種は芽吹かない 04
メールブール王国最大港、ヴェール港。多くの国にとって、航海の中継地点となっている。またメールブール内でも商人達の商いは行われており、商業の要でもあった。そのため常に数多くの貿易船が停泊している。
数日後に建国祭が控えているため、各国の要人や多くの視察団が訪れており、異国の王族や著名人を見に来た野次馬でごった返している。特に今年の建国祭は当代の国王の治世二十周年の記念式典が行われるため、一際華やかで規模も大きくなっていた。
巨大港とは言え、多数の船が到着しているため、下船の準備も少々時間がかかっていた。そのような中、順番が来るまで甲板で待機している視察団や、船乗り達の視線を集める一隻の船があった。
「ははは、見たか、ナルカ?」
「アレは嫌でも目に入ってきますよ、代表」
甲板に出て望遠鏡片手に大笑いしている褐色肌の男。
長い髪を緩く結び、筋肉質の体に、切長の瞳の美しい容姿をしていた。商業国家イヴィヤの代表、アザール・ヴィガと、彼が声を掛けたのはアザールの腹心ナルカ・ディリだ。
イヴィヤは複数ある商人の一族が集まって立ち上げた国で、一族の長達が集まり政を行う。また、その長の中から国の代表が選ばれ、イヴィヤの最上位の存在として君臨している。現在の代表であるアザール・ヴィガはまだ20代と若いが、抜け目のない男であった。
「ルヴァランが風を使わない船を開発したと言うのは本当だったんですね」
彼らが見つめているのはルヴァラン皇族専用大型船ブリエロア。美しい流線型を描く白い船体には、黄金の細密な装飾が施され、その巨大な船に華を添えている。まるで白亜の宮殿だ。
しかし、彼らが何よりも驚愕したのは沖合に停泊している要塞の如き姿の二隻の護衛戦艦だ。
「なぁ、ナルカ。あの船いくらで買えると思う?」
「戦艦ですか?客船の方ですか?どちらも、安くても国一つ買えるくらいの金が必要ですよ」
つまり金では買えないということだ。
「言えてるな」
各国の要人が集まるメールブールの建国祭でお披露目するとは面白い趣向だ。巨大な海洋魔獣のような戦艦を引き連れて来たのは、第二王子フェルディナンド。この皇子とは何度も交易のために会談したことがある。貴公子の如き風貌だが、かなりの策士だとアザールは見ている。
「だが、ナルカ。今回、俺達は買うんじゃなくて、売るんだ」
「何をです?」
アザールは王でも貴族でもない、商人だ。出し抜こうなどと無駄な事はしない。化け物を従わせる国とは仲良くしておくに限る。
「“媚”だ」
「へいへい、かしこまりました。大陸の覇者様とは、よしなにしておきたいですからね。面会の申し込みをしておきますよ」
前もって皇族が訪問する情報は得ており、メールブール王家に贈る献上品以外にも、様々な荷を運んできた。イヴィヤ売り込みのチャンスを逃すまい。
「急げよ、今回は“掌中の珠”も来てるらしいからな」
「第三皇女殿下ですよね?まだ11歳にもなっていないらしいですが」
「だが、皇族には変わりない。むしろ幼いからこそ、群がってくる連中も多いだろう」
「ああ、取り込みやすそうだとか、腐れ貴族は考えそうですね」
フェルディナンド以外の皇族とも会話したことがあるが、あの連中が末っ子をただ甘やかしているなどとは考えにくい。馬鹿にしていれば痛い目に遭うに決まってる。
「そんな簡単にはいかないだろうがな」
「でも我々も媚びるんでしょう」
アザールは不適な笑みを浮かべると腹心に言う。
「そうだ。お姫様に腹を見せて撫でてもらうんだ」
最愛の奥方がいるのに、何故、妙に卑猥な言い方するんだろう。結婚前に遊び過ぎた弊害だな。
「代表の腹筋は奥方に殴ってもらって下さい。姫君にはもっと可愛い生き物をお送りしましょう」
「俺より可愛い生き物……マーメイドか?」
「人魚に会ったことあるんですか?現実的に考えて、下さいよ」
そう言われて、フェルディナンドから大陸では見掛けない東方の動植物の画集や図鑑を妹姫のために取り寄せるよう依頼された事を思い出す。
「兎や猫はルヴァランにもいますからね、ヒインコかリスザルあたりが良いのでは?」
「リスザルなら、俺の方が愛くるしいだろう」
「リスザルの圧勝です」
腹心と話しているとブリエロアから皇子と皇女が降りてくる様子が見えた。
第二皇子は優雅に微笑んで、皇女をエスコートしている。その仕草は本心から妹を労っているように見え、皇帝だけでなく兄皇子達も末の皇女を可愛がっていると言う話は事実なのだろうと思えた。
そして、その妹姫だが。
「もう既に傾国の片鱗が見えるな」
数多くの異国を訪れ、各国の美女や美姫を見てきたアザールだったが、まだ幼さが残る皇女に目を奪われた。横にいるナルカも感嘆の声を上げる。
「ですね。これは驚きました」
皇族の特徴である艶やかな漆黒の髪、抜けるような肌に長い睫毛に縁取られたアメジストの瞳。遠目でも分かる美貌。その麗しき姫君は群衆に向かって、蕩けるような笑顔を向けると、彼らに手を振った。歓声が響き渡る。
「一昔前なら、あのお姫様を巡って戦争が起きていたかもな」
アザールの言葉に、ナルカは沖から主人達を見守る戦艦は、ただのお披露目だけではなく、正に姫君の守護者なのだろうと考えた。彼女に何かあれば、あの黒い悪魔が島を滅ぼすのであろう。
「あの戦艦に喧嘩売れる国がどれほどありますかね?」
「ここにはいないだろうな」
ならば、滞在中は安全だ。ナルカは胸を撫で下ろす。ヴィガ一族は武器商人ではない。世界が平和な方が儲かるのだ。
港が皇族来訪で沸き立つ少し前、ヴェール港のそばに建設された港湾施設の屋敷内、各国から訪れる賓客を迎えるべくメールブール王宮職員達は忙しなく動いていたが、その中に妙に浮かれた空気を出す場違いな者達がいた。トリトス王子と最愛の恋人ミミ・フィットン、それから王子の側近三名だ。
「ねぇ、トリトス。ルヴァランの皇子様ってどんな方?」
無邪気に尋ねる恋人ミミのフワフワとした薄茶の髪をトリトスは撫でた。
「皇族らしい特徴を持った方だ。黒髪に紫の瞳をお持ちで、穏やかな青年だよ」
「ふーん、あの大きな船から降りてくるんでしょ?早く来ないかな」
この度、主賓として宗主国からメールブールを訪れるのは、フェルディナンド第二皇子と末の姫君アルティリア。トリトスと第二皇子はルヴァラン留学の際、幾度か対面する機会があり、親しくなる事が出来た。帰国後は文のやり取りなどはなかったが、友人である自分との再会を喜んでくれるだろう。
「本当に大きくて、きれーな船ね。ミミも乗せてもらいたいわ」
ラウンジの窓から見えるブリエロアは、海洋国家メールブールどころか他に類を見ないほど美しく巨大だった。ヴェール港にいる誰もがブリエロアに目を奪われたが、皇族相手においそれと乗船をせがむなど無礼なことは出来ない。
そばに控えていた女官は、顔も合わせたこともない貴人に対し、自分の要求が通ると勘違いしているミミ・フィットンの発言に恐怖を覚えた。本来は諌める立場のトリトス王子も他の側近達も彼女の不敬を咎めるどころか、微笑ましい様子で見ている。
ルヴァラン以外にも多数の賓客が訪れ、その対応に皆追われているこの状況で、前触れもなく現れたトリトス王子達。女官にも役目がある。彼らのお守りをしている暇はないのだが「問題を起こさないよう、見張っていてくれ」という上司の頼みでここにいる。確かにお目付け役がいなければ、何を起こすか分からない。
「あ、降りてくるみたいよ。行きましょ!」
突如、ミミ嬢が駆け出した。女官は血の気が引いた。
「お、お待ちください」
自分も貴族の端くれだ。走るなどという端ない行為はできない。可能な限り急いで後を追い、屋敷の外に出ると、ミミは警備と野次馬に阻まれ、扉のそばで跳ねている。
「もぉ、見えないわ!」
勘弁してほしいと思っていると、のんびりと王子達が現れた。自分の恋人くらい、ちゃんと面倒みてくれ。
「すごい野次馬の数だな。ここからルヴァランの船に向かうには、どうやっていけばいい?」
側近の一人である、準騎士のアレスが、息を切らしている女官に声をかける。
「警備上、現時点でこちらから船に向かうことは不可能です」
この男は王子の護衛としてきているはずなのに、何を馬鹿なことを言っているんだろう。
「では、こちらに来た際に、ご挨拶した方がよろしいですね」
自分の言葉を聞いて、もう一人の側近のヴェントが言った。この令息は文官を数多く排出している一族出身で、父親はメールブールの宰相だ。
「いえ、来賓の方々はこちらにはいらっしゃいません。直接、王宮に向かいます」
王宮に勤める身内に確認すれば、出迎えの計画など簡単に分かったはずなのに、何故知らないのだろう。そもそも、この屋敷は王宮職員が出迎え準備を行うための拠点だ。歓迎するための施設として使用していない。
「えー、それなら城にいればよかったね」
面倒くさそうな声を上げたのは、ロディ・トライデント令息。メールブール貴族最大派閥の公爵家の長男であり、トリトス王子の元婚約者ネレイス嬢の弟。
「やれやれ、入れ違いになってしまったな。仕方あるまい。王宮に戻るか」
トリトス王子は小さなため息をついた。
「えー皇子様に会えないの。せっかく来たのに」
ミミは口を尖らせる。トリトス王子と同じ年齢だから20歳になるはずだ。女官はその幼稚な仕草を見て呆れた。
ネレイス・トライデントが王子の婚約者を辞退してからというもの、彼らは思いつきで行動して、周囲に迷惑をかけるだけの集団と化していた。
女官は願う。
早よ、帰れ。




