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新年の贈り物

本当は1月にしたかったお話……

家族でほのぼのする話。

新年を迎えたその日、皇族は様々な式典、行事などで忙しく過ごす。それらを終えた後、親族のみで集まり、ゆったりとくつろぐ。この時ばかりは、マナー違反も少々許されるので、幼い子供達はこの集まりを楽しみにしていた。


また、ルヴァランでは新年の祝いに、家族でささやかな贈り物などを贈る習慣があり、それもまた楽しみの一つであった。


女性であれば自ら刺した刺繍やレース。下位貴族であれば手作りの菓子なども贈り物となる。男性であれば文具や、ちょっとした小物だ。子供が相手であれば、やはり人気なのは玩具だ。


祖母である皇后から丁寧に造られた積み木をもらい、さっそくテーブルの上で組み立て始める子供達の姿がある。


そして各々リラックスした雰囲気の中で、いやに気合いの入った男がいた。


ルヴァラン皇国第二皇子フェルディナンド。


可愛い妹のために吟味に吟味を重ねた。全てはアルティリアに「こんな素敵な贈り物初めてです。お兄様、大好き!」と言う言葉を聞くために。


「リア、兄様からの贈り物だよ。受け取ってくれるかい?」

「ありがとうございます」


ベルベットの小箱には金の模様が縁取られており、その小箱だけでも一級品と分かる。開けば、真紅に輝くルビーのネックレスがそこにあった。


「とても綺麗ですね」


少々驚いた様子の、アルティリアの手元を二人の姉達が覗き込む。


「あら、ピジョンブラッドね。気合いが入り過ぎではないの」


目ざとくルビーの品質を見抜いたのは、第一皇女マドリアーヌ。


「フェル、新年の贈り物はセンスがものを言うのよ」


続いて手厳しい意見を言うのは第二皇女カトレアナだ。暗に「高級品あげりゃいいってもんじゃないぞ、弟よ」と言いたいらしい。


「あーそうですか、センスのない弟の贈り物はいりませんか。イヴィヤから購入した香水は侍女にで下げ渡しましょう」

「ま、拗ねてしまって、この子は」

「香水なら、丁度欲しいと思っていたところよ。可愛いフェル」


フェルディナンドは姉達のからかいをさらりと交わし、アルティリアの様子を見るとニコリと微笑み返される。新年早々、何と愛らしいのか。


アルティリアは、幼い頃、優しい姉と兄が言い合う姿をハラハラしながら見ていたが、仲が良い程喧嘩する事もあるとフェルディナンドの友人から教えてもらったので、今では「お兄様とお姉様達は仲良しなのだなぁ」としか思わない。


「おじいさま、おばあさま。アレクはお二人のしょーぞーがをかきました」


部屋の中央では、初孫アレクサンドロス2世による皇帝皇后の肖像画が祖父母に贈られている。彼が誇らしげに広げる用紙には丸が二つ描かれており、それぞれ上部からはトゲトゲとした物体が突き出ている。おそらくは帝冠も表しているのだろう。


「なんと、アレクには芸術の才が!」

「素晴らしいわ、額装して飾りましょう」


アレクサンドロス2世の昨年の贈り物は庭園で最もピカピカに光る石であった。現在、専用の小さなシルクのクッションが作製され、その上に鎮座している。置かれている部屋は皇帝皇后夫婦の寝室である。


それぞれ贈り物を渡し終わった頃、皇帝がゆるりと立ち上がった。


「さて、そろそろ、余の贈り物を皆に渡したい」


皇帝の言葉に合わせ、侍従達が小箱を銀のトレイに乗せて運んで来た。小箱にはそれぞれの名が記されている。


「さあ、これは、アルティリアにだ」

「ありがとうございます、お父様」


父から手渡された箱を開けると、丸く形どられた小さな金属が入っており、キラリと光ったそれには、ルヴァラン皇国の国鳥であるギルティアル鷲が描かれている。


「これは!」


アルティリアは息を飲む。そっと手に取ると、その金属は銅である事が分かる。


「お父様、これは、もしかして……」

「アルティリアは気が付いたか」


父である皇帝は悪戯が成功した少年のような笑顔を浮かべた。もし、これがアルティリアの考えているそれならば、彼女はそれを人生で初めて手に取った事になる。感動の瞬間だ。


「銅貨ですか?」


アルティリアが尋ねると親族達も騒めいた。


「銅貨ですって?」

「まあ、本物?」

「ぼく、はじめて、おかねみたー!」

「これが銅貨なのね」

「こんなに小さいのに、国鳥が見事に彫られているな」


ルヴァラン皇国銅貨。表には国鳥が、裏側には製造年が刻印されている。皇国の貨幣で最も小さい貨幣である。貴族はもちろん、皇族は自ら金銭の支払いなどしない。場合によっては、生涯手に取る事はないかもしれない存在である。


