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種は芽吹かない 09

建国祭の間は宮殿に滞在予定であったが、皇族一行は城を後にした。メールブールにも大使館はあるが、今回向かった場所はブリエロアだ。


ルヴァランとメールブールとの条約により、大使館だけでなく皇国船内も治外法権となっている。


「私は島に残って後始末をしています」


そう話すライル・ガーランドと一部の外交官達を残して、アルティリアとフェルディナンドは乗船し、ブリエロアは沖合へと出航した。


現状、まだルヴァランへ帰国することはない。メールブールの動向を監視することになる。


アルティリアは、メールブール宮殿では着替えを済ませたものの、湯浴みはしていない。その連絡がなされていたのか、既にブリエロアの船室には湯の準備がされていた。


湯に浸かると、体が段々と温まっていくのを感じる。暖かい気候とは言え、頭から水をかけられたせいか、体が冷えていたようだ。


室内着に着替えると、お茶の準備が整っていた。皇宮でアルティリアが好んで飲んでいるお茶で、季節によってブレンドされる果物が変わる。甘いベリーの香りが部屋に漂う。お茶と共に葉を形どったパイなどの焼き菓子が添えられていた。アルティリアが好きなものばかり。


「心配をかけてしまったわね。わたくしは平気よ」


侍女達に声を掛ける。先ほどの湯浴みの浴槽の入浴剤まで、最も好きなゼラニウムの香りであった。彼女達に相当な気を遣わせてしまったことがよく分かる。アルティリアとしては、今回の出来事で早々にルヴァランの方向性が定まったので、仕事が捗ったなとしか思っていないので、かえって申し訳なくなるのだ。


「とんでも御座いません、ごゆっくりお寛ぎ下さい」


アルティリア付き筆頭侍女のジャニスは楚々として微笑むと、レネもニコリと笑って言った。


「あの頭のおかしな令嬢は本国に連絡して、すり潰してしまいましょう」


レネは時折過激な発言をするが、アルティリアが自身に無頓着なところがあるので、レネ本人はこれくらいで丁度良いと思っている。


「あの方の処分は、わたくしが決められる事ではないわ」

「アルティリア様はお優し過ぎます。次はレネをお呼び下さい。引っ叩いてやります」

「レネは頼もしいわね」

「いえ、次は手首を切り落としましょう」


そう言ったのはロゼッタだ。アルティリアの希望とは言え、親衛隊の騎士達は遠ざけられていたため、ミミの暴挙を許してしまった。ロゼッタは悔やみきれない。


「こんなに皆が心配してくれて、わたくしは果報者だわ」

「アルティリア様はもう少しお怒りになっても宜しいと思いますよ」

「ハリス卿に賛成です」


レネはロゼッタの言葉に強く頷いた。


「確かにあの方の振る舞いは無礼であったと思うのだけど」


それ以上にアルティリアは不思議でならなかった。


「わたくしに不敬を繰り返したら、ご自分の首を絞めるだけでしょう?何故あんな事をしたのかしら?」


ミミの行動は結果的に、彼女を含めてトリトスと側近三名の王族、貴族生命に止めを刺したようなものだ。


「私の所見ですが」


ロゼッタは前置きすると言った。


「彼女は好色家です」

「ハリス卿。異を唱える事はしませんが、身も蓋もないですよ」


そうレネは言う。肯定はしてるのね、とアルティリアは思った。


「また知能が低く、理性も皆無です」

「ハリス卿。同意見ですが、あけすけ過ぎますよ」


再び、レネは言う。同じ感想なのね、とアルティリアは思った。


「ただ、行き当たりばったりのようですが、悪知恵は働くようです」


ロゼッタは、アルティリアに聞かせるつもりはないが、夜会の最中、ミミがフェルディナンドだけでなく、レオンハートにも声を掛けて、すげなく断られていたことを知っている。


「あの、騎士様っ。あたし、急に気分が悪くなってしまって……休憩室へ連れていってくれませんか?」

「他を当たって下さい」


夜会で異性を休憩室に誘う事は性的なアプローチである。また来場客ではなく仕事中の侍従や騎士に声をかけるのは非常識でしかない。


ルヴァランにも恋愛に積極的な女性もいる。しかし恋人のいる会場で他の男に声を掛けるなど、どれほど神経が太いのか。しかもミミの恋人は主催国の王子だ。ロゼッタからすると正気を疑ってしまう。


だがトリトス王子も、その側近達も鈍そうな男ばかりだ。彼らに自分の奔放さを気付かせないようにする術は心得ているのだろう。


その後もミミはしつこくレオンハートに話しかけていたが、メールブールの女官二名に回収されていった。しかし会場の外に連れ出される寸前で、女官達の手を振り払うとホールへと戻り、皇国騎士を舐めるように見回していた。見目の良い異性への執着が強い女だ。アレが権力を持ったらとんでもない事になるのではないか。


