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カマドウマ伯爵の愛 02

「そもそも、ルシアム家の支援で、領地だけでなくカトゥマン家の財政も立ち直り掛けていたはずです」


その後、無駄な出費を抑え、慎ましく暮らし、堅実な運営をしていれば、さらに借金が増える事もなかったのだ。


「にも関わらず、財政が悪化したとなると、無謀な投資や儲け話でも乗ってしまったか」


アルティリアの予想は当たっている。カトゥマン伯爵は知識も下調べもないまま、怪しい投資に借金をしてまで資金を注ぎ込んでしまったのだ。はっきり言って、ただの自業自得でしかない。


そう言おうとした瞬間。


「やめてーー!」


金髪騎士に向かって、上目遣いを続けていたルルが突如絶叫した。


「お願い、私のために争うのはやめてっ」


アルティリアはルルについて一言も言及していないはずだ、自分の記憶がどこかに飛んでしまったのかと心配になった。シャーロットを見ると、目を伏せて、無言で首を横に振る。


なるほど、ただの変な人ですね。


「私はどんな酷い事を言われてもいいの。だから、だから……」


先ほどまで騎士に向かって、目を見開き、まばたきし続けていたお陰か、ルルの瞳に涙が溜まっている。アプローチは完全に無視されたが、悲劇のヒロインを気取る事には成功しそうだ。


「では、一つ尋ねますが」

「どれほど罵倒されても構わないわ。だって、私が、愛されてしまう私が、いけないのだものっ」

「何故、宝飾品をカトゥマン伯爵に返却しないのですか?」

「それでも、愛を拒むなんて……え、宝飾品?」


余程、予想外の質問だったせいか、ルルはアルティリアとの会話に意識を戻した。


「貴女の身に付けているジュエリー。カトゥマン伯爵のブローチやタイピン、カフスと揃いで誂えていますね。それらはカトゥマン伯爵からの贈り物でしょう」


皇都の高級品ジュエリー店で、シャーロットの持参金をつぎ込み、特別に注文した品々は高位貴族の夫婦が所有していてもおかしくない品質だ。


「今、貴女が身に付けているものだけでも、かなりの価値があります。それらを換金すれば、中期的に通いの使用人を雇う事もできますよ」

「え、でも、だって、貰った物を返すだなんて」

「きっと他にも贈られているでしょう。それらを集めれば、何かしらの事業を始める資金にする事も可能では?」

「け、けど彼に貰った物は全部宝物だから」

「カトゥマン伯爵本人よりも?愛する男性が困っているのですよ」


そう話している間、カトゥマン伯爵の視線はルルのジュエリーに集中している。予想外な所に金目のものがあったと気付いたのだろう。


しかしながら、プライドの高いカトゥマン伯爵は人前で返却要求するなど出来ない。こんな所でプレゼントを返してなどと言えば男が廃る。後でルルの家に取りに行けば良いだけの話だ。


まずはこの小娘を黙らせよう。


「子供だからと優しくしてやれば図に乗り過ぎだ!貴様の親を不敬罪で訴えても良いのだぞ!」


アルティリアは瞳をパチクリと瞬かせた。


「不敬罪?わたくしの父と母を?」

「そうだ、身分が上の人間に無礼をすれば不敬罪で処されるのだ。子供の罪は親に償ってもらうからな」


この小娘は、かなり上等なドレスに身を包んでいる。さらには侍従を四人、侍女を三人も伴っている。家は相当裕福に違いない。脅しをかけて金品を要求しよう。もはや思考は破落戸のそれであった。


シャーロットを見れば、その顔は青ざめていた。カトゥマン伯爵はほくそ笑む。これだけ大きな問題になれば、この生意気な女も自分に従い再婚約に同意するだろう。


シャーロットは「この人、ここまで馬鹿だったの」と驚きを通り越して恐怖していたのだ。


「おい、シャーロット!これ以上無駄な足掻きをせず、大人しく私とルルの“真実の愛”に奉仕しろ!」


これほど話が通じないのは異常だ。シャーロットは、もはやアルティリアとカトゥマン伯爵を関わらせてはいけないと判断した。自分も一緒なら、この馬鹿も大人しくここから離れるはず。そう思い、立ち上がった時、アルティリアがポンッと手を打った。


「ああ、やっと理解できました」


振り返ると、ふむふむと頷いている。


「恋人と別れる気はないけど、慎ましい生活は嫌。堅実な経営は煩わしいけど、豊かな生活は送りたい。自分ではどうにも出来ないから、誰かに縋りたい。しかし頭は下げたくない。周囲を従わせるために、怒鳴って、喚いて、他者に迷惑をかけても、恥じる理由はない。何よりも自分が大切だから。そんなご自分のお気持ちを第一に考えているのですね」


そして無邪気な微笑みをカトゥマン伯爵へと向けた。


「まさしく真実の“自己”愛ですわね」


それはそれは可愛らしく、見るものの心を蕩けさせる様な完璧な侮辱であった。


「この餓鬼、言わせておけば!」


あまりにも図星を突かれ、とうとうカトゥマン伯爵は激昂した。彼が怒りのまま、アルティリアに襲い掛かろうとしたと同時にシャーロットも動く。そしてアルティリアの盾となった彼女は襲ってくるであろう痛みに震えたが、そんなものはやってこなかった。


「グゥッ」


痛みで蹲っていたのはカトゥマン伯爵の方だった。金髪の騎士が軽やかに脚を下ろす姿が目に入った。彼がカトゥマン伯爵を蹴り上げたのだ。シャーロットは体の力が抜け、そのまま座り込んでしまう。


一方、ルルは恋人を蹴り飛ばした金髪の騎士に見惚れている。まるで舞踏のような足捌きに、思わず「すてきぃ」と呟いていた。こちらも真実の自己愛が深い。カトゥマン伯爵と似たもの同士だということがよく分かる。


「アルティリア!」


そこに聞き慣れた声が聞こえた。見れば学園の制服を着込んだフェルディナンドがこちらに向かってくるではないか。おそらく授業の帰りに立ち寄ったのだろう。寄り道は駄目ですよ、お兄様。


「ゲェ」


フェルディナンドは蹴られた腹を抑えて蹲っているカトゥマン伯爵の背中を踏ん付けつつ、真っ直ぐアルティリアのそばへやって来た。


「可哀想に、怖かったね。兄様が来たからには、もう安心だ」

「大丈夫です。シャーロット先生が守って下さったから」


フェルディナンドは周囲を気にせずアルティリアを抱きしめ、頬を頭に擦り付けた。人前では、やめて欲しいなと、アルティリアは最近思っている。特に今日の自分は誰がなんと言おうと淑女なのだ。


「ルシアム嬢、感謝するよ。アルティリアを守ってくれてありがとう」

「と、とんでもございません。私は何も……」


実際、カトゥマン伯爵の暴挙を止めたのは護衛の騎士なので、そう言いかけた時、カトゥマン伯爵が這いつくばりながらも、こちらを向いた。何だか気持ち悪い。


「き、貴様。よくも、この私を踏みつけに」

「フェルディナンド・()()()()。アルティリアの兄だ」

「誰が自己紹介などしろと言った!許さんぞ、お前達。全員、不敬罪だ!この誉高き皇国貴族にして、由緒正しきカトゥマン伯爵家の当主に対しての数々の無礼!貴様らの父親も母親も、兄弟、姉妹も全て破滅させてやる!」


憎しみのこもった目でアルティリアとフェルディナンドを睨み付け、唾を吐きながら叫ぶ姿は品格をどこかに捨てて来てしまったようだ。


「誰が誰を破滅させると?」


フェルディナンドの他にもう一人、現れた人物がいた。背の高い理知的な雰囲気のする男性で、年齢は20代後半だ。


「まあ、アークライド公爵の弟君だわ」


近くの席のご婦人の呟きをカトゥマン伯爵は聞きつけると、己を横切ろうとした瞬間、面識もないのにアークライド卿にしがみ付いた。


「アークライド様、ご覧下さい、この狼藉を!彼奴等、この尊き皇国貴族であるカトゥマン伯爵の私にかような真似を。どうか、どうか、彼奴等を罰して下さい!」


同じ高位貴族なら無条件で自分を重んじると考えているようだ。ところが、公爵公子から返ってきたのは侮蔑を含んだ視線だった。


「触れるな、下衆が」

「へ?」


あまりにも予想外の反応に間抜けな音がカトゥマン伯爵の口から漏れ、しがみ付いていた手の力も抜ける。


「立てますか?シャーロット」

「ええ、ありがとうございます」

「貴女の勇敢さは賞賛に値しますが、私は肝が冷えました」


味方と信じていた公爵公子はシャーロットのそばへ行き、抱き抱えるようにして彼女を立たせた。


「ギルバート様、ご心配をおかけしてしまい申し訳御座いません」

「貴女が謝罪する理由はありませんよ」


しかも名前を呼び合っているではないか。


「な、何故?」


どんな理由があって、このカトゥマンを放置し、男爵家の娘ごときを優先させるのだ。カトゥマン伯爵の声を聞きつけると、アークライドは険しい目を向ける。


「婚約者を心配するのは当然だろう。その不快な視線を私のシャーロットに向けるな」

「こっ婚約者だと!」


馬鹿な。身分の差があり過ぎるし、ルシアム家とアークライド家に繋がりなど無かったはずだ。カトゥマン伯爵の疑問に答えたのはアルティリアだった。


「アークライド卿はわたくしの姉上の旦那様の弟君なのよ」

「姉だと?」


アークライド公爵の妻であるマドリアーヌ夫人はアレクサンドロス皇帝の長女、つまり第一皇女殿下である。皇族は嫁いでからも、皇族籍から抜ける事はなく、アドリアーヌは第一皇女殿下とも呼ばれている。


「出鱈目を……」

「私達を出会わせてくれたアルティリア()には感謝しかありません」


シャーロットを愛おしそうに腕に抱いたまま、アークライドはアルティリアに向かって微笑んだ。


「アルティリア()」だと?最高位の貴族である公爵家の男が、こんな小娘に向かって何故敬語を?


「お二人とも、お幸せにね。でも、アークライド卿、今、わたくしはお忍び中なの」

「そうでしたね。()()()()()()()


カトゥマン伯爵はここに来て、やっと気付いた。この生意気な小娘と自分を踏み付けた小僧は兄妹であるはずなのに異なる家名を名乗っていた事を。


「ファティアス」

「フォード」


どちらもルヴァランの空に輝く星の名だ。


ルヴァランでは皇帝を太陽、皇后を月と呼ぶ。そして、皇帝の子供達である皇子、皇女は星と呼ばれる。それになぞらえ、皇帝はお忍びの際、自らを旧神聖語の太陽であるソオル、皇后は月であるルウナと名乗るのだ。


第一子である皇太子は、太陽に最も近い星である第一惑星ジュセラ、第二子である第一皇女マドリアーヌも結婚後も第二惑星ヴィライエと名乗っている。


フォードは第四惑星、ファティアスは第五惑星の旧神聖語の呼び名だ。


ルヴァランでは貴族、平民、問わず、新たに家を起こす際、家名に星の名を使用することは固く禁じられ、まして偽名として名乗れば処罰の対象となる。


この慣習と法律は古くから存在し、歴史でも、マナーでも皇国貴族が知るべき知識として学び、ルヴァランの子女達は、教育係からも、父や母からも繰り返し聞かされる。


「星」に出会う幸運に恵まれたならば、最大限の敬意を持って接するように。輝かしい「星」はルヴァランの未来であり、尊ぶべき光なのだから。


カトゥマン伯爵も知っていた。星の名の事も、9歳になる末の皇女が「アルティリア」という名前である事も、第二皇子が「フェルディナンド」という名前で、国立学園に通う学生である事も、知っていたはずなのに。


何故だ?

何故気が付かなかった?


いくら自問自答しても分からない。分かっている事は、己の立場が、己の命が、取り返しのつかない状況に陥っている事だけだ。


アルティリアとフェルディナンドは震えるカトゥマン伯爵に視線を向けた。


「そうそう、お兄様。カトゥマン伯爵は”身分が上の人間に無礼をすれば不敬罪で処されるのだ”と教えてくれたの」

「カトゥマン伯爵は博識だな。そういえば我々を破滅させるとも言っていたな」


その瞳は皇族の血を引くものに現れるという、美しいアメジストのような紫の輝きがあった。


「どうせなら、我が家にご招待しよう」


第二皇子の背後には荘厳なルヴァランの皇宮が見える。カトゥマン伯爵には処刑場に思えた。


「ほら、ここからも見えるでしょう」


そう微笑むアルティリア皇女は天使か悪魔か。

皇帝「クッー!ここに、余がいたら、あの台詞が言えたのではないか!?」

侍従「無礼打ちは騎士に任せて、会議ですよ」

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あまり、作品に対して、「ざまぁが物足りない」とか、「こいつ惨たらしく殺せ!」とか、「こいつが死なないとかありえない」とか、逆に「こいつは救わないとおかしい」とか、過激なことは言わずに流れの一環として、…
あっ…パパさん(別名、皇帝とも言うw)が娘の声に反応して白い馬で駆けつける幻が見えました。 「余の顔を〜」(ドヤ顔)
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