種は芽吹かない 16
ブリエロア船内の一室にあるベッドの両脇に跪き、少女の手を握り締める二人の男の姿があった。
「そろそろ休憩なさっては如何でしょう?」
ナイトレイはフェルディナンドとレオンハートに声を掛けてみたが、二人がアルティリアから離れる様子はない。魔力欠乏に陥った者の対応を知っているが、必要以上に他者からの供給があると過剰摂取となり得る。
「ダーシエ卿、リアは私に任せて君は護衛任務に戻りたまえ」
「いいえ、魔女殿に仰せつかっております故、アルティリア様のお側を離れる訳には参りません」
二人共、死んでも離れる様子はない。しかし、ナイトレイの懸念を払拭するように、彼らは魔力過多とならぬようアルティリアに流し込む魔力を微弱なものへと抑え始めた。
ナイトレイは、そんな絶妙な調整をするなら、一旦供給を止めれば良いのではと思ったが、口にしても却下されるだろう。
「お二人とも休憩なさって下さい」
しかし第三皇女筆頭侍女ジャニスは進言した。
「いや」
「ですが」
「お二人が倒れたら、アルティリア様が悲しみます」
「これくらいでは倒れないが」
「自分もまだ余裕ですが」
「間違いなくお休みが必要です」
そして、有無を言わさない圧を二人にぶつける。そのただならぬ様子に、渋々、二人がアルティリアの手を置くとジャニスはレネに視線を送る。
すると、いつの間にやら用意されていた暖かいお湯が入ったボールとタオル。ジャニスとレネは姫君の手をお湯に付けたタオルで拭う。
ジャニスは許さない。例え類稀な美貌を持った男だろうとも、我が姫君の小さな手を手汗で汚すなど、断じて受け入れ難い。
「お二人とも休憩がてら、お手を清めていらっしゃいまし」
実物のフェルディナンドとレオンハートが一時、アルティリアの寝室から追い出されてる頃。
「臣下にお任せ下さい!」
「ならぬ!リアは私が運ぶのだ」
アルティリア製フェルディナンドとレオンハートの争いは終わっていなかった。
アルティリアは疑問だった。何故、自分が生成したはずの二人が下らない喧嘩を繰り広げているのか。
「わたくし、歩きますから」
「こんな泥の中を歩くなんて!」
「なりません!」
おまけに変な所は同調している。何なのだ、アルティリアが「二人共、子供っぽいところあるわよね」と、こっそり思っていた事が表面化してしまったのだろうか。
子供……
アルティリアはギャーギャー喚く二人に対して、悪戯心が沸く。
「なに?」
「えっ?」
フェルディナンドとレオンハートはお互いが縮み始めた事に驚き、声を上げる。アルティリアと同等程度の身長になり、フェルディナンドは妹を支え切れず降ろしてしまう。さらに二人の体は小さくなり、満足げな顔のアルティリアに見下ろされる事となった。
「仲良く出来ない悪い子は、こうよ」
5、6歳程度の少年の姿になったフェルディナンドとレオンハート。丁度、甥っ子のアレクサンドロス2世と同じくらいだ。
「さ、そろそろ、行きましょう」
互いを呆然と見つめる二人にアルティリアは手を差し出した。小さい子はお姉さんと手を繋ぎましょう。
「いや、リア、この状態は……あっ」
「はい!」
戸惑い続けるフェルディナンドに対して、レオンハートは瞬時に意識を切り替え、アルティリアの手を掴む。フェルディナンド、出遅れて悔しい。
「くっ」
フェルディナンドは妹狂いである。兄としてアルティリアを愛でたいのだ。しかし、彼は妹を見上げつつ手を握る。
妹狂いであっても姉狂いではない。そんなフェルディナンドのコレじゃない感を放置し、アルティリア一行は、先程レオンハートが蹴り飛ばした魚を探す事にした。
「あの大きなお魚を追えば、この世界を知る何かがあるのではないかと思うの」
あの魚の化物はトリトス王子達を取り込んでいた。おそらく本体はミミであろうと、アルティリアは推測している。
沼地に巨大な体を引きずった跡がしっかりと残っており追跡は容易い。
「リア、そろそろ、戻してくれないか?」
「確かに、このままでは、護衛としての力が発揮できません」
アルティリアの手をしっかりと握る少年二人。声変わり前のボーイソプラノもしっかり再現出来ている。我ながら上出来な生成だ。もう少し、このままでいてもらおう。
「問題ないわ、東方の格言に“可愛いは正義”だと言うらしいから」
可愛いから大丈夫。
お姉さん風を吹かしつつ沼地を歩いていると、朽ちかけた建物が見えて来る。その建築様式から神殿である事が分かるが、人気もなく今にも崩れてしまいそうだ。
小さな騎士はアルティリアとフェルディナンドの前に立ち、周辺の様子を伺いながら歩みを進める。可愛い。
「庭があるようですね」
そこは庭というよりも、畑があったようで土が盛られていた。建物の中を覗くと、部屋の一室には大きなテーブルが並んでおり、作業室のように見える。
「救護院を併設していたのかもしれないな」
神殿は孤児院や救護院など、慈善業務を行う施設を併設している事が多々ある。
そう言ったフェルディナンドは背伸びをして、窓から部屋の中を観察している。アルティリアは頭を撫でてあげたい衝動を堪えるのに必死だ。東方の格言は真であった。
三人が祈りの間へと入ると、祭壇は崩れ、周辺には女性の像が倒れている。
「この方々は……」
よくよく見ると、その石像は苦悶の表情を浮かべており、年齢もバラバラだ。服も神官が身に纏うローブである。
「もしかしたら、この神殿の神官様だったのでしょうか」
アルティリアは崩れた祭壇の前に立つと、胸の前で手を組み目を閉じた。万が一、彼女達がこの世界に囚われているのであれば、解放されるよう願う。
「あっ」
すると石像はサラサラと崩れ始める。だが、石像だけでなく壁や床も砂のように崩れ始めた。
「アルティリア様、出ましょう」
「ええ」
三人が外に出ると、待っていたかのように建物は砂と化して、空に舞い、完全に消滅した。神殿がなくなると、小さな小屋が目に入る。
「あそこも確認してみましょう」
三人が小屋を目指して歩いていると、神殿で見た石像のような物がポツリポツリと落ちている。石像というよりも、やはり人がそのまま石化したように見え、全て苦しげな情をしていた。
アルティリアが神殿で行ったように願うと、それらはサラリと崩れていく。
「わたくしの魔法の介入の範囲が広がってきているようね」
身体強化、ナイフなどの無機質な物体だけでなく、フェルディナンドやレオンハートといった実際に存在する人物を生成し、かつ、幼い姿に変化させる事にも成功している。
他者が創り上げた異空間は創造主が絶対的に優位だ。しかし、この空間は不完全であるようだ。少しづつだが綻びを感じる。