「あら、わたくしの生まれた年と同じだわ」


裏側を確認したアルティリアは気付いた。コインの製造年が自分の誕生した年と同じである事に。


「コルト地方では子供に、生まれた年と同じ年に製造されたコインを贈る風習があると言う。そのコインを持っていると幸運を運んでくれるそうだ」


父は大きな手でアルティリアの頭を優しく撫でると言った。


「余は皇帝である限り、ルヴァランを優先させねばならぬ。だが、一人の父として、祖父としては、お前達の幸せを願っているのだ」

「お父様……」


アルティリアは気が付けば父の胸に飛び込んでいた。その小さな体を皇帝アレクサンドロス一世は優しく抱き止める。


「お父様、大好きです。アルティリアもお父様の幸せを願っています」


顔を上げると、横から美しい母がアルティリアに声をかける。


「アルティリア、お母様は?」

「もちろんお母様も大好きです。アルティリアはお二人の幸せを願っています」

「ふふ、いらっしゃい」


そう言われて、アルティリアは母の胸にも飛び込むと、その上から父の腕が二人を抱え込む。アルティリアは大好きな両親に愛されて幸せだ。


その様子を親族は微笑ましく見守っているのだが、一人だけ不機嫌そうに顔を歪ませる男がいた。


彼は憮然とした顔のまま、部屋を出ると皇宮から、とある屋敷に向かう。


「はあ、つまり、父君の贈り物に負けたのが悔しくて、我が家に愚痴りに来たという訳ですか?」


第二皇子フェルディナンドの学友でもあり、幼馴染といえるガーランド侯爵家次男ライルは尋ねた。


「アルティリアは専用の小袋を作って銅貨を持ち歩くと大喜びだ!」

「さすがにピジョンブラッドは常に付けっぱなしとはいきませんからねぇ」


これまでもフェルディナンドが我が家に来た事は何度もある。幼い頃から来ているので、侯爵家の者達はさほど慌てる事はなかったが、新年早々に先触れなしで来るのはやめて欲しい。


幸い、本日は歳の近い従姉妹達は宿泊していないが、いたら大騒ぎだ。自分からすると、ただの妹狂い(シスコン)だが、知らぬ者からすると美貌の皇子様なのである。


「あの男、しかも俺のリアに抱きしめられたあげく、その後何したと思う?膝にのせて寛いでやがった!」

「貴方が“あの男”呼ばわりしてる御方は貴方の御尊父で我が国の最高権力者ですからね。お忘れなく」

「俺の膝には乗ってくれないのにぃー!」

「強い酒呑んできましたね。はい、レモン水飲んで」

「それに、狡いだろう!あの男は、権力使って贈り物のアイデアを募ってるんだぞ」

「ああ、皇宮の人気企画らしいですねぇ」


ライルも聞いた事がある。毎年、皇帝が親族に贈る品のアイデアを皇宮に務める者達から募っているのだ。応募者は文官、騎士、侍従、侍女、庭師から下働きまで誰でも応募可能。


決定は皇帝の独断であるため、高位貴族だ、下位貴族だ、平民だなどの忖度は一切ない。また応募者が期待するのは採用者への賞品だ。皇帝の私財(ポケットマネー)人脈(コネ)による品々は、とってもゴージャスなのだ。


特に人気の賞品は、皇帝の個人領にあるルヴァランで最も美しい湖畔の街にある屋敷に、家族、親族諸共ご招待。屋敷と言っても城なので、一族郎党、100人行っても大丈夫なのである。当然、滞在費、途中の移動費など、全て皇帝の私財から提供され、めくるめく素敵な休暇が約束される。


以前、招待された者達が言うには「一生の思い出になりました」「最高の親孝行ができた」「来年も絶対必ず応募します」などなど高評価である。


その他、ワインコレクターの侯爵には皇帝秘蔵のセラーより、市場では出回っていない奇跡の一本を。文学マニアの伯爵には、博物館に所蔵されてもおかしくない、文豪の直筆の手紙など。それぞれの好みに合わせて贈られたそれらは、皇帝への忠誠心を爆上がりさせた。とにかく夢の賞品が提供されるので、皆の本気度が凄まじい。


「銅貨とか、思いつかねぇよ!」

「口調が砕け過ぎてますよ、皇子様」


悔しくて悔しくてたまらない。自分だって「お兄様、大好き」が欲しかった。


「もういい、帰る!そろそろ寝る時間だ。アルティリアが俺に“おやすみ”って言ってもらいたがってるからな」

「酒臭いからアルティリア様の寝室への入室許可が出ないかもしれませんねぇ」

「皇帝めー!」


ひととおり、己の父への文句を言ったフェルディナンドはカウチから立ち上がった。その時、ころりと彼のポケットから何かが落ちる。


「殿下、何か落としましたよ……これは」


ライルが拾い上げたそれは、銅貨だった。裏にはフェルディナンドの生まれた年が刻印されてる。ライルは愉快そうに口の端を吊り上げた。


「散々、文句言って、ちゃーんと持ち歩いてるんですねぇ。お父様からの贈り物」

「いや、たまたまポケットに入ってただけで、別に」

「じぁあ、これ、下さい。僕も同じ年に生まれてるんで、幸運欲しいです」

「ダーメだ、返せ」

「くださいよぉ」


新年、明けましておめでとう御座います。ルヴァランの日常がこれからも始まるのである。


「あっ」


一方で、アルティリアは寝室のベッドで声を上げる。フェルディナンドからの贈り物のコロリとしたルビー。何かに似ていると思っていたが、たった今気がついた。


「苺だわ」


以前、兄とフルーツタルトを食べた時に、艶々とした苺が可愛らしくて「宝石みたいだ」と喜んだのだ。こんなに綺麗な苺ならネックレスにして身に付けたいとも言った。


「お兄様、覚えていてくださったのだわ」


フェルディナンドとライルが銅貨を取り合っている間、アルティリアはスッキリとした気持ちで眠りについた。

10円玉にテンション爆上がりのロイヤル・チルドレン。


ライル「酔っ払って愚痴りにこなきゃ、アルティリア様から”お兄様、大好き”が聞けたのかもしれないのに」

フェルディナンド「皇帝めー!」


※ルヴァラン皇国の成人は16歳です。

フェルディナンドは17歳なのでアルコール摂取OKです。

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 階級関係なく意見に耳傾けるうえに、好みまでひとりひとり把握したうえに御礼をするとはマメな皇帝様ですなあ。  そしてフェルディナントさん、拗ねたり酔って絡んだりと隙が少なくないけど、高級宝石だけでな…
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