翠の魔女 01
今回、ザマァはない予定です。
まったりお楽しみ下さいませ。
皇族は4歳、ないし5歳になると領地が与えられる。それらは生涯にわたり彼らの所領となるが、子孫に引き継がれる事はなく、彼らが亡くなった際は皇国に返還される。
また、与えられる領地は決して豊かな土地ではない。財政が落ち込み、爵位と共に返上された土地など、改革が必要な領地を豊かなものへと導いてゆく。皇族としての初めての仕事とも言える。
皇太子ジークフリードの息子アレクサンドロス二世も、今年に入り領地を賜ったが、アルティリア皇女に不敬罪を犯し、爵位と領地を没収となった元カトゥマン伯爵の領地であった。
もちろんアルティリアにも所領があり、4歳の時から領地経営に携わっている。とは言え、文官達の手を借りて行っている状況である。
アルティリアの個人領の名はレイフィット。美しい湖と山と森に囲まれた緑豊かな土地である。しかし、逆にいってしまうと、山と森と湖しかない、なんの変哲もない場所だ。
カトレアナの領地は地元の人間しか利用していなかった温泉を開発し、観光資源とした。フェルディナンドの領地は彼が小さなワイナリーを支援し、今はワインの生産地として広まりつつある。
アルティリアも自分の領地を豊かな土地にするべく、今年もレイフィットに向かうのだが……
「リイィアアァァ!」
出発の朝。見送りにきたフェルディナンドがアルティリアを抱きしめ、放してくれない。
去年まではアルティリアと共にフェルディナンドもレイフィットへと訪れていた。領地経営に関し、自ら口を出す事はしない、しかし困った事があれば何かと助言をくれた。けれど他の皇族達は幼い頃から、代官と共に自分一人で領地の建て直しを行なっている。助けを求める事は悪いことではないが、いつでも頼りになる兄がいるというのは甘えに繋がる。
このままではいけない。アルティリアは兄からの自立を決心したのだ。
ただし、それを伝えた時のフェルディナンドの顔は酷かった。青くなり、さらに深い群青色となり、最終的に黒く染まった。
「危険だ」
「危険じゃありません。ナイトレイ隊長も、ハリス卿も、ダーシエ卿もいます」
「危険ではないか!」
まともな会話が不可能となるくらい動揺している。
「フェル兄様には沢山助けて頂いたわ。でも、わたくしも自分の力で執務に取り組めるようにならなければいけないでしょう?」
「しかし」
「兄様もわたくしも、ずっと一緒にいられる訳ではありませんのよ?」
「兄様とリアはずっと一緒だよ?」
話しが通じない。
仕方ないので、丁度訓練から戻ったもう一人の兄に取りなしを頼んだ。
「なんだ、フェルは暇なのか。よし、兄の代わりに昆虫型の魔獣討伐に行って来くるか」
「分かりました。数時間で焼け野原にしてみせましょう。そしてレイフィットへ向かいます」
「馬鹿者。自然を大切にしろ。それに、お前はラーシュ国との交易についての会合も予定しているだろう」
「俺が討伐に行くんですから、兄上が会合に出てくださいよ」
「構わんが。あいつら、俺がどれだけ友好的な態度を取っても怯えるのだが」
「昔、合同軍事演習で兄上が魔獣の群れを素手で全滅させたからでは?」
「大した魔獣でもなかったからな。多少、縛りがないとつまらんだろう」
「高笑いしながら、魔獣の首を引き千切っていたと聞きました」
「仕事は楽しくするものなのだぞ。だが、その噂はデマだ。一撃で仕留められたから派手に喜んでみせて、士気を高めてやっただけだ」
「それ、ルヴァラン騎士団にしか効果ないですよ」
ジークフリードにお願いしたら、話が逸れてしまった。それにフェルディナンドは森を焼き払ってレイフィットに来るつもりだ。
そうこうしているうちに、三人は皇后である母に呼び出される。
「全員、正しい判断をすると信じています」
こうして、長兄は山へ巨大昆虫討伐に、次兄は他国との会合に。末っ子アルティリアは一人で領地に行けることになった。
