだ、スカイはいつも「仕方ないな」と言いながら自分を助けてくれた。家庭教師からの課題を一緒に考えてもくれたし、時には、ロディが折った庭の木の枝を自分がやったと言って、ロディの代わりに執事に叱られてくれた事さえあった。
「では、言わせてもらう。散々、勝手をしてきたくせに、いざ、自分の立場が危うくなったからといって、縋りつこうとしても無駄だ」
「は?え?」
「旦那様や奥様、お嬢様の言葉を無視してきたのは自分だろう。見捨てられた?違う、先に家族を捨てたのはお前だ、ロディ」
トリトスとネレイスが婚約していた当時、トリトス王子は婚約破棄をするべく動いていたが、ネレイスに瑕疵などない。その時、ミミは言った。
「理由がなければつくればいいのよ」
ネレイスは王妃に相応しくない、それを知らしめれば良い。
トリトス達はネレイスに冤罪を仕掛けようとしていた。ロディは偽の罪の証拠をつくるつもりであった。しかしネレイスの自室に毒瓶を隠し、ミミ・フィットン暗殺を企てたとする、稚拙な企みであったので、使用人達に速やかに処理されてしまう。
一連の事をスカイは家令である祖父に聞いている。
「実の姉を陥れようとするなんてな」
「違う、僕じゃない、僕はやってない!」
「もういい、もういいよ。お前にはがっかりだ」
「きっと、姉上だ!姉上が皆の同情を引くためにやったんだ!」
「お前は昔から都合が悪くなるとネレイス様のせいにするな。あれほど世話になってるのに」
ネレイスは王妃教育や王太子の婚約者としての公務のかたわらで、トライデント領の経営補助、所有する港の管理、商会との取引、一門の若い貴族との交流など担っていた。
本来ならばロディがすべき事だ。しかしネレイスは、自分は姉らしい事は出来なかったが、ロディにトライデントを良い形で引き継いでもらいたいと言って行っていたのだ。
「僕はそんな事知らない!」
「知ろうとしなかったんだろ。他家の嫡子は皆準成人前から家の仕事に携わっている。お前は、ネレイス様に甘えていたんだ」
両親達やスカイ達使用人は、トリトス王子達と過ごすばかりではく、姉の仕事を手伝えとも言っていた。
「でも、だって、姉上は、姉上は……」
「本当に周りを見てないし、側にいる人間の気持ちを考えもしないんだな。侍従が俺だけになってる事に気付いてもいない」
そう言われてロディは、いつからか侍従がスカイのみであったことを今更ながら不思議に思った。外には幾人か控えていたので、特に変だとは思っていなかったが、自分と直接関わる侍従はスカイのみとなっていた。
「皆、お前に失望して、配置換えを希望したんだ」
「そんな……」
彼等の中にも、幼い頃から家族のように接していたもの達がいたはずなのに。
スカイは一欠片残る、弟への情、それをもって最後まで侍従として仕えた。ロディの処罰後、彼はトライデント夫妻とネレイスが引き止めるも職を辞し、公爵家を去る。




