種は芽吹かない 21
ミミの生い立ちパート2
続く不快感。
母は死んだが、ミミが神殿に行くことは変わらなかった。数日間も馬車で揺られながら連れて行かれた神殿の神官達は女性しかいない。そこは強盗や殺人などの凶悪犯罪者はいないが、素行不良な女性達の更生施設も兼ねているため、ミミが送られることになったのだった。
神官達は長旅でクタクタのミミを労わるどころか、荷物を全て取り上げる。
「返してよ、それはミミのものよ!」
「ここでは個人が財産を所有することを許されていません」
母は死ぬ前に村長の家を訪ね、ミミが盗んだ物を返してしまったらしく、ミミの手元に残ってるのは行商の男達からもらった装飾品だけだ。それらはミミの宝物だ。
「なによ、偉そうに!アンタ達なんか、泥棒じゃないの!」
そう言うと、年老いた女性神官は軽蔑を含んだ視線でミミを見下ろした。
「全て皆で分かち合うことが規則です」
着ていた服さえ取り上げられ、着替えるよう渡されたのは、黄ばんだ灰色の薄汚いワンピースだった。ごわ付いた、カビ臭い布は着心地が悪く、チクチクしていた。
そこでの生活は故郷の村以上に最悪だった。夜明けと共に起こされ、農作業、家畜の世話、籠造り、機織り、掃除、洗濯、水仕事などを強制される。
ここはミミを気遣う者は誰一人としておらず、少しでもサボれば折檻された。また、ミミと同じように集められてきた女達も意地悪で、比較的幼い自分に対し、日頃のうさを晴らすかのように嫌がらせをしてくるのだった。
だがミミも負けるとこなく立ち向かっていた。例え相手が自分よりも体の大きな大人であってもだ。
食事にゴミを入れられたら相手の食器をひっくり返し、殴られたら噛みつき、掃除を押し付けられたら、逆に汚してやった。
ある日、ミミに水仕事を押し付けてきた女に、雑巾掛けに使用した汚水を浴びせかけてやった。それを知った神官からミミは罰として食事を抜かされたが、相手の女は酷く体調を崩し、その後も顔色が悪く、大人しくなった。
ミミは自分に折檻をした年寄りの神官にも、水を運ぶふりをして、カップの水を浴びせかけた。すると、その神官も数日寝込んでしまう。
水を引っ掛けてやった後の情けない顔を見るのは気分が良い。さらに体の具合も悪くなったのだから、胸のすく思いだった。
ミミは幾人の女達にも同様に水をかけてやった。すると度合いの違いはあるが、皆、体調不良を起こしていた。
ミミは気が付いた。自分には悪をやっつける特別な力があると。この力はきっと、ミミに世界が授けた特別な能力なのだろう。
「まるで物語の女主人公だわ」
それからミミは気に入らない女には、その力を使い報復するようになる。ただし、その力は安定していないようで、場合によっては、水を浴びせても何の変化もない者もいた。
1年程だったある日、神官長に呼ばれ、応接室に向かうと偉そうな老人がいた。着ている服は上等な物だが腹は出ているし、顔は脂ぎっている。何よりも不快なのは、値踏みをするような視線だった。
顰めっ面の神官長は言った。
「あなたのお祖父様です」
神官長の説明は難しく、何となくしか分からなかった。
ミミの母は昔、酒場で給仕をしており、この老人の息子と遊んだことがあったらしい。しかし息子は結婚することになり、ミミの母と遊ぶことはなくなった。老人は母に息子との子供ができたことを知っていて、お金を渡したらしい。そうして母は故郷に帰り出産。生まれたのがミミだ。
祖父は商人で、金銭で爵位を買った、所謂成り上がりであった。貪欲な祖父と比べて父はボンクラの放蕩息子で、祖父が見つけてきた結婚相手のイートコのお嬢様とは仲が悪く、子供に恵まれないまま、事故で亡くなったらしい。そして父が亡くなった後、ミミの事を思い出した祖父は、父の妻を追い出して、ここに来たという。
「お前を引き取りにきた」
「なんで?」
「ふん、あまり賢くないようだな」
老人の物言いに腹が立ったが、ここから出られるならばと我慢し、ミミは老人と共に神殿から去る。憎たらしい老人ではあったが、見たこともない豪華な家に連れてこられた。
「おじいちゃん、おきぞく様なの」
「男爵だ」
なんと、ミミは貴族のお姫様だったのだ。
それからの人生は一変した。
フカフカのベッド、美味しい食事やお菓子、綺麗なドレスや靴やリボンに髪飾り。そして、なんでも言う事をきく召使い達。
「見てくれは、まあまあだな」
祖父は着飾ったミミを見ると満足そうに口を歪ませた。どこか小馬鹿にしたような笑い方であったが、良い生活をさせてくれるので許してやる。
「学園に入って、爵位の高い男を捕まえろ」
貴族としての勉強は面倒だった。だが祖父は女に学など必要ないという考えなので、ミミは入学可能な最低限の学力を身に付け学園の生徒となる。
しかし学園での生活は想像と違った。男爵は貴族の中でも下の位だ。遥かに高位の令嬢達がおり、ミミはお姫様ではないという現実を思い知る。
入学当初は同じ下位貴族の令嬢が声を掛けてくれることもあったが、ミミは女は嫌いだ。令嬢達の事は無視し、相手の爵位、婚約者の有無など関係なく、令息ばかりと親しくなろうとするミミに令嬢達は嫌悪するようになる。
そして、平民上がりで、教養もなく、マナーも最低限、平民でもたちの悪い部類と思われたミミは令嬢達だけでなく、令息達からも距離を置かれていた。
祖父の仕事の関係者達の子息達は、すぐにミミの虜になったというのに。
「ミミは特別な女の子なのよ……!」
悔しかった。
ここでは誰も自分を理解しない。
しかし、ミミの人生を一変させる出会いが訪れる。
その日はカフェテリアで、ミミは黒髪にブルーの瞳の美しい伯爵令息の前の席に座った。その席は広めの二人用の席で、ゆったりと寛げるのだ。ミミはその令息を気に入っており、いつも声をかけているが、あまり良い反応はない。しかし食事の席が近くになったのだから、無視は出来ないだろう。
ところが、その令息の婚約者に咎められ、尚且つ、当の令息にまで拒否されるという辱めを受けた。
「失礼ですが、席をお間違えですわ」
「ミミが先に座ったのよ」
「フィットン嬢、ここは予約席だ。私と婚約者の二名で席を取っている。遠慮してもらいたい」
「何よ、ミミが座ったっていいじゃない!」
悔しさのあまり、ミミはカフェテリアを飛び出し、庭園の東屋で一人涙を流す。そこは薔薇に囲まれ、美しく整えられており、ミミの気に入りの場所であった。
「そこで何をしている?」
顔を上げれば、見たこともないような美しい男達がミミを見つめていた。その煌びやかな集団に見惚れてしまい、返事を出来ずにいると、男達のそばに控えている侍従が口を開く。
「ご令嬢、そこは王族専用でございます」
なんと、その中心にいる男こそ、留学先から帰国したばかりだというメールブール王太子トリトスであった。
「ミ……ミミは……その、カフェテリアから追い出されちゃって」
華やかな集団に圧倒され、普段通り話す事も出来ない。しかし、そんなミミを彼らは受け入れるのだった。トリトスは優しげな微笑みを自分に向ける。
「可哀想に。今日はここで食事をするといい」
「殿下」
だが、彼らの中で一人だけ女がおり、咎めるような声を出した。その女こそトリトスの婚約者ネレイス・トライデントだった。
だが、負けるものか。
「あの!ミミ、じゃなくて、わたくし、明日も一緒にランチを食べたいです!」
食事が終わるとミミはたどたどしい令嬢言葉で王子に頼み込んだ。その拙さと真っ直ぐな物言いは、かえってトリトスの心を捉えたようだった。
「ああ、好きにしていいよ。ミミ」