カマドウマ伯爵の愛 01
短編版物乞姫の感想欄にて、カマドウマのリクエストがされてるような気がしました。いや、されてるな、うん。
自分勝手な浮気男が高貴なお姫様に馬鹿をやらかして社会的に死にます。
それは人としてはあまりにも不恰好であった。手足はだらしなく開き、身体美や機能美から遠くかけ離れた姿である。しかし、その反面、強者からは逃げるという生物の本能に従った見事な跳躍だった。
その姿は、そう、まさに。
「カマドウマだわ」
その日、アルティリアはご機嫌であった。何故なら皇都にある人気のカフェで、先生と慕う令嬢と待ち合わせなのだ。しかも外出となると、必ず付いてくる兄のフェルディナンドは、学園があるため一緒ではない。
もちろん侍女や護衛の騎士は伴って行くが、一人でカフェへと出向き、お相手の令嬢とお茶とお菓子を楽しむ。まるで大人の仲間入りではないか。
お相手の令嬢はシャーロット・ルシアム男爵令嬢。アルティリアが皇族教育の一環として、領地経営について学び始めた時、国立学園でも教鞭をとっていた教育係から、優秀な教え子だと紹介されたのだ。
ルシアム男爵は商人出身の新興貴族だ。祖父が商会を立ち上げ、父親の代で小さな領地を発展させた。確かな才覚で豊かな財を築き上げた一族だ。そんな祖父と父を持つシャーロットも素晴らしい才女である。
歳若いながらも経営学を学んでおり、商会の仕事や領地経営の一端を担っている。そしてアルティリアを子供とは扱わず、豊かな知識を惜しげもなく伝えてくれる。自然とアルティリアは彼女を「シャーロット先生」と慕うようになった。
待ち合わせのカフェは高位貴族向けにテラス席があり、そこからは皇宮を望むことが出来る。3段のケーキスタンドには、フルーツを使用したケーキやタルト、スコーンやサンドイッチなどが美しく盛られていた。皇宮を眺めながらのティータイムは、普段とはまた違った趣があり、アルティリアはシャーロットと共に淑女として素敵な時間を過ごしていたのだが、そこに邪魔者がやってきたのだ。
「聞いているのか、シャーロット!」
叫んでいるのは、どうやら男性のようだが、姿は見えない。何故なら、不審人物の登場に護衛騎士四名が、アルティリアとシャーロットを守るように壁となり、男が近付こうとするのを阻んでいるからだ。
「我々の“真実の愛”を妨げるなど許される事ではない!大人しく同意せねば、この場で貴様の悪行を晒してくれる!」
「シャーロットさん、どうか私達を認めてください!」
女性もいるようだ。しかし「真実の愛」とは何なのか。シャーロットを見ると、表情が抜け落ちているが毅然とした声で言い放った。
「何度言われましても、再婚約は致しません」
この男はカトゥマン伯爵家当主である。彼はシャーロットの元婚約者であった。
カトゥマン伯爵家は旧家ではあったものの、散財と領地経営の手腕のなさにより行き詰まっていた。そこで先代伯爵が目を付けたのが、新興貴族にして富豪のルシアム家だ。聞けば年頃の娘がいるらしい。相手は下位貴族だ、歴史あるカトゥマン家と縁繋ぎが出来て光栄であろう。 人脈を駆使して、半ば強引に息子との婚約を取り付けた。
ルシアム家の支援と、シャーロットの持参金の先払いによりカトゥマン家は盛り返す。ところが肝心の跡取りには恋人がいた。貧乏男爵家の令嬢にして、息子の幼馴染のルル・サットンだ。先代伯爵は旧時代的な考えの持ち主だったので、特に問題だとは考えなかった。妻は妻、愛人は愛人だ。きちんと弁えれば良し。
ところが息子はやらかした、やらかしまくっていた。シャーロットを蔑ろにし、持参金や支援金からルルに宝飾品やらドレスなど購入。高級レストランや観劇、果てはカジノなどルルとの豪遊に金を使い込んでいた。
そして決定的な事態が起きる。
招かれた夜会にルルを伴い「シャーロット・ルシアムはお飾りの妻」でルルとの愛の生活のための資金源でしかないなどと豪語していた。それをシャーロット本人とルシアム男爵、そして夜会を開催した侯爵夫妻に聞かれてしまった。
当然、婚約解消を迫られた。
先代伯爵は抵抗するが、息子の発言は侯爵夫婦を始め、多くの貴族に聞かれている。しかも、その侯爵家の夜会には正確にはカトゥマン家は招かれていない。ルシアム家の令嬢の婚約者としての招待だったにも関わらず、シャーロットをエスコートせず、息子はルルを連れて行ったのだ。
力ある高位貴族への無礼。息子の不貞に加えて、支援金や持参金の使い込み。
婚約解消に同意するのであれば、支援金と持参金の返還は求めないが、拒否するのであればルシアム男爵は裁判も辞さないという。
愛人を持つことは法律で禁止されてはいない。しかし交際費は本人が負担するべきものだし、婚約時の契約書にも明記されている。
裁判ともなれば、息子の愚かな行動は世間に晒され、カトゥマンの名誉は地に落ちる。また支援金、持参金の返却はもちろん、多額の慰謝料も発生するだろう。
先代伯爵の心は折れた。
婚約解消に同意し、息子に爵位を譲り、贅沢をしなければ何とか暮らしていけるくらいの資金を持って隠居した。
ルシアム家は寄生虫貴族と縁が切れ、めでたい事だと家族で祝ったという。
ところが厄介な男が一人と、お花畑の女が一人残っていた。そう、新生カトゥマン伯爵となった浮気男と、その恋人ルルだ。
当初、若きカトゥマン伯爵は、財政を復活させるなど簡単だと自信に満ち溢れていた。しかし、ルルと遊びまくっていただけの、甘ちゃん僕ちゃんな男が、まともな領地経営など出来るはずもなく、借金が増えただけだった。
窮地に陥った彼は、何故その様な結論に至ったか不明であるが、シャーロットにまた金を出させればよいと考えた。大人しく金を出せば、たまには妻として扱ってやるから、また婚約をしろと、しつこく手紙を送ってくるようになったのだ。
「歴史あるカトゥマン家の役に立てるのだから光栄に思え」
「傷物の女は他に貰い手はないだろう」
「我々の真実の愛がどうなっても良いのか、この冷血女」
ルルとは別れるつもりはないが援助しろと。そんな馬鹿げた要求をルシアム男爵もシャーロットも無視した。
時折、ルルからも意味不明な手紙が届く。
「彼はとても苦しんでいて可哀想」
「二人の愛は永遠だから、羨ましく思うのは当然だ」
「彼に選ばれた自分を赦して欲しい」
シャーロットとしては二人で勝手に愛を貫けば良いと思っているし、これ以上、巻き込まれるのは、ごめんなさいなのである。しかし、とうとう二人はこんな所にまで押しかけてきた。
シャーロットもまたアルティリアとのお出掛けを楽しみにしていたのだ。
学園時代の恩師から是非合わせたいお姫様がいると聞いた。幼いけれど、とても利発で賢い少女だという。会ってみたら、本物のお姫様であった。
皇帝の掌中の珠、第三皇女アルティリア。
初めは畏れ多いと恐縮したが、9歳とは思えぬ思慮深さと、好奇心に驚かされた。屈託なく「シャーロット先生」と呼ばれるとくすぐったい気持ちにもなった。アルティリアは自分を先生と慕ってくれているが、自分こそ彼女から学ぶことが多いのだ。
師弟のような、年の離れた姉妹のような、不思議な友情が育まれた。
「カトゥマン伯爵、失礼が過ぎます。お引取り下さい」
ともかくアルティリアから、この愚か者共を引き離さねば。シャーロットは席を立とうとした時、アルティリアが自分に視線を送っている事に気付いた。何か考えがあるようだ。馬鹿共を連れ出すことをやめ、小さな友人に任せることにした。
アルティリアはカトゥマン伯爵に声を掛けた。
「悪行とはなんです?」
アルティリアの声掛けに合わせ、カトゥマン伯爵とルルが見えるように、護衛騎士達は一斉に一歩移動する。ただし、彼らが何かしようものなら、すぐに動ける位置だ。
「何だ、貴様は」
カトゥマン伯爵は突如護衛達が動いた事に動揺しつつも、声の持ち主を確認する。そこには驚くほど容姿の整った少女がいた。
圧倒的に美しい。
言葉を発さなければ人形と、森で会えば精霊に遭遇したかと勘違いしてしまうかもしれない。貴族は往々して見栄えのする者が殆どだが、これほど美しい少女はそうはいないだろう。
だが、伯爵である自分を前にして、立ち上がり礼を尽くす事をしない。なんと不届な娘なのだろう。
「こんなに大勢、侍従を引き連れて、どこの家の小娘だ」
皇族がお忍びで出かける場合、護衛騎士は帯剣してないように見せる事もある。周囲に物々しさを感じさせない配慮だが、当然武器を隠し持っている。そのため、一見武器を持たない男性達をカトゥマン伯爵は侍従と勘違いしたようだ。
一方で、シャーロットは息を呑んだ。たった数秒間の発言で不敬を連発しすぎだ。こちらの様子を窺っていた他の客も驚いている。
このテラスを予約出来るという事実だけで、アルティリアが高位の存在だと予測が付くはずだ。他の客も高位貴族、第三皇女を目にした事もある者もいるようで来店時からアルティリアは密やかに注目されていた。
それから護衛騎士達の位置が変わった事で気が付いたが、騎士の中で最も見目の良い金髪の騎士に、ルルはチラチラと視線を送っている。貴女の真実の愛は隣におりますが。
「私はファティアスよ」
アルティリアはお忍びの際「リア・ファティアス」と名乗っているが「リア」は家族や親しい者たちが呼ぶ愛称でもあるので、カトゥマン伯爵に教えるのをやめた。
「ふん、聞いたこともないな」
ファティアスという家名は高位貴族にはいない。子供に正しいマナーを学ばせることもできない下等な家なのだとカトゥマン伯爵は判断した。
「おい、小娘。関係のない人間はさっさと消えろ」
「わたくし達は、こちらのカフェにきちんと予約して来店しています。関係者ではないのは貴方達です」
このカフェは皇都でも有数の人気店だ。予約も三ケ月、場合によっては半年待ちだと言われる事も多々ある。暗に「お前らじゃ、予約もできないだろ。この不法侵入者が」と言われているのだ。
アルティリアの発言に周囲から失笑が漏れたが、カトゥマン伯爵は気が付いていない。
「それに、シャーロット嬢はわたくしの大切な先生なの。無関係ではないわ」
「はっ。私に婚約破棄されて、家庭教師にでも転職したか」
シャーロットを家庭教師にするくらいならば、良くても子爵令嬢程度だろう。テラスにはこの馬鹿な小娘以外にも貴族の客がいる。シャーロットの悪行を晒し、泣きついてきたところに恩を着せ金を搾り取ってやる。
「聞け!この女がカトゥマン領を破綻に追い込んだのだ!」
「シャーロット先生と婚約する前からカトゥマン領の財政は悪化していたでしょう」
声高らかに発言した言葉は可愛らしい声に否定された。
「ルシアム家が手を引いた事でさらに状況が悪化したのだ」
「いいえ、婚約解消後、領民の行末を危惧したルシアム家は、カトゥマン領の経営状態についての報告書と改善案を作成して、皇宮に提出しました。それによりカトゥマン領には監督官が派遣され、経済状況は緩やかにですが、上昇しています」
「なっ!」
何故そんな事を小娘が知っているのだ。
あまりに領地の経営状況が悪化すると、役人が派遣され、皇宮主導の元、改革が行われる制度がある。つまりカトゥマン伯爵は能力不足と判定された。おまけに役人が派遣されると最低限の税率に固定され、領主の好きに税を徴収する事が出来ない。
領地経営は右肩上がりでも、カトゥマン家の経済状況が苦しくなる一因でもあった。
「皇宮に申請すれば、どの領地の報告書も取り寄せは可能ですよ」
アルティリアは当然の如く言う。皇国では、他者から学ぶ事を良しとしているのだ。ルシアム家のカトゥマン領立て直しについての計画は、アルティリアにとって良い教材であった。
「シャーロットのせいで、カトゥマン家の使用人達が路頭に迷っているのだぞ!」
「それは給金が支払われなくなったので、皆、暇を申し出たのではないですか?」
カトゥマン伯爵の服は、元は高級品と分かるが、全く手入れされていない。充分な使用人の数が足りないのであろう。
「やはりシャーロットのせいではないか!」
それこそが諸悪の根源であると叫ぶ。何故、元婚約者の家の使用人の給金を支払ってもらえると考えているのか謎だ。
「そう言えば、シャーロット先生、知り合いの家の使用人に推薦状を書いたと仰ってましたけど、カトゥマン家の方々ですか?」
「ええ、誠実な仕事をしていた方々がいらっしゃったので」
皇国では紹介状は元の雇い主のみが作成可能だが、推薦状は他家の者も作成可能である。面倒見の良いシャーロットは何かあれば頼って欲しいと、能力があり信頼のおける使用人達に伝えていたのだ。
「ルシアム家の推薦状があれば心強いですね。きっと新しい勤め先も見つかりますよ」
そう言うとカトゥマン伯爵はさらに声を荒げた。
「金!金!金と!なんと浅ましいのだ。この偉大なる皇国の歴史の中で中期から存在する栄えあるカトゥマン家に尽くすことこそ金に値する!見返りを求めるとは言語道断!」
「では、貴方達もお金なんて必要ないでしょう。栄えあるカトゥマン家なのですから」
「ふっ」
アルティリアの発言に吹き出した者がいる。先ほどからルルの上目遣いを無視している金髪の騎士だ。騎士の笑いを皮切りにテラス客からも笑いが溢れる。これには、さすがのカトゥマン伯爵も気が付いた。
「貴族は貴族らしく振る舞う義務があるだろうが!」
笑われた事に憤り、さらに声を荒げた。
「確かにそれも一理ありますが、必要があればです」
王侯貴族は他者から侮られないよう、社交の鎧として華やかに装う事もある。また産業の広告塔となるべき時もある。経済を回すことも彼らの仕事だ。だが、身の丈以上に求める事は、ただの欲か見栄だ。
皇族が民の血税で不必要な欲や見栄を満たすことは許されない。父と母からの教えの一つだ。
まして他者から掠め取った財産で豊かに暮らそうなど、浅ましいの一言だ。
今回、アルティリアはちょっと怒っていて牙を剥いてます。
アルティリア「シャーッ!」