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翠の魔女 07

低い獣の雄叫びが響く。


立ち上がった姿は5mか6mか。通常の熊よりも倍以上の大きさは、その生物が魔獣種であることを示している。生物として圧倒的な存在を前に子供達はなす術もない。生まれて初めてロイは死を意識した。


しかし、驚きで身動きが取れなくなったロイ達の前で、とても人が跳べる高さではない位置まで、跳躍した騎士は化物の顎を蹴り上げた。嘘だろ。


ロイはその冗談のような光景に「騎士って剣を使って戦うんじゃなかったのか?」と思ったが「早く行こう」というエドの言葉で、目の前で起きた事が現実である事を思い出す。


子供達が逃げたことを確認したレオンハートは魔獣に向き直った。顎の斜め下を蹴り上げたので、脳震盪を起こしているかもしれないと思ったが、周辺の木々を巻き込んで倒れ込んだにも関わらず、しぶとく起き上がってきた。さて、このまま仕留めても良いのか。それとも捕まえた方が良いのか。


「ナイトレイ隊長!生け取りには?」

「せんでいい!」


上官から討伐許可をもらったので剣を抜く。ふと、特別訓練時代を思い出した。


あれは山での訓練で3日間、虫しか食べられなかった時だ。飢えた騎士の前に現れたのは、同様に飢えた魔獣種の熊。


「お前、旨いんだよなぁ」


結果はルヴァン騎士団が弱肉強食の上に立った。


「あの時は天の恵みだと思ったよ」


作業場に現れる前に、既に何かに追われるような状況だったのか、レオンハートを食い殺さんばかりに殺気を向けている。


「悪いが、レイフィットはアルティリア様の縄張りだからな」


再び低い雄叫びを上げて襲ってきた魔獣を掻い潜り、その喉に剣を斬りつける。返り血が飛び散る前に距離を置き、剣に付いた血を振り払って鞘に納めた。そして数秒後、鮮血が空を舞う。


ゆっくりと魔獣は地面に横たわると、その重量を感じさせる振動が大地から伝わってくる。黒い毛に覆われた巨大な獣は絶命した。


しばらく沈黙が続いたが、周辺からは領民達の歓声が上がった。負傷者、死傷者共におらず。走って逃げた子供が転んで擦り傷を作った程度だ。


あまりにも呆気なく魔獣は一人の騎士によって倒された。住民の話題は魔獣と騎士一色となる。そしてレオンハートはレイフルの住民から「熊殺し」と厳つい呼び名で呼ばれるようになった。


そんな部下の活躍を確認したナイトレイだが、領主邸に戻ると部下二人を呼び出した。


林業業者への視察は熊出現により、一時は騒然となったが、レオンハートがいち早く気付いた事でアルティリアも領民も怪我はなく、無事に終了した。


ロゼッタもすぐに姫君を避難させるべく対応をとっていたし、隊長としては二重丸、いや三重丸をくれてやっても良いと思っている。


「えー、隊長は非常に悲しいです」


しかしナイトレイは若造達を引き締める事にした。


「各々、自分の行動を顧みるように。今後、このような事があるならアルティリア殿下のエスコートは全て隊長がします」


イェーツ訪問や熊登場などの有事の際は問題がないというのに、平時に噛み合わないとはどういう事だ。姫君は気が付いていないとはいえ、こそこそエスコート争いで揉めるなど。アルティリア殿下に何かあった後では遅いのだ。


「では、解散!」


ナイトレイは二人を残して部屋を出た。


「説教って、苦手なんだよなぁ」


にも関わらず、威厳ある上官ぶりだった。

人の上に立つって大変だ、偉いぞ、ウォルト。

こっそり自分には満点をあげた。


部屋に残されたレオンハートとロゼッタだが、乳母に叱られた気分に襲われていた。


「では、きっちり分担しよう。殿下の寝室、衣装室は私が待機する」


先に折れたのは3歳年上のお姉さんのロゼッタだ。


「それ以外は交代だ。いいな、ダーシエ卿」

「分かった」


相手が引くならと、レオンハートも受け入れた。


「だが、異国訪問の際はなるべく君がエスコートしろ」

「え、いいのか?」


思いっきり譲られたので、レオンハートは少し驚いた。


「確かに可愛らしいアルティリア様と私はお似合いだと言われている」

「おい、関係あるのか、それ」


姫君をロゼッタがエスコートしている様子を見て、レイフルの住民達は口々に「麗しいお二人だ」とか「尊いな」などと言われていて、レオンハートはちょっと妬いていた。


「だが、親しみやす過ぎるんだ。女同士の組み合わせは」


元々、姫君が街の住民達と気安く接しているのもあるが、男装の麗人の如きロゼッタを連れていると、余計に声を掛けられる事が多い。


「皇国内では馬鹿が突っ込んでくることは少ないだろうがな。異国ではそうとも限らないだろう」


数ヶ月前のイェーツ訪問の際、アルティリアは初めて会ったにも関わらず、前イェーツ王に狙われた。ただでさえ、数少ない独身の皇族だ。そして成長するにつれて、ますます美しくなるであろう姫君は国内外から求められるだろう事は想像に容易い。


ロゼッタは不敵に口の端を吊り上げた。


「罠を張ってるなら、いくらでも侮ってくれて構わんが、わざわざ、アルティリア様に不快な思いをさせたくはないからな」


ロゼッタ・ハリスは以前は中央師団に所属し、皇都の警備並びに犯罪組織の摘発を行っていた。最近の事件では人身売買組織壊滅に関わっていたという。


手合わせをしてみたが、細身な体躯を活かして、相手の隙や弱点を突く。中々侮れない騎士だとレオンハートは判断してる。


だが、一見すると、騎士服に身を包んだ美しい令嬢なのだ。その見た目通りの普通の女性と勘違いする馬鹿もいるだろう。


実質属国であったにも関わらず、イェーツの前国王が簡単に皇女を誘拐出来ると勘違いするくらいだ。男尊女卑の残る国では馬鹿な行為に走る者もいるかもしれない。


「分かった」


そう返事をすると、ロゼッタは言う。


「その仏頂面で馬鹿を近付けるなよ」

「ああ、いくらでも威嚇してやるよ」

「うん、良い番犬になれよ」


だが、急にロゼッタが譲歩したのは何故だろうか。レオンハートの疑問が伝わったのだろうか。赤い髪の麗人は言った。


「私は性犯罪者、とりわけ小児性愛者は全員去勢すればいいと思っている」

「それは、同意出来るけど……え、まさか」

「私が捕縛した屑共の中には、世間的には紳士と言われる男も、美貌の青年と名高い男もいたんだ」


ロゼッタは何かを思い出したかのように、それはそれは不愉快な顔をつくった。


「絶対に有り得ない!」


レオンハートは叫んだ。アルティリアに不埒な真似をするなど、考えた事もない。まさか同僚に勘違いされるとは。


「だって、怪しかったぞ」


呆れた視線を向けられて、レオンハートは慌てるが、次の言葉に言い返せなくなる。


「姫の寝室から退室するのを渋ったり、この前も晴着の試着に立ち会った私に恨めしそうな目を向けていただろう」

「それは……そうだけど、そうじゃない!」


この場で、可愛い寝顔を見ていたかったとか、可愛い過ぎるであろう晴着姿を早く見たかったなどと言ったら、変態決定となる。


「けど、嫌らしい下心はない事は分かってきたからな」

「信じろ!俺は絶対に姫にやましい気持ちは持ってない!全部、忠誠心だ!」

「ああ、少し、しつこくて、嫉妬心が強いだけだな」

「言い方!」

「うざったくて、気持ち悪い?」

「もっと酷くなってるぞ!」


しかし、一応は信用してくれたのだろう。


「冗談だ。本物はもっと()()()()をさせてるしな」

「匂い?」

「まあ、直感みたいなものだ。説明はしにくい」


ロゼッタが言葉を濁したので、レオンハートも深く追求するのをやめた。騎士団には独自の魔術を操る者も多くいる。本人達はわざわざ吹聴しない。切り札は隠しておくものだ。


「ただ、忠告しておくが、()()()()()()。姫君に跪くなら、あのお方が16歳の成人の儀を終えてからにしろよ」

「待て、何を言ってんだ」

「それと、フラれてもアルティリア様に気を遣わせるな。私は、あのお方が罪悪感で胸を痛める姿は見たくない」


言うだけ言ってロゼッタ・ハリスは部屋を出て行こうとするので、レオンハートは再び叫ぶ。


「か、勝手な事言うな!()()()()ーー!」

ちょいと怪しまれてたレオンハートですが、誤解は解けたみたいです。


ロゼッタは可愛い子供達に危害を加える輩を潰すお仕事をしてました。

ロゼッタ「ブチっとやってました」

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― 新着の感想 ―
幼女が好きなわけじゃなくて姫様が好きなんだもんね。 どっかのシスコンよりよっぽど清い漢だと思います。
まぁ、レオンくんはね。恋仲にはなりたいけど、そんななれるかどうかの不確かなものより、我らが皇女様の身の回りにあるお気に入りの家具の方がいいよね。上手くやれば、死ぬまで側に居られるもんね。(嫁ぎ先がどう…
レン君の熊コロより、ロゼさんのブチッの方が印象に残ってしまう(スマヌ)
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