ちなみにだが、その後、兄二人は、本気なのか冗談なのか分からない発言をして、末っ子を困らせないようにと、母からチクリと言われていたことを、アルティリアは知らない。
そして、レイフィット出発の朝。
馬車の前で、第二皇子にしがみ付つかれる第三皇女の姿があった。
「ああ、俺の可愛いリア!君と離れ離れにならなければいけないなんて!」
「お兄様、今生の別れではございませんのよ」
「ああ、俺の天使!君がいなければ生きていけないのに!」
「お兄様、出発出来ないので放して下さい」
仕方ないので、背中に手を回して、ポンポン叩くと兄は落ち着いてきたようだ。
「大丈夫です、リアはちゃんとフェル兄様の元に帰ってきますから」
こんなに心配されるほど、アルティリアは信用がないのだ。やはり、きちんと一人でやっていけると証明しなければいけないと決意を新たにする。今後はなるべくフェルディナンドとは別行動をしよう。
「リア、忘れないでくれ。君は世界中で誰よりも大切な、俺の宝だ」
フェルディナンドは自分の言動がアルティリアに更なる自立を促している事に気付いていなかった。
「わたくしも、フェル兄様や、お父様やお母様、家族皆が大切な宝物です」
「そうか……」
一緒くたにされて、フェルディナンドはちょっとガッカリした。
「では、行ってまいります」
そう言ってアルティリアは馬車に乗り込み、出発したかに思ったが。
「兄様、馬で追い掛けるのはやめてください!」
アルティリアの馬車に並走するフェルディナンドの姿があった。
「お母様に言い付けますよ!」
自分は成長しているはずなのに、兄の過保護が加速しているのはどういう訳だろうか。アルティリアは領地経営よりフェルディナンドの取扱に悩んだ。
「もう10歳なのに」
アルティリアは知らない。歳を重ねるごとに別の方向でフェルディナンドの過保護は暴走していく。数年後、あの頃の方がマシだったと思うのだ。
幸い、フェルディナンドの追跡は皇宮内のみで済んだ。やはり、母に言い付けられるのは兄も困るのだろう。
確かにアルティリアの人生初めての一人旅だが、侍女や我が親衛隊の他にも十名の護衛騎士を伴っている。ここまで厳重なのにフェルディナンドは何を心配しているのか。
窓の外を見ると、馬車のすぐ横を馬で並走しているレオンハートの姿があった。アルティリアの視線に気付くと表情を和らげる、アルティリアはそれに手を振って応えた。
今回の旅に同行している侍女にアルティリアの元遊び相手であったレネ・クレールがいた。彼女は幼い頃のアルティリアもレオンハートも、シスコン化したフェルディナンドの姿も見続けている。
アルティリア様、それですよ。
フェルディナンド様が心配しているのは。
そう思ったが、レネはアルティリア最優先なので黙っている。レネはレオンハートであろうが、第二皇子であろうがアルティリアの心を乱さなければ良しとしているのだ。
「姫様、レイフィットの報告書ですが、読み直されますか?」
「そうね、ありがとう。レネ」
今は、このお姫様の侍女兼秘書としての旅を満喫するのだ。
こうしてアルティリアのレイフィットへの旅がやっと始まった。ルヴァランは夏が過ぎ、秋を迎えている。皇女一行を紅く染まった木々が見下ろしていた。
母「末っ子を困らせるんじゃありませんっ」
長男「ハラハラしてるのが可愛いので、つい」
次男「俺は本気ですけど」
母「アルティリアへの接近禁止を言い渡しますよ」
次男「!?」90度直角おじき
※笑いながら魔獣討伐は本当。
首を引きちぎったのは噂が一人歩きしました。
実際のところは、ルヴァラン、ラーシュの騎士達に
一番多く討伐した者に報奨金だ!と言ってたけど
ジークフリードが一番多く仕留めて
俺が一番だ!と大笑い。
ルヴァランの騎士「さすが俺達の殿下!」
ラーシュ「……やべー」
忖度なしで、一番なのヤバい。
ついでに言うと、そのころのラーシュの動きが
ちょっと怪しい事もあり牽制の意味もありました。
(反ルヴァラン的な動きがあったらしいですよ!)
レネ・クレールは「睡蓮の騎士 04」に出てきた子です。




