種は芽吹かない 22
しつこくミミ編
それからミミはトリトス達と行動を共にするようになる。無邪気に慕うミミをトリトス達は拒絶しきれずにいた。
「トリトス様はさすがだわ、立派な王様になるわね」
「ヴェント様が知らない事なんてないじゃない」
「アレス様はすごいわ、メールブール1の騎士様よ」
「ロディ様は頑張ってるわ、そんなに努力してる方は貴方以外にいないわ」
トリトスの側近達も高位貴族で見目麗しい姿をしていた。彼らの中にいる自分は本物の姫様のよう。
また彼らと親しくなった事で、周囲の者達のミミへの接し方が変わっていく。これまでと違い、ミミの物知らずやマナーの不出来さを笑う者はいなくなる。
過ごしやすくなったミミは、以前、カフェテリアから自分を追い出した伯爵令息の婚約者にもお礼をしてやった。
「そのリボン良いわね」
「痛い!何をするの!」
髪に飾っていた細やかな刺繍とビーズが美しいリボンを奪い取る。
「あら、トリトス様に言いつけるわよ」
女は言い返せずに黙り込む。ああ、なんて無様なんだろう。気分が良くなったので返してやることにした。
「よく見たら、大した事ないわね。いーらない」
リボンを床に落としてやったが、拾う素振りはなく、生意気に軽蔑するような視線を向けてくる。
「じゃあね」
リボンを踏み付けつつ、廊下を後にした。
周囲からの視線が集まっているのを感じるが、誰もミミを止められる者はいなかった。もう学園でミミに逆らう者はいない。
ただし、ネレイス・トライデントは別だった。
ネレイスは嫌らしくもミミの行動を調べているようで、何かあれば口うるさく咎めるのだ。場合によっては糾弾されることさえあった。
その度にミミはトリトス達にネレイスの非道な虐めを訴えた。彼らは庇ってくれたが、ミミと親しくしてる事を生家の者達に知られ、咎められたらしい。きっと陰険なネレイスが言いつけたのだ。そのせいでミミは距離を置かれそうになる。
「いやよ!トリトス様達に見捨てられたら、またミミはひとりぼっちになっちゃう!」
「だが、ミミ……我々との関係は君にとっても良くないんだ」
「そんなの、おかしいわ!トリトス様は王子様なんでしょう?あなたは、もっと好きにふるまうべきよ!」
ミミの言葉はトリトス達を変えてゆく。
もっと自由に、軽やかに。古いしきたり、習慣やマナー、堅苦しい作法など。そんな事を守るなど愚かな事だ。
次第にトリトスとミミは心を通わせていく。しかしネレイスという婚約者の存在が彼らの未来を阻んでいた。また、ネレイスに同調する側近達はトリトスから離れ、残っているのはアレス、ヴェント、ロディの三人となる。
離れていった側近達の中には、中々の美貌を持った男もおり、惜しく感じていたが、あの憎たらしいネレイスのようにミミに対して不敬な言動が目に余る者達であったので、引き止める事はしなかった。
彼らはトリトスに、ミミは碌でもない女だと吹き込もうとしていたらしい。
「フィットン嬢は殿下が思っているような心優しい少女ではありません」
「殿下が留学している間、様々な令息達に秋波を送っておりました」
「粗野な振る舞いも目撃されているようです」
「故意にお茶をかけられた令嬢や、ペンやノートなどの所持品を破損させられた令嬢もいるのですよ」
「どうか、お考え直しください。フィットン嬢は殿下に相応しいとは思えません」
だが、トリトスはそんな出鱈目を信じることはなかった。ミミ達の絆は壊れる事はない。
ある日、祖父に尋ねられた。
「お前はトリトス殿下と懇意にしていると言う噂は本当か」
「トリトスはミミの恋人よ」
祖父は嫌らしい顔で大笑いすると、偉そうに命令する。
「よくやった。必ず、妾になれ」
「めかけ?奥さんのこと」
「そうだ。それから近頃、商会の売上が悪い。それとなく殿下に伝えるのだ」
「わかった」
トリトスに伝えてると、既にミミを妻に迎えられるよう動いていると言うではないか。
「中々、父上は頷いてくれない。だが信じて待っていてくれ」
父である国王にネレイスとの婚約破棄、そして新たにミミと婚約したいと伝えているが、反対されているという。
ならば、別の悩みを聞いて欲しいと伝え、ミミの祖父の商会から買物をしてもらうよう約束を取り付ける。他の側近三人も祖父の商会の主力商品である綿を大量購入してくれた。
ミミ達は力を合わせて学生時代を乗り切っていく。
そして、卒業間近となった日。
「ミミ!聞いてくれ、ネレイスとの婚約がなくなった!」
「嬉しい!ミミ、トリトスのお嫁さんになれるのね!」
トリトスとネレイス・トライデントの婚約は破棄された。しかし、卒業後もミミがトリトスの婚約者となる事はなかった。
何の進展もないまま2年ほど過ぎ、建国祭の年を迎える。本当ならば、様々な国の王族訪れる中、ミミは王太子妃として羨望を集めるはずだったのに。
「親善の実績をつくりつつ、ミミの後ろ盾を得る方法がございます」
いつものように王宮でトリトス達とお茶を楽しんでいると、遅れてやってきたヴェントはやけに高揚していた。
「ルヴァランからは第二皇子殿下以外に第三皇女殿下も訪問なさるそうです」
宗主国ルヴァラン皇国の皇帝の末娘。その子供と親しくなれば、ミミの外交の成果となるし、トリトスとの結婚を応援してくれるのではないかとヴェントは言うのだ。
「皇子様じゃダメなの?」
どうせ親しくなるなら大国の皇子が良いが、それはトリトスに否定される。
「ミミ、後見人は同性の方が相応しいんだ。それに皇女殿下はお可愛らしく、心の優しい方だ。だから心配する必要はないよ」
学生時代、令嬢達に虐められたミミが不安になっていると思ったトリトス達は、皇女について、あれやこれと説明する。
「私達はルヴァランに留学している間にお会いする機会に恵まれたが、まるで妖精のように愛らしく、一欠片も驕り高ぶった素振りのない姫君であったよ」
ヴェントがそう言えばロディも同調する。
「習いたての海洋公用語でお声がけ頂いたんだけど、本当に賢い方だったよね。僕らにメールブールの事を熱心に尋ねられていたよ」
「騎士志望の留学生は皇国騎士団の訓練に参加させてもらえるんだけどさ、わざわざ訓練場に労いに来て下さったんだ」
最後はアレスだ。
今は勉強だけでなく、自分の領地の運営や慈善活動、兄の第二皇子と共に外交にも力を注いでいるらしい。
ミミはため息を付きたい気持ちを必死に抑える。なんて、偽善的であざとい女なのだろう。可哀想に、トリトス達はまんまと、その皇女に騙されているのだ。
「また皇女殿下は男爵令嬢と公爵令息の仲も取り持ったとか。きっと、殿下とミミの真実の愛も応援してくれるでしょう」
だがヴェントの最後の説明で考えを改める事にした。どうやら頭の軽い間抜けらしい。しかも皇女は今年で11歳。まだ子供だ。上手く使ってやればいい。
「仲良くなれると嬉しいな」