そして、その後だ。アルティリアを囲む令嬢達に割り込むようにして体を滑り込ませたミミ・フィットンに姫君への暴挙を許してしまった。


「常識的に考えると、あの者の行動は意味不明で無礼で極刑に値しますが、ハリス卿が仰る通りなら、愚者なりの行動基準があるのでしょうね」


静かに聞いていたジャニスが口を開いた。そして、酷くミミを貶す。ジャニスも怒りが深いのだ。


ミミ・フィットンのように、複数の異性と親しくする女性を「娼婦のようだ」と蔑む事があるが、本職の娼婦達、特に高級娼婦は客の身内を排除するなど、愚かしい行為などしない。客の妻や婚約者に恨まれず、適度な距離を保ったうえで、贔屓となってもらうのが理想だ。


「何が目的にせよ、あまり賢い方法とは言えないわね」


ジャニスの言葉にアルティリアは苦笑いを浮かべる。それにミミ・フィットンはアルティリアが後見人となる事を望んでいたはずだ。


「フェルディナンド殿下と懇意になれば問題ないと考えていたのかもしれません」


しかし異性が後見人になる場合。研究者や芸術家など才能のある者ならば、周囲からの理解は得られるが、特に秀でた能力がない者は愛人関係と見られる事が多々ある。そのため、若い女性の後見人は同性の貴人が相応しいとされる。


「恋人のトリトス王子がいるのに……」

「常識と恥を知らないのでしょう」


ジャニスはお茶のお代わりをカップに注ぐ。


「要するに、アレは“男好きの馬鹿”ということですね」


レネが最も端的に厳しくミミ・フィットンを評した。


そこにドアをノックする音が聞こえた。入室してきた侍女は大きな箱を抱えている。


「夜会でお召しになっていたドレスの検査が終了しました」


ミミに水をかけられたドレスの分析が終わったようだ。彼女がかけた液体が毒物などではないか、医師や薬師、魔術師達が確認したのだ。もちろんアルティリアも彼らの診察を受けている。


「液体自体はただの水だったそうです」

「そう、念の為、わたくしも確認したいから、置いていってちょうだい」

「はい」


報告をした侍女が部屋を出て行こうとすると、開いたドアからリーフがひょこりと顔を出す。


「リーフ!」

「キュ」


アルティリアが名前を呼ぶと、リーフはピョンと腕の中に飛び込んできた。


「良い子にしていた?いきなり引っ越しになってしまって驚いたでしょう?」


小さくてフワフワな体を撫でると心もフワフワになっていく。このままリーフを抱っこして眠ってしまいたい。そんな誘惑に負けそうになってしまうが、気持ちを奮い立たせる。


「待っててね」


リーフをレネに預けて、ドレスが仕舞われた箱を開ける。通常なら箱を開けることすら侍女の仕事だ。しかし、今回はアルティリア自ら開けた。


箱に触れた瞬間は何も感じられない。

しかし、ドレスを見た瞬間の違和感。


「これは」


鮮やかな薄紅と紫のレース。そのドレスに縫い付けられているのは珊瑚と真珠だ。母である皇后フローリィーゼと二人で考えた意匠。


皇族の衣装には全て、見えない場所に防御作用のある魔術紋様が刺繍されている。もし魔術による攻撃や呪術がなされた場合は、刺繍に反応があるはずだ。


アルティリアが気付いたのは珊瑚と真珠。布に面した箇所が黒く霞んでいた。この二つは魔除けの作用がある。それは魔術だけでなく、魔法にも効果を発揮する。


真珠と珊瑚に粘り着く魔力を感じる。小さな、極わずかに感じていた、独特の魔力。魔術を発動させる力ではない。それらはアルティリアを飲み込むように広がった。


「やっぱり……」


早く知らせねば。


そう思った瞬間、アルティリアの体が揺れた。視界が何かに奪われる感覚に襲われ、意識が強く引っ張られる。


「アルティリア様!」


すぐそばからロゼッタの声が聞こえた。倒れそうになった自分を支えてくれたのだろう。


「ロゼ。お、兄様に……伝えて」


やはり、自分の見立ては間違っていなかったのだ。


あの人は。


トリトス王子の恋人は。


()()()()に連絡を……」


ミミ・フィットンは聖女の力を持っている。

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トリトス王子をキープしつつ、フェルディナンドやレオンハートにコナかける。 典型的なビッチかと思えば、聖女の資格持ち。 うわー、最悪! 聖女のイメージ、ガッラガラに崩れるわー! そして、聖女といえば…
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