翠の魔女 11
「コーリー、一部は鑑定に回してくれる?」
「はい、それぞれの養殖期間の真珠を鑑定させます」
「それから今期の冬に浜揚げした真珠で品質の良い物は全てわたくしが買い上げるから、運営資金に回してちょうだい」
「分かりました」
「あと、これは、わたくしの先生にお渡ししたいから、持ち帰って良いかしら?もちろん購入するわ」
アルティリアは手にしていた一粒をトレバーに見せた。
「そのまま、お待ち下さい。オーナー」
トレバーは幼いながら、生真面目なところのある上司に言うが、アルティリアは首を振る。
「ダメよ」
「分かりました。この後、浜揚げした真珠は春になる前にお送りすれば宜しいですか?」
「ええ、お願い」
「末っ子皇女殿下に身に付けて頂けたら真珠も喜ぶでしょう」
トレバーの言葉を受けてアルティリアは少し思案する。
「余ったら、わたくしも外交の際に使おうかしら」
元々姫君が使用するつもりではなかったのかと思ったトレバーは聞いた。
「どなたかに差し上げるのですか?」
「お母様よ。たくさん採れれば、お姉様方にもお贈りしたいわ」
皇后、皇太子妃、公爵夫人に侯爵夫人か。なるほど、それは良い宣伝だ。
アルティリアとトレバー達のやり取りを観察しつつ、ナイトレイは自分の想像以上に主人が重要人物になりつつあることを感じていた。
真珠を養殖するなど、本当に可能なのかと半信半疑であったが、アルティリアは実現させてしまった。宝石を造り出すなど、鉱山を発見するよりも困難だろう。それに鉱山は採掘してゆけば枯渇していくが、養殖ならば永久的に真珠を造り続けられる。
先日、アルティリアとマーカスはいずれ警備隊を組織せねばと話し合っていたが、悠長にはしていられない。すぐにでも騎士団を駐在させるべきだ。
ナイトレイがマーカスへ視線を向けると、なんとも言えない微笑みを返された。早急な警備体制の見直しの必要性は理解しているのだろうが、「賢い」という範疇を超えつつあるお姫様の支援への苦労が垣間見れた。同時に、これは自分も経験していくのだろうと悟る。
「そうだわ。わたくし、トレバーと打ち合わせがあるの、事務所をつかわせてもらえるかしら」
今後の方針などがまとまってくると、アルティリアはコーリーに声を掛けた。
「はい。今は誰も使用していませんので、お使いください」
コーリーとマーカスはそのまま職人達とその場に残り、アルティリアとトレバーは別室に移動する。騎士達とレネも一緒だ。
部屋に入るとアルティリアは騎士達に言った。
「これから話すことは他言無用よ」
騎士も側仕えである侍女達も主人の事をベラベラと話さない。しかし、あえて口止めするのは、相当重要な内容なのだろうか。
「トレバー。わたくしとの約束を覚えていて?」
「もちろんです。今期の浜揚げが終了したら必ず」
アルティリアは神妙な顔で現場監督官に尋ねると、決意を込めた顔でトレバーは答えた。
「浜揚げした真珠で一番良いものを差し上げるわ、それを使ってちょうだい」
「いえ、支払います」
「わたくしも、貴方達に何かしたいのだけど」
「そこはけじめを付けさせて頂ければと」
「分かったわ」
何の密談だろうか。騎士達からそんな雰囲気を感じたアルティリアはあっさりと暴露した。
「トレバーがコーリーにプロポーズするのよ」
その瞬間、キリリとしたトレバーの顔は見る間に赤くなり、耐えきれなくなった彼は両手で自分の顔を覆う。
「それは、えーと、おめでとう?」
「ありがとうございます。ですが、まだ返事を貰えたわけではないので……」
ナイトレイの祝いの言葉にトレバーは両手を押さえたまま答える。アルティリアはその言葉を聞いて少し考え込んだ。
「そうね、コーリーは奥ゆかしいから。一度は断られる可能性もないとは言えないわ」
「うっありえる!」
トレバーは胸を押さえて崩れ落ちる。
「トレバー、以前も話したけど。わたくし、コーリーには幸せになってもらいたいの。コーリーを守る力と気概を持った方でないと応援できないわ」
「大丈夫です。理解しています。諦めません」
なかなか容赦のない上司の言葉であったが、求婚者トレバーは復活した。仕事仲間、友達以上、恋人未満となって数年。二人の関係に決着をつけるべくトレバーは決意を固めたのだ。
「殿下、僭越ながら申し上げます」
トレバーが立ち上がると同時にロゼッタが口を開いた。
「真珠を指輪に加工するのはプロポーズ後にするのが宜しいかと」
男達は思った。女性は申し込みを了承したら、その場で身に付ける。ならば指輪に加工して渡した方が良いだろう。しかしロゼッタは残酷な真実を告げる。
「指輪の意匠がダサい場合、成功率も下がると愚考します」
「なっ!?」
事務所に激震が走る。トレバー含めた男性達全員が戦慄した。そんなことあるの?怖い。
硬直したトレバーの代わりにアルティリアがロゼッタに言った。
「でもコーリーは優しい女性だから、少しくらい好みと違っても喜んでくれるのではないかしら」
トレバーは思う。気を使われ過ぎても切ないです、姫様。そんなトレバーをよそにロゼッタは厳しい現実について話し始めた。
「相手が自分の趣味を把握していないことにショックを受ける女性もいるのです。付き合いが長い場合は特に」
「なるほど。そういう考えもあるのね。でもコーリーは指輪や腕輪の類は仕事の邪魔になるからって身に付けている姿を見た事がないから、好みを調べるのも難しそうね」
コーリーはシンプルな装いでいることが多い。それがまた彼女の上品さと美しさを引き立てているのだ。
「最近の皇都では、仕事を持った女性は婚約指輪ではなくネックレスなどを望む女性もいるとか」
侍女や女官に友人が多数いるロゼッタは流行に聡い。
高位貴族の女性ならば豪華な指輪を日常的に身につけていても問題はないが、下位貴族や平民の女性は普段は身に付けず、夜会など特別な場合にのみ婚約指輪を使用している。彼女達は家事や仕事に従事しているためだ。
しかし最近、皇都では婚約記念品として、品質の良い宝石でシンプルなネックレスを製作し、仕事中でも服の下に身につける女性が多いという。
「あの、私もお話ししてよろしいでしょうか」
これまで黙っていたレネが、知り合いの話なのですがと前置きして言った。
「友人は猫が好きなのですが、それを知った恋人が猫の首飾りを贈ったそうなのです」
「猫なら可愛らしいのではないかしら?」
アルティリアは昔、フェルディナンドからカナリアの形のブローチをプレゼントされたことがあるが、とても可愛らしいので今もお気に入りだ。よく帽子に付けている。
だが、レネの友人が贈られたものは少々想像と違っていた。
「太い鎖に男性の拳ほどの大きさの猫の頭がぶら下がった意匠なのです。しかも威嚇するかのように口を開けておりまして……中々迫力のある見た目なのです」
どうやらレネはそのプレゼントを見せてもらったらしい。
「また、あまりに勇ましい面構えをしていると思ったので、よくよく図鑑で確認したところ、それは虎でした」
それは雄叫びを上げる虎の頭の首飾りだった。
レネの友人は、大好きな恋人からもらった贈物に困惑しているという。女性の装飾品というよりも、歴戦の戦士が身に着けるような意匠であった。
「しかも、とても重いそうで、半日でも装着していると、首が圧迫されて頭痛がするそうです」
彼女は彼との逢瀬に虎を装備して出陣したそうだ。しかし、至って普通の女性であった彼女の首は虎の重量に耐えられなかった。
「極端な例ですが、こんな事もありますので、デザイン選びは慎重になさってください」
「……わ、分かりました」
トレバーは女性二名の意見を聞き入れ、まずはプロポーズを成功させてから二人で意匠を考えるということで話はまとまった。
その夜の晩餐は真珠の母貝であるラク貝のグラタンが出された。アルティリアはコクのあるホワイトソースとラク貝を堪能しながら考える。
「うまくいくといいな」
真珠の養殖もコーリーとトレバーの二人も。
やがて、トレバーの努力が実り、婚約した二人は真珠の養殖技術を確かなものにし、真珠の流通が始まった頃に、その功績が認められ、第三皇女アルティリアの推薦をもって、それぞれトレバーは伯爵に陞爵、コーリーは男爵を賜る。
ただし、それは、もう少し先の未来。
その夜。
アルティリアは月が見下ろす寝室の窓辺に立つ。ガラス窓に一枚の葉が張り付いているのを見つけたのだ。その葉をそっと手に取ると、柔らかな光を放って消えた。
手には何も残っていない。
「久々にお会い出来るわね」
アルティリアの見つめる先にはレイフルの森が広がっていた。




