種は芽吹かない 24
「もう、どうにもならないのか」
「……フィットン嬢にお会いになりますか?」
慰めの言葉を見つける事が出来ないジョセフは、肯定の代わりに一つの提案した。
「ミミに会えるのか?」
「二人きりという訳にはいきませんが、トリトス様が望めばお会いできるようにと王妃様より仰せつかっております」
そう言えば、ミミはどうしているのだろうか。愛しい恋人であり、破滅の根源。
「ミミに会いに行く」
「かしこまりました」
トリトスはジョセフと騎士達に誘導され、貴族牢へと向かう。近づくにつれ、収容された者の奇声が大きくなる。こんな所にミミはいるのかと胸が痛んだ。
回廊の奥の部屋に通される。その部屋には侍女や騎士達が待機していた。その奥にある扉の向こうから怒号と何かを叩くような音が漏れ聞こえていた。
「ここから出せええ!お前らは全員死刑だあ!縛首にしてやるからなああ!」
しわがれた老婆のような怒鳴り声が聞こえる中、侍女も騎士も平然とした顔をしている。
「待て、ここは……部屋を間違えているのではないか?」
中にいるのは恐ろしい鬼女が待ち構えてるとしか思えない。
「いえ、間違い御座いません。現在、貴族牢に収容されているのはフィットン嬢のみですから」
「では、この叫び声と鈍器を叩くような音は?」
「お声は枯れてしまっていますがフィットン嬢です。音は椅子で扉を叩いている音でしょう」
「そんな馬鹿な……」
騎士の一人が扉の鍵を取り出した。
「襲いかかって来る事も御座いますので、お下がりください」
トリトスは思わず後ずさる。中から聞こえる怨念のこもった怒鳴り声。しかも……
「フェルディナンドおおお!フェルディナンドを連れて来いいい!」
ミミはトリトスではなく、宗主国の皇子を求めている。
何故だ?
トリトスは思い出した。学生時代、かつて側近候補として側にいた令息達は、ミミが他の男子生徒に秋波を送っていたと言っていた。しかし、その時はミミは人懐こいだけだと取り合わなかった。
思い起こせば、港でフェルディナンドを見て以降、しきりに会いたがっていた。また、夜会では本来なら皇女をもてなすべきところを、フェルディナンドにばかり声を掛け、すり寄るように近付こうとしていた。
「フェルディナンドお!フェルディナンドお!フェルディナンドおおおお!」
これまであった甘い恋情とは別に、重く苦い感情が広がってくる。
獣のように叫び、暴れ。恋人を窮地に追いやっておきながら他の男を求める。このような女のために自分は立場も未来も栄光も全て失ったのだ。
テティスは、妹は、何と言っていた?
そうだ、ミミ・フィットンと……
ミミ・フィットンを創り上げ、メールブールを危機に陥れた貴方方を許せません。
「如何なさいましたか?」
体がふらついてしまい、ジョセフに手を支えられた。手を握られた事で自分が震えていることに気が付いた。
「いやなんでもない……部屋に戻る。邪魔をしたな」
トリトス王子が去った直後、ミミ・フィットンが収容された貴族牢には、突如、静寂が降りた。呻き声が聞こえてはいたが、ミミ・フィットンはこれまでにも体調不良を訴え、侍女を呼び寄せると、暴行を加えるという行為を繰り返しており、今回も同様であると判断した騎士達は確認を遅らせた。
しかし、食事を運ぶ際に中に入った騎士と侍女が、ミミ・フィットンが昏倒している事に気付く。しかしながら身体に別状はなく、意識を取り戻すと、またルヴァランの第二皇子を呼び寄せるよう叫び始めたという。
アルティリアが目を開けると、朝の優しい光が部屋全体を包んでいた。少しづつ意識が覚醒していく中、頬にフワリとした感覚を覚え、耳元で「キィ」という鳴き声が聞こえる。
顔をずらすと、可愛らしい小猿が自分を見ていた。
「リーフ、側にいてくれたの?ありがとう」
起きあがろうとしたが体が動かない。正確には両手が何かに固定されているのだ。
拘束されている?
ひやりとした気分になるが、見れば右手はフェルディナンドに左手はレオンハートにつかまれていた。アルティリアの手を握りしめた二人はベッドに突っ伏してしまっている。
「お、兄様、レン……」
ずいぶん眠ってしまっていたのだろう。声を掛けようとしたが掠れてしまう。
「アルティリア様、お目覚めになられたのですか!?」
「誰か!早く、医師を呼んで」
自分の声にいち早く気が付いてくれたのは、ジャニスとレネだ。
「……体を起こしたいの」
そう言うと二人はフェルディナンドとレオンハートの手を外そうとするが、しっかりと手を掴んでいて離さない。おまけに兄と護衛騎士は、周囲が騒ぎ始めたというのに目を覚さない。
「失礼致します」
ロゼッタが兄とレオンハートの手を少しばかり粗雑に取り外すと、二人はベッドから崩れ落ちそうになるも、騎士達に担がれて部屋を出て行く。
「お兄様とレンは……何が起きたの?」
「大丈夫です。ただの魔力切れです。それより、ご気分は?」
ジャニスに手渡されたグラスから水を口に含むと、丁度良い冷たさが喉を潤してゆく。ゆっくりと呼吸をすると、アルティリアの好きなゼラニウムとローズマリーの精油の香りが漂っている。リーフに触れれば、柔らかな毛並みの感触。
「とても、良いわ」
戻って来れた。
「ただいま、みんな」
やはり、ここが。この世界が一番好きだ。
「休憩を」と言われたが、かなり体調は良いと感じていたアルティリアは着替えを済ませ、ナイトレイから報告を受ける事にした。
「フェルディナンド様とダーシエは殿下に魔力供給を行っていましたが、過剰にならぬよう調整を行っておりました」
しかし、昨日から突如、アルティリアの魔力が枯渇し始めたという。時間感覚は確かではないが、おそらくミミ・フィットンとの戦闘が始まった頃だろう。
二人はアルティリアに魔力供給をし続け、限界となった時に意識を失い、入れ替わるようにアルティリアが目覚めた。
「お兄様とレンの具合は?」
「医師と魔術師から魔力提供を受けております。またエイルとヘリヤからグレイヴ卿とダーシエ一門の騎士を呼び寄せてあります」
エイルとヘリヤはブリエロアの護衛戦艦だ。ダーシエ一門の騎士はルヴァラン騎士団に数多くおり、戦艦にも幾人か乗船している。またヴァルド・グレイヴ卿は、父アレクサンドロスの妹の子息でアルティリア達の従兄弟だ。
血縁者からの魔力供給が行われれば、回復も早いだろう。
「それは?」
ナイトレイはアルティリアの持つ黒い石に気が付いた。
「分からないの。でも、わたくしが持っていた方が良い気がするのよ」
それはアーモンドに似た形の3cmほどの大きさの塊で何かの種のようにも見えるが、黒曜石の様な漆黒の宝石にも思えた。
着替えの最中、寝巻きの中に違和感があり、レネに手伝ってもらい取り出したのだ。
「翠の魔女様にご相談しなければいけないわね」