翠の魔女 21
「うん、美味しいわ」
櫓で花を降らせた後、アルティリアはお楽しみ時間となった。屋台巡りである。ただ、姫君が屋台に並んで直接購入というのは難しい。広場をぐるりと一周した後、領主様に準備された休憩所にて、アルティリアは一休みし、侍女や侍従達に気になったものを購入してきてもらった。
アルティリアが頬張っているのは、薄焼きパンに千切りのキャベツと細切りにした豚肉とチーズを乗せ、ソースをかけて包んだロール型のサンドイッチ。
当然、毒見はしてあるのだが、平民の食べ物も臆せず口に入れるのだなと、レオンハートは感心した。
「お気に召しましたか?」
「ええ、とっても!」
嬉しそうに食べるアルティリアは年相応の10歳の少女に見える。ナプキンで口を拭っていると、レネが鮮やかな果物を載せた皿を持ってきた。
「姫様、フルーツ飴でございます」
「ありがとう、レネ。苺はある?」
「勿論でございます」
果物に飴をまとわせたフルーツ飴はアルティリアのお気に入りだ。レネは姫君のために毎年欠かさず、購入している。初めて収穫祭に参加した時、おずおずと「レネ、いちごのあめは、あるかしら?」と尋ねられた。その時、こういった祭りに参加したことがないのに、何故知ってるのだろうかと疑問に思ったが、手渡した苺飴を嬉しそうに食べる小さなお姫様を見ていたら、そんな疑問はどうでも良くなった。
ただし、その時アルティリアに聞いても答えてはもらえなかっただろう。何故なら、度々お忍びで市井に出かけている父に、こっそり夜のバザールに連れて行ってもらい、買ってもらった菓子なのだから。
「わあ、パリパリしていて、おいしいです」
「内緒だぞ、リア」
「はい、パパさま」
「“さま”はいらん、ここでは“パパ”で良いのだ」
「はい、パパ」
「うむ。他に何が欲しい?何でも買ってやるぞ」
「あの、ガラスのおもちゃが、ほしいです」
アルティリア三歳の大切な思い出である。その時、アレクサンドロスに買ってもらった美しいビードロはアルティリアの宝物となっている。
アルティリアが屋台の食事に舌鼓を打っていると、広場ではダンスが始まった。祭りなどで行われるレイフィットの民族舞踊だ。男女一組であることは同じだが、宮廷のダンスとは違い、格式ばらず、軽やかで、賑やかなステップで舞う。多少間違えてもご愛嬌だ。
「あら、ふふ」
不意にアルティリアが可笑しそうに笑い出した。
「どうしました?」
「レン、右側の列を見て」
「うわ!」
レオンハートは思わず声を上げてしまう。何故なら、元気そうな老人と魔女が小慣れたステップで踊っていた。精霊様降臨である。
「お上手ね、毎年来ていらっしゃるそうよ」
「そうですか……」
なんて陽気な精霊なのだろうか。多少はしゃいでも、皆忘れてしまうから問題ないということか?
こっそりナイトレイとロゼッタにも伝えると、え?そんなに、どうどうと来てんの?しかも毎年?と驚かれた。
「精肉店のドラタス商店が屋台で串焼きを出しているらしいのだけど。毎年、その串焼きとホットワインを買いに来ているんですって。お声がけする?」
「いえ、ダンスのお邪魔をしては申し訳ないので……」
一緒に祭りを楽しめるほど、砕けた関係ではないので、遠慮させて頂くことにした。
収穫祭の夜は特別に子供達の外出も大目に見てもらえるようで、ダンスを踊る領民達の中には子供の姿もある。
「姫君も踊ってきますか?」
楽しげな子供達の様子を眺めていると、ナイトレイが言った。
「いいの?」
「ええ。一曲くらい、姫君が踊れば領民達も喜ぶでしょう」
収穫祭とは言え、レイフルの街の住民は和やかに楽しんでいる。酒を飲んでいる者もいるが、彼らも姫君の前で羽目を外すような愚か者はいないようだ。
ナイトレイは今回のレイフィット訪問で、魔女の件を知り、第三皇女アルティリアを、可能な限り普通の少女として扱おうと決めた。過剰な程に責任感があり、異常に大人びていると思っていたが、それは彼女が自身の資質の恐ろしさを自覚しているからだ。だが、このお姫様はまだ10歳の子供なのだ。皇都に戻れば義務と規律が待っている。
「ダーシエ」
念のため、騎士をパートナーに付けておけば間違いないだろう。
「振り付け覚えたか?お前が無理なら私がアルティリア様のお相手を……」
「問題ありません、任せて下さい」
親衛隊長の責任が負える範囲で、子供らしさを経験させてやっても良いじゃないか。デカい番犬もいることだしな。
「ありがとう、ウォルト」
「楽しんできてください」
子供の体と心であるのに、大人以上に義務と責務を背負う第三皇女アルティリア。どうか、一瞬でも、心の安らぎを、小さな我が主人に与えられますよう。ウォルト・ナイトレイは若い騎士にエスコートされる少女を見守るのだった。
レオンハートは広場の中心にアルティリアをエスコートする。周囲の気配を確認してはいたが、振り付けなど覚えていない。しかし他の人間に姫君を任せるなど例え上官でも断固拒否する。だが、ぎこちない動きでアルティリアに恥をかかすなど、あってはならない。視界の端で周囲の動きを盗み見しつつ真似ることは簡単だ。また、このダンスはホールドは殆どしないので、身長差のあるレオンハートとアルティリアがペアを組んでも不恰好ではないはずだ。
「なんだかデビュタントみたいね」
ぼんやり見ていた振り付けを思い出していると、姫君の呟きが聞こえてきた。光栄です。
男女が向き合い礼をする。これは宮廷式ダンスと同様だ。ギターとマンドリンの旋律で音楽が始まる。小さな手を取り、ステップを踏む。
アルティリアの振り付けは完璧だった。何度も祭りを見ているので覚えているのだろう。鮮やかな刺繍に彩られた衣装の裾が広がり、艶やかな髪が舞う。楽しげな微笑みを向けられた。まだまだ幼さの残る皇女。
アルティリアの成人まで、あと6年。
デビュタントの日には誰がこの手を取るのだろうか。
レイフィットの舞踊で唯一男女がホールドして、ターンを行うシーンがある。ラストはその場でターンをしてダンスは終了する。レオンハートはアルティリアの腰に手を当て持ち上げ回転した。
少し驚いたようだったが、姫君は楽しそうに笑う。
一瞬でもいい。
どうか、この笑顔が少しでも続きますように。
これにて「翠の魔女」は終了です!
【ルヴァラン皇国物語の後書きや人物紹介みたいなもの】の更新は明日の予定です。
ちなみに、レオンハートのリフトが街の女の子ハートを貫いたようで、その後、これができる男性はダンスで人気だとか。
【その後のレイフルの子供達】
ネッサ「お姫様と騎士様のダンス素敵だったわねー」
ロイ「ふん!別に、あんなの、俺でも出来るし」
ネッサ「また大口たたいて!やれるもんならやってみなさいよ!」
ロイ「なんだと、見てろよ!お、お、お、重てえ!」
ネッサを持ち上げようとするロイ。
ネッサ「アンタが根性なしなのよ」
ちょっと浮く。
ロイ「ほら見ろ、出来た!」
ネッサ「はい、ターンしてー」
ロイ、ネッサ「ギャアアア!」ゴロゴロ。
ロイ、回ろうとして失敗。
2人して地面に転がりました。
エド、ウェス「あいつら、またケンカしてんなぁ」
【お知らせ】
この後のお話は小話を挟んで、アルティリアとフェルディナンドは異国に行く予定です。もちろん、レンも一緒ですよ。お楽しみに!
【小話】予定
小話 ー 末期症状 ー
シスコンがフラフラになってます。
小話 ー パパとお出掛け ー 前後編
皇帝がイクメンします。




