種は芽吹かない 18
白い砂利が敷き詰められた庭園。そこには赤く染まった葉を持つ木々が、白い髪を持つ女を見下ろしていた。その庭には小さな川があり、池に流れ込んでいる。また池には白い体に珠や墨の模様が描かれた、鮮やかな色合いの魚が静かに泳いでいた。
「翠の魔女様、お待たせ致しました」
振り返ると、五歳ほどの年齢の少女が立っていた。漆黒の瞳と髪は、出会った頃の弟子を彷彿させる。少女の髪は腰ほどまで伸びており、可愛らしい花飾りが着いている。また大陸では珍しい前開きのローブを羽織り太い帯で結んでいる。そのローブには紅色に美しい蝶が舞っていた。
「ご案内致します」
庭園に面した板張りの通路を通り、案内された広い部屋は調度品の類は少なく、壁は紙で出来た開閉先の扉で仕切られている。庭園に面した壁は開かれ、美しい景色を臨む事が出来た。
「お久しぶりね、翠さん」
床に直接置かれた薄いクッションに座る女が緑の魔女に微笑む。
「薄墨の魔女様もお元気そうで何よりです」
薄墨という言葉通り、グレーの髪を緩やかに下ろし、案内の少女と似たローブを羽織り、太い帯で縛っている。ただ、少女のものと違い模様はなく、光沢のある深い紫の布で、それは女の髪を際立たせていた。
薄墨の魔女と呼ばれるこの女性こそ、魔女達の中心となる存在であった。
「珍しい事が起きたわね」
手短に連絡はしていたが、既に状況を知っているようだ。
「あら」
自分の横に小さな火が浮かんでいる。その炎は一瞬にして大きく燃え上がると、金髪の女が現れた。南方の国々の人間のように肌は小麦色に焼けており、大きく腕や背を露出した衣装を着ている。
「まあ、茜ちゃんも来てくれたの?」
「別に。薄墨様に呼ばれただけよ」
炎から現れた女は素っ気なく答えた。彼女は茜の魔女と名乗っており、ルヴァランが位置する大陸ではなく、休火山のある島に住居を構えている。
茜の魔女が翠の魔女の隣に腰を下ろすと、薄墨の魔女は言った。
「メールブールに同胞を発見しました」
茜の魔女はルビーのような瞳を薄墨の魔女へ向ける。前回、同胞が見つかったのは、たった数年前だ。こんな短期間で魔女の資格者が生まれるとは珍しい。
「その者は現在“無色の魔女”を呪っています」
「は?」
薄墨の魔女の言葉を受けて、茜の魔女は思わず隣を見やる。無色の魔女とは、翠の魔女の弟子ではあるが、魔女として生きる事を拒否した皇族の娘だ。
茜の魔女は体制側に立つ人間を嫌っている。権力を捨て切れないその娘に対し、あまり良い印象を持ってはいないし、それを公言している。
「なんでそんな事に?」
「アルティリアちゃんがね、メールブールに行ったら、ミミさんって子と知り合って、呪われちゃったみたい」
「翠、あなた説明が雑過ぎるわよ。そんなに大雑把で、ちゃんと師匠をやってられてるの?」
「まあ、茜ちゃん、アルティリアちゃんの心配してくれてるの?優しい〜」
「違うから!」
薄墨の魔女は歳若い同胞達のやり取りを微笑ましそうに見つめていたが、茜の魔女にアルティリアとミミ・フィットンの状況を説明する。
ミミ・フィットンは意図せずだが魅了の力でメールブールの第一王子とその側近達を籠絡した。しかし、その振る舞いと爵位の低さから妃となる事は認められていない。
それを打破するため、ルヴァラン皇族たるアルティリアと懇意となり後ろ盾とするべく接触したが、アルティリア本人ではなく、兄や護衛騎士との関係を求めた。しかし彼らからは拒絶される。
その結果、アルティリアへの憎しみを募らせ、魔女としての力を爆発的に飛躍させる事となり、呪った少女の意識を己の創造した世界へと閉じ込めた。
「……薄墨様、状況は理解しましたが、そのミミ・フィットンが無色の魔女を呪う理由が分かりません」
茜の魔女は困惑する。確かに子供が呪われることもあるが、それは大人の事情に巻き込まれた場合が殆どだ。新たな同胞は二十歳だと聞いた。対してアルティリアは十歳。魔女からすれば二人とも赤子も同然だが、人間社会ではミミ・フィットンは大人だ。良い歳をした大人が明確な理由もなく子供を呪うなど信じられない。
「ルヴァラン皇族って魅了の魔女と相性が悪いみたいねぇ」
そう言いながら、翠の魔女は案内役の少女が運んできた朱色に塗られたトレイに載ったカップを受け取った。カップの中には鮮やかなグリーンの茶が入れられており、大陸で飲まれている紅茶とは違い独特の渋みがある。
「同胞は魅了の魔女なのですか?」
茜の魔女の眉間に皺が寄る。以前も、魅了の魔女が出現した際、接触した事があるが、夢みがちで掴みどころがないが、恐ろしく自己中心的な女だった。今回の女は気に入らない事があれば、子供でも呪うような人間だ。
「個人的には受け入れ難いです」
「茜ちゃん、子供好きだものね」
翠の魔女は「ふふふ」と小さく笑う。
「普通でしょ」
「そうね、アルティリアちゃんがお気に入りなのよね」
「同胞だろうと皇族の娘なんかと関わりたくないわ」
アルティリアが6歳の頃、異空間で迷子になった事がある。その際、翠の魔女は念のため、他の魔女に通達した。
「どこかで、見つけたら、教えてー」
「あんた、馬鹿じゃないの!それでも師匠なの!」
「自力で戻るのも修行のうちよー」
「無責任に程があるわよ!」
茜の魔女は翠の魔女よりも必死にアルティリアを探し、見つけ出した。しかし親しくなるつもりはないので、幼児を回収して、名乗りもせず翠の魔女に引き渡す。ところが翠の魔女が聞いたところによると、アルティリアは茜の魔女を「苺の瞳のお姉様」と呼び、とても親切にしてもらったと語っていた。
「何がおかしいのよ」
「茜ちゃんが、とても可愛らしいからよ」
「……そんな事より、この度の事、薄墨様は如何するおつもりでしょうか?」
ニコニコと笑いかける翠の魔女を無視し、茜の魔女は嫋やかに茶を飲む灰色の髪の女に問い掛ける。
同胞が害されたならば守り、時には報復をする。同胞となり得る者が、何者かに害される恐れがあるのならば助ける。彼女達はそうしてきた。
「特例を設けました」
魔女同士、傷つけ合うことは許されない。しかし、和解出来ぬ状況が起きた場合。
「今回の呪詛は決闘とみなします」
当事者同士で決着を付ける。それに対し他者は介入出来ない。
「半人前と“なりそこない”ですよ」
なりそこないは魔女となる前に力を開花させてしまった者だ。能力を制御出来る見込みがなければ、討伐対象にもなりうる。
茜の魔女の見立てでは、たった数年、魔法を学んだアルティリアよりも、憎しみによって力を増幅させたなりそこないの方に勝機があると思えた。
「翠はそれで良いの?」
「ええ、薄墨様に従うわ」
「……無色の魔女の師がそう言うのであれば、私も異論はございません」
力を習得しきれていない者同士。
無事で済むと思えない。
「では新たな同胞が勝者となった場合は茜の魔女が師となるように」
「うっ、私がですか?」
翠の魔女は魅了の魔女と皇族の相性が悪いと言っていたが、茜の魔女は己こそ相性が悪いと思っている。
「心配しないで、茜ちゃん。アルティリアちゃんは強いのよ」
翠の魔女は心配する素振りを見せない。茜の魔女は呆れそうになるが、翠の魔女は情のない女では無い。彼女達には信頼関係があるのだろう。
「心配なんかしてないわ。見知った相手が死んだら後味が悪いなと思っただけよ」
そう言うと、翠の魔女はエメラルドの瞳を細めるだけであった。
苺のお姉様は子供好きのツンデレ魔女。
【出会い】
チビリア「おねえさま、だあれ?みどりのまじょ様のおともだち?」
茜「ただの腐れ縁よ。さ、行くわよ」
チビリア「はい」
茜「あなたね、仮にも皇族でしょう?知らない人に付いて行っちゃダメなのよ」
チビリア「わるい人はそんなこといいませんよ?」




