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くびちょんぱの王子様 13

「アルティリア様、どうぞ、お気をつけて」

「ええ、ミリヤもお元気で」


ルヴァランへの帰国が決まった。早朝、出発の準備が進む中、アルティリアは一人の令嬢に別れを告げる。


「結婚式には出席できないけれど、お祝いの品を送るわ」

「ありがとう存じます、殿下」


礼を言う女性はミリヤ・パーカー子爵令嬢。一年前、フェルマーレの夜会で、公爵令嬢リリアーナに婚約者からの贈り物である髪飾りをねだられて困っていた令嬢だ。


高位の者から下位貴族に物を要求する事は、フェルマーレの風習だとリリアーナの両親である公爵夫妻が誤魔化そうとしているようだったので、アルティリアもそれに倣い、公爵夫妻や他の貴族からジュエリーを貰うことにした。


リリアーナにも勿論、頂戴しようと声を掛けたのだが、彼女は用事があると物凄い速さで会場から走り去る。あんなに大急ぎで消えたのはトイレが我慢できなかったに違いない。


そんな騒動の中、ミリヤ・パーカー子爵令嬢とはリボンの交換をお願いしたのだ。リリアーナとその両親が発端とはいえ、騒動に巻き込まれた彼女が周囲に逆恨みされないよう、お守りにでもなればと思いリボンを渡したのだ。


イェーツ王の退位を知らされた日、疲労によりレオンハートの腕の中で眠り込んでしまったアルティリアがベッドの中で目覚めると、聞き慣れない女性が声を掛けてきた。


「お目覚めですか、殿下。何か飲まれますか?」

「……お水を」


飲み物を準備している侍女はフェルマーレ人のようだ。だが、その後ろ姿を見ると、侍女が身に付けるには少々華やかなリボンが結ばれている。


深い紫の絹に細かい水晶があしらわれた品で、夜会で身に付けてもおかしくないものだ。また、そのリボンには見覚えがあった。


「貴方は……パーカー嬢?」

「お久しぶりでございます」


ハーブ入りの冷たい水を渡してくれたミリヤ・パーカー。


普段、フェルマーレの王宮で侍女として働いていた彼女は、急遽アルティリアの訪問があると聞き、女性職員が充分でない状況のルヴァラン大使館への手伝いに立候補してくれたという。


「頂戴したリボンは普段は大切にしまっているのですが、今日は特別に付けてきてしまいました」


その後、ミリヤは、アルティリアだけではなく、アレクサンドロスやアイリスが帰国するまで、細やかに心配りをしてくれた。そのおかげか、気持ちが沈んでいるアイリスも段々と明るさを見せてくれるようになった。


少しずつ元気を取り戻したアイリスは、フェルマーレの王太子の婚約者と私的な茶会を行い、交流を深めるなど、すぐにイェーツに戻れなくとも出来ることをするのだと言っていた。


そして数日前、ローヴェイル公爵の迎えが到着し、アイリスはイェーツに帰国した。


きっと彼女はこれからもイェーツのために生きてゆくのだろう。晴れ晴れとした顔をしたアイリスはとても美しく思えた。


そして、今日はアルティリア達がフェルマーレを発つ。


「婚約者様によろしく伝えてね。ミリヤ」

「はい」


ミリヤは幸せそうに微笑む。こちらは婚約破棄などという心配は全くない。数日前に婚約者を紹介してもらったが、誠実そうな青年だった。ミリヤを大切にしている様子がよく分かる。


しかも、来年、婚約者との結婚が決まったと言うではないか。帰国したら、母や姉に相談して素敵なお祝いを贈らねばとアルティリアは楽しみにしている。


「ミリヤー!バイバーイ!」


馬車の窓から、アレクサンドロスは身を乗り出して手を振る。父とも母とも別れて、これほど長期の旅は初めてであったにも関わらず、甥はルヴァランと変わらない。しっかりしてるわと、叔母は感心してるのだ。


「リア姉様、カードゲームしよう!」

「ふふ、いいわ。わたくし、負けないわよ」


こうしてフェルマーレとイェーツの訪問は幕を閉じた。


そしてーー。


フェルマーレからルヴァランへは一週間かかるが、帰りの日程は順調に進み、とうとう皇国内へ入った。しかし、そこから皇都まで数日かかる。


馬車の窓の外は葡萄農園が走り過ぎていく。この地は、品質の良いワインが醸造され、近年、新たなワインの産地として注目を集めているフェルディナンドの個人領だ。


「隠し子の王位継承は上手くいきますかね?」


ルヴァランの外交官としての職務は終えたものの、この後イェーツの内部が安定するには時間がかかるだろう。


ライルの質問にフェルディナンドが答えた。


「新しい王の能力は低くない。人が良過ぎるところは不安だが、ローヴェイル公爵が鍛えるだろう」


母の生家、コルトレインの()()として何度か顔を合わせた事がある。印象としては、地方に派遣された真面目で純朴な若い文官のようだった。帝王学については、これから学ぶ必要があるかもしれないが、学ぶことを厭わない人物だ。良き王となるべく努めるだろう。


元々、イェーツの国民性は牧歌的で穏やかな気質が多いと聞く。前イェーツ王夫妻とハーレイが異常だったのだと思いたい。


「アイリス嬢が王妃となるのは決定事項なんですね?」

「そうだ」


新王の戴冠と同時にアイリスとの婚姻が結ばれれば、イェーツはもう馬鹿どもに振り回されることもない。


「もし、下手に他の令嬢を当てがって、あの午前(ゴゼン)だか、午後(ゴゴ)だったか。万が一、あんな馬鹿みたいな女が王妃にでもなったら悪夢だろ。友好国の王妃には相応しい人間になってもらいたいからな」

「ココ嬢ですよ。午前でも午後でもなく、正午でもありませんよ」


フェルディナンドはココのような、わざとらしくクネクネとした女性を嫌悪している。本人がいなくとも名前を呼びたくない程だ。


しかしライル・ガーランドはイェーツ王宮で情報収集している時にココ・リットンが第二皇子に会いたがっているという話を聞いた。


どうやらハーレイを捨ててフェルディナンドに乗り換えたいようなのだ。ココがどう足掻いても無理だと分かっているので、わざわざフェルディナンドには伝えないが、さっさと婚約者をつくらないから、変な女が寄ってきてしまうのだぞと思っている。


顔は抜群に良い、仕事もできる、性格は少々皮肉屋だが、決して悪くはない。そして皇子様だ。


「殿下も早く婚約者を見つけた方がいいですよ」

「お前もな」

「僕はいいんです。早くしないと、アルティリア様に先越されて……え、なんです、その顔?怒ってんだか、泣いてるんだか分からないんですが」

「……想像しただけで、息が止まるかと思った。暗殺犯になりたくなければ二度とその話題は出すな」

「はいはい」


やはりシスコンという性質は巨大な欠点である。


馬車の中でライルが主人の婚姻について、諦めかけている時、皇族一行は領主邸に向かっていた。


その一団の中、アルティリアは馬車ではなく、レオンハートと馬に乗って移動していた。


この領地はフェルディナンドの個人領で治安も良い。ずっと馬車に揺られていては、飽きてしまうだろうと、兄は騎士の馬に同乗する事を許してくれたのだ。


アルティリアは室内に篭りがちの大人しい姫と思われる事が多いが、森の散策や乗馬など屋外での活動を好んでいる。


レオンハートの前に横乗りで乗せてもらい、美しく広がる葡萄畑を眺めながら進む。


しかし久しぶりの乗馬を楽しんでいた姫君だったが、ほんの少しだけ顔が曇った。


「疲れましたか?」


レオンハートはアルティリアの変化を一瞬でも見逃さないのだ。


「ううん、違うの」


イェーツ王が襲撃者達を放った夜。アイリスに自分の騎士達は強いのだと、愚か者に屈することはないと言った。彼らを信頼する気持ちに嘘はなく、これからも揺らぐ事はない。


だが、同時にどうしようもなく不安になる。騎士達がいつでも無事に帰還するという保証はないのだ。


ルヴァランの歴史の中で、皇族のために何百、何千、何万もの騎士達が命を落とした。


これから先、アルティリアのために誰かが傷付き命を落とすこともあり得るのだ。


信頼と共に、湧き上がるこの感情は、相反するものであるのに、間違いなく自分の中にあった。きっと、この二つの感情はあり続けるのだろう。


フェルマーレに到着した時に、レンがいなくて心配したって言ったら何て思うだろう?


怒るだろうか?

悲しむだろうか?


ちゃんと戻って来てくれるって信じてたよ。

でも、怖かったの。


「何でもないわ」


皇族は己の感情を露わにしてはいけない。


「本当ですか?」


笑って見せたけれど、レオンハートは姫君が無理をしていることに勘付いている。


「……じゃあ、少しだけ寄り掛からせて」


体を傾けてレオンハートの胸に顔を当てると、暖かな体温と鼓動が伝わってきた。


「レンが戻ってきてくれて、良かった」


その小さな呟きはレオンハートにだけ届き、アルティリアの体を支える手に力がこもる。


「俺は絶対アルティリア様のそばを離れません」

「うん、約束よ」


小声で交わされた約束は他の誰にも聞かれることはなかった。


「……なんだ、アレは?」


しかし、アルティリアとレオンハートは、彼らよりも先に行く馬車から身を乗り出したフェルディナンドに監視されていた。


「え、殿下がアルティリア様に馬に乗って、気晴らしでもしたらどうかって提案したんでしょう」


馬車の中からライルが今更何をといったように答える。


「俺はハリス卿に乗せてもらえと言ったはずだが」

「あーハリス卿にはアレクサンドロス様が同乗されてますねぇ」


仕方なく反対の窓から後ろを見たライルは状況を把握した。アルティリアが馬に乗るなら「自分も!」と小さな皇子は言い出すはずだ。


先程の川辺での休憩で、騎士達が退屈していたアレクサンドロスに水切りを披露した。その中でハリス卿の投げた石は誰よりも水面を跳ね、アレクサンドロスは非常に彼女をお気に召した。


「ぼく、ハリス卿といっしょがいい!」


ハリス卿は皇子のご要望にお応えしたのだ。


可愛い妹が自分以外の男と馬に乗るのが嫌!などという理由で5歳の甥を咎める訳にもいかない。


「離れるんだ、アルティリア!」

「体を離したら危ないでしょう」

「ベタベタと俺のリアに触れるとは。クッ」

「下唇噛まない。跡になりますよ、曲がりなりにも皇子様なんですから」

「おのれ、ダーシエ」

「アルティリア様の周りの侍従とか騎士をいびったりしたら、姫君に嫌われますよ」

くびちょんぱの王様はこれにて終了!

【ルヴァラン皇国物語の後書きや人物紹介みたいなもの】は明日更新予定です。


ルヴァラン皇国物語自体は、まだまだ続くよ!

最近、ご新規さんが多いので、念のため。笑笑

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― 新着の感想 ―
シスコンは救われないwwwww
あらