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種は芽吹かない 03

メールブールは一昨年に法改正をし、女性も爵位、財産、土地家屋などの相続が可能となった。これは国王主導の下行われた事だという。表向きは宗主国にならったとしているが、実際はトリトス王子の妹姫を後継とするためだ。まだ幼いが、兄よりかは遥かに現実を見定めているという。


「法改正の時期を考えると、トリトス王子は数年前から、不適格な行動をしていたのでしょうか?」


アルティリアの質問にフェルディナンドは答える。


「学生時代から、優秀な婚約者の令嬢ではなく、件の恋人を寵愛していたらしい」

「確か6年前に側近候補の方々と共にルヴァランに留学していましたよね?」


少しだけ会話をした記憶があるが、際立って愚かしい様子はなかった。しかしアルティリアは思い出した。メールブールの留学生達の中で、主導権を握っていたのはトリトス王子ではない。また、王子を補助しつつ問題が起きぬよう立ち回っていたのは側近候補の少年達でもない。彼らをまとめ上げていたのは、燃えるような赤い髪の理知的な少女だった。


「なんてこと」

「そうだ、トリトス王子が後継者として目されていたのは、婚約者のネレイス・トライデント嬢がいてこそだった」


トリトス王子はルヴァランから帰国後、恋人となる少女と出会い恋に落ちた。その令嬢は生まれは平民で、10歳頃に男爵家に引き取られたため、貴族としての振る舞いは苦手で、()()()()()な少女だという。側近候補達も、その清らかさに心惹かれ、彼女こそ王妃に相応しいと、ネレイス嬢と距離を置くようになった。その令息達の中にはネレイス嬢の弟もいるという。


「あの、まさか、アイリス姉様のように断罪されたなんてことは」


イェーツ王国にいるアルティリア達の従姉妹、アイリス。かつて婚約者の王太子に冤罪で婚約破棄と国外追放を言い渡された。


「いや、学園の卒業前にトライデント家が婚約を辞退した」


それはトライデント家がトリトス王子を見限ったとも言える。しかし、トリトス王子と恋人を支持する長男の存在がある。今後の状況によっては息子も切り捨てる事になる。公爵家にとっては大きな決断だっただろう。メールブール王国の貴族社会で最大派閥の筆頭であるトライデント家の後ろ盾と優秀な婚約者を失い、トリトス王子は窮地に立たされたはずだ。


「トリトス王子は臣下に下るつもりなのでしょうか?」


そのような状況では為政者として生きていくのは難しい。国王の道を諦め、恋人との愛を貫くためにアルティリアに力を貸して欲しいという事なのだろうか。


「いや、本人達は立太子し、国王と王妃になるつもりでいる」

「その恋人のご令嬢は王妃として相応しい方なのでしょうか?」


シャーロットのように思慮深く教養があり、尊敬出来る女性であれば、トリトス王子との仲を応援するのはやぶさかでもない。


「むしろ問題児(トラブルメーカー)だな。しかし、トリトス王子達は令嬢が純粋故に貴族から爪弾きにされていると考えている」


己が余程、優秀で王妃の職務を補完出来るならば、いざ知らず、貴族社会で不協和音となる令嬢を国母として立たせ、どうやって国と民を守っていくつもりなのだろう。


「なんというか。理解し難いです」

「私もだ。トリトス王子はイェーツの屑親子ほど外道ではないが、思考が甘ったれなのだろう」


ルヴァランの大使として異国の王侯貴族と関わる事が多いフェルディナンドは知っている。王族や高位貴族と言っても他力本願で生きており、呼吸をするかの如く、それが当たり前だと思っている者がいる事を。


そんな阿呆どもも、フェルディナンドからすると使える場合があるので付き合いはある。ただし、役に立たぬのならば施しなどする気はない。


トリトス王子は利用価値もないと考えていたが、図々しくも我が至宝(アルティリア)を己のぬるい計画に巻き込もうなどと企んでいる。万死に値する所業だ。


メールブールに到着すればアルティリアに取り入ろうなどと愚かしい行動に出るだろうが、相手にされるなど勘違いも甚だしい。むしろ、アルティリアが不快な思いをするような事があれば、どうしてやろうかと考える。


だが、今回の訪問で最も優先すべき事はメールブールの後継となりうる王女を見定める事だ。テティス・メールブール王女。年齢はアルティリアの1歳上の12歳。


アルティリアは洗練された所作でメインディッシュのラム肉を切り分けている。皇族の一人として日に日に成長していく姿を見ると、誇らしくもあり寂しくもあった。


妹には彼女独自の能力がある。聖女の資質と魔女の才能だ。それらは他の運命を引き寄せる。アルティリアが訪れれば、メールブールの運命は大きく動くだろう。


国王は能力の低さに加え、トライデントを失った息子に対して失望しており、王家と力を持った貴族家との不和を巻き起こす者をこのままにしておくつもりはないらしい。恐らくトリトス王子は失態を犯す。建国祭で国の面子が損なわれても決着をつけるつもりだ。


王の思惑に反して、王妃はトリトス王子を次期国王とする事を諦めていない。国際的に見れば、男性優位な思想は根強く、むしろルヴァランのような能力主義は珍しい。メールブールはやっと一昨年に女性の継承権が認められたばかりだ。例え、自身が女だとしても、染みついた男尊女卑の思考を簡単に切り替える事が出来ないのだろう。


また王妃の生家はトライデントに次いで力を持つアイギス侯爵家だ。メールブールの中でも際立って保守的な家だ。一族も妹姫のテティス王女ではなく、トリトス王子を支持している。


ただし、トリトス王子を国王にするためには、恋人と共にあっては不可能だと王妃も理解していた。


宗主国の第三皇女が訪問する事で、幼くも皇族として相応しい才覚を持ったアルティリアを見て、貴族としても不適格とされる恋人が王族に相応しいか自ら気が付いて欲しいと口にしているようだが、本心は別にあるとフェルディナンドは考えている。


出発前に言われた事を思い出す。


「メールブールに大砲を打ち込むなよ」


他国から好戦的な戦闘狂と恐れられている兄にあんな注意を受けるとは、ここ最近のジークフリードは丸くなり過ぎではないか。


「お兄様、何か心配ごとがございますの?」


アルティリアは思考にふけっていた兄の様子が気になったらしい。フェルディナンドは妹に何かあればメールブールを沈める所存でいる。


「いや、何でもないよ。そうだ、メールブールの姫君はリアと歳も近い。機会があれば話してみるといい」


その言葉でアルティリアも全てを理解したようだ。


「はい、()()()()()()()()()()()()

婚約者の令嬢が辞退してくれたので、トリトス王子は絶対絶命とはなりませんでした。でも、崖っぷち一歩手前くらい。

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― 新着の感想 ―
王妃はアイギス。 守。 元王太子の婚約者はトライデント。 攻。 そんなできた婚約者を振って、得たのが正直で純粋な少女? そんな子が婚約者有りの王太子、略奪するか? おまけに将来の王妃···だったらい…
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