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翠の魔女 06

レオンハートは少しばかり苛立っていた。もちろん、表には出していないし、アルティリアには絶対に気が付かれないようにしている。


レイフィットも領都レイフルも素晴らしい。領内の街道も街中の道も整えられているし、清潔感がある。商店はまだまだ少ないが、休日の前日には広場にバザールが開催されるという。アルティリアが言った通り、領主邸の食事は旨い。食材の品質も、料理人の腕も向上しているのだろう。住民の顔も明るいし、姫君が6年掛けて少しづつ、領地を改革していった成果が現れている。


しかしだ。


「さ、アルティリア様、お足元にご注意下さい」

「ありがとう、ロゼ」


馬車から降りる姫君の手を取ったのはロゼッタ・ハリスだ。おまけにいつの間に愛称呼びしてもらえるようになってんだよ。


先日のアルティリアの晴着の試着には、当然、レオンハートは立ち会えてない。姫の衣装室へ入るなんて以ての外だ。それは仕方ないが、ロゼッタは入室して、一番にアルティリアの晴着姿を見ている。羨ましい、とても恨めしい。


「とっても素敵な晴着なのよ。レン達は本番まで楽しみにしててね」


しかし姫君にそんな可愛らしい事を言われてしまっては引き下がるしかない。


今日はシェプールを扱う林業業者への視察なのだが、作業場へと到着後、ちゃっかりロゼッタはアルティリアのエスコートする立ち位置を確保している。


確かにレイフィットに来る前、ナイトレイは言っていた。


「今回の姫君の所領訪問だが危険度は低い。滞在中の警護体制は臨機応変に行うこととする」


レオンハートとロゼッタの行動パターンや適性を見極め最適な配置隊形を考えてゆくためだろう。


だけどさ!レオンハートは、レイフルに到着してから、一度も姫君の手を取っていない。


視線のみで、隊長のナイトレイに訴えた。


“狡い!アイツばっかり姫と手をつないでます!”

“分かった、じゅんばんこ!じゅんばんこだからね!”


ナイトレイも帰りはレオンハートにエスコートを譲りなさいよ、とロゼッタに視線を送るが、返事はこうだ。


“早い者勝ちでーす”


ちくしょうめ!


アルティリアは代官のマーカスと共に、林業業者の取りまとめ役の男と話している。周辺には畏まった様子の男達もいるが、姫君の柔らかな雰囲気のおかげで、嫌な緊張感はない。


アルティリア自身が何度も足を運んで、彼らと話し合い、信頼を勝ち得てきたからだ。


だが、それはアルティリアとマーカスに限ったことで、レオンハートには適応されていない。


「あの金髪、弱っちそうだな」

「ホントに、こーこく騎士なのか?」

「あいつなら、オレでも勝てるぜ」

「ちゃんと、お姫様、守れんのかよー」


姫君が訪問すると聞いて、木こりだけでなく、彼らの子供達も集まってきているのだが、騎士の中でも最も若いレオンハートは悪童達に小馬鹿にされた。


「この阿呆が!」

「いってえ!」


すぐさま、彼らの父親が息子達に拳骨を落として必死に謝罪を乞う事態になってしまったのだが、可愛げの無い子供でもアルティリアの大切な領民だ。


「ダーシエ卿はとても強くて信頼できる騎士なのよ」


かつ姫君が嬉しい事を言ってくれたので、レオンハートの機嫌は上昇し、寛容な貴公子へと簡単に擬態する事が可能になった。


「判別も付かない子供の言う事だからな」

「申し訳ねえ、この馬鹿共にはしっかり言い聞かせますんで」


彼らの親は感謝と謝罪を繰り返して、息子達をその場から遠ざける。しかし、神経の図太い子供のようで、追い出された後も、広い作業場の隅で材木の影に隠れて様子を伺っていた。


通常の人間ならば、気配も察する事も出来ないし、声を聞き取る事も不可能だろう。


「魔獣じゃなくて、女、追っかけてそー」


アルティリアに心配をかけないよう爽やかな微笑みを浮かべつつ、聴覚強化を行うと、案の定反省はしていない。山奥までぶん投げてやろうか、クソ餓鬼共め。


アルティリアはまとめ役の男から相談を受けていた。魔獣種の熊が近隣の森に出没しているという。


「他の森で縄張り争いに負けて、逃げてきた個体かもしれませんね」


マーカスはそう思案した。


幸い熊の魔獣種は普通の熊と同じく群れで動くことはない。しかし何度も猟師の罠が壊されて、獲物が食い散らかしてあったという。いつ人を襲うか分からない状況だ。


「なるべく早めに討伐隊を編成した方がいいわね」


もうすぐ豊穣祭が開催される。領民も安心して祭りを行いたいだろう。


レイフルには騎士団は組織されていないし、皇国騎士団も駐在していない。街の有志の自警団のみだ。魔獣の目撃は少なく、貧しい地域のため犯罪者もやってくることはほぼない。またアルティリアの所領となってからは、発展し始めているが、わざわざ皇族の治める領地を狙う盗賊も現れなかった。そういった意味では非常に治安の良い地域なのだ。


まとめ役の木こりは言った。


「この森は精霊さんが守ってくれてますから、今んとこは大きな被害はないんですがね」


領民達は森に住む精霊が自分達を守ってくれているのだと信じており、木こりや猟師などだけでなく、森に入るもの達は無事に戻ってこれるよう、精霊に祈りを捧げる。レイフィットには土着の精霊信仰が根付いていた。


今から皇国騎士団に連絡を取って騎士を派遣してもらっては遅くなるだろう。周辺の領地のギルドに冒険者派遣の依頼をした方が早いか。


アルティリアが考えを巡らしていた時。


「隊長」

「どうした」

「すぐに避難を」


レオンハートはナイトレイにそう言うと、木々の茂る森に向かって駆け出した。


「失礼致します」


その言葉を受けてロゼッタはアルティリアを抱き上げる。アルティリアもすぐに緊急事態だと理解した。


「ナイトレイ隊長、皆んなを誘導して」

「はっ」


騎士達が慌ただしく動き出した姿に林業業者の男達は訳もわからず、立ち尽くすものが多かったが、言われるがまま動き始める。


ロイ達はやや離れた作業場の隅で、大人達が右往左往しつつも、移動する様子を見ていた。


ロイは木こりの息子だ。多分、大人になったら自分も木こりになるだろう。レイフルの街はロイが生まれた時から貧しかった。それでも大人達はレイフィットは精霊に守られた街だと言ってありがたがる。


幼いながらに、薄っすらとした不幸に慣らされていくのを感じて苛々していた。街の人にちょっとした悪戯をして、気分を晴らしていたある日。大人達が大騒ぎしていたので、何かと思ったらレイフィットが皇族の所領になったと言う。


「かあちゃん“しょりょ”ってなに?」

「所領だよ!皇女様が領主様になられるってことだよ。アンタ、間違っても、失礼なことすんじゃないよ。無礼打ちにされるからね!」


母親も「ありがたいねぇ、ありがたいねぇ」と浮かれている。そんなすごいものなのか?友達のウェスとエドとこっそり領主邸に見に行ったが、邸から出てきたのは仕立ての良い服を着た普通の子供だった。


「ガキじゃねぇかよ」


ただ、ものすごく、アレだ。アレだよ。

ほら、アレ、なんて言うか。


「すっげぇーかわいいな!」

「うるせえよ!」

「イッテエ!」


ウェスが叫び出したので蹴っ飛ばしてやった。


「おひめさま、かわいかったな」


エドまでそんなことを言う。理由は分からないけど、腹が立った。


理解出来ないモヤモヤを抱えていると、親父達、木こりはお姫様に林業というものを始めてくれないかと相談を受け、仲間達と一緒にお姫様と代官の計画に沿って仕事をすることになった。おかげで暮らしは安定してきた。夕飯のスープにベーコンが入る回数も増えた。


お姫様は、農家や畜産家にも声をかけ、土の改良を手伝ってくれたり、良い品質の家畜を提供してくれた。たった数年で自分の家だけでなく、街全体が活気付いていく。


だから別にこれは、ただの礼であって、深い意味はないのだが……


ロイはお姫様が領地に来ているときは、野でつんできた花を届けている。感謝して欲しい訳じゃないので、デッカい門の前に置いて、一発、扉を叩いて逃げる。


隣の家の鍛冶屋のボイドが言っていた。女に物をやるなら花にしろと。カエルはダメらしい。


それを去年、近所に住むネッサに見つかってしまい、それ以来、とても鬱陶しいのだ。


「バカじゃないの、お姫様って、王子さまとか、騎士さまと結婚するのよ。アンタみたいなガキンチョ相手にされないんだから!」

「うるせぇ、ブース。そんなんじゃねぇよ。これは、とうちゃんを雇ってくれた礼だよ」

「あたしの誕生日はトカゲだったくせに!」


ネッサからネチネチと言われ、非常に不愉快な一年を過ごした。そして今年もまた、お姫様はやってきたのだが、いつも一緒にいるはずの、綺麗な顔をした兄皇子はおらず、代わりにやたらと男前の金髪の若い騎士を伴ってきた。


街の女達は、ガキからおばちゃんまで大騒ぎだ。去年まではお姫様の兄貴にキャーキャー言っていたくせに。


「ほら、お姫様はああいう素敵な騎士さまと結婚するのよ!」


ネッサなんか、わざわざ嫌味を言いにきた。


「いけすかねぇな」


父の作業場にお姫様達が来るというので行ってみると、あの金髪騎士もいた。近くで見ても、やっぱりスカした顔をしている。


「あいつなら、オレでも勝てるぜ」


からかってやると、とんでもない力で父親にぶん殴られ、作業場から追い払われた。金髪騎士はお姫様に庇われて、ヘラヘラ笑ってるし。本当に強いのかと疑ってしまう。


お姫様と父達の様子を遠くで見ていると、何やら大人達が慌ただしい。しかも、例の金髪の騎士がとんでもない速さでこちらに向かって来るではなか。見つかったのか?


「やべ、逃げるぞ」

「ええ」

「待ってよ、ロイ」


二人がモタモタしてるせいで、騎士は目前に迫っていた。しかしぶん殴られると思ったが、金髪の騎士はロイ達の横を通り過ぎる。


「走れ、餓鬼共」


その瞬間、木をなぎ倒す轟音と共に巨大な影が現れた。振り向けば、高く跳躍する騎士の姿。


そしてーー。


黒い毛に覆われた巨大な化物。

父が話していた魔獣種だ。

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― 新着の感想 ―
騎士様達は相変わらず仲がいいなぁ(ホッコリ そうだった。楽器が広まって、祭りが始まって終わりだと満足し始めちゃったけど、サブタイトル的にまだまだこれからだよ。魔女の「ま」の字も気配も出てきてないよ
レン君、今までのやっかみをもろにくらってる様な不憫さで··· だけど、これ容姿のせいでなめられてる? しかし ”じゅんばんこ“ とレン君宥めたのに、 ”早い者勝ちでーす“ とロゼッタに無視されたナイト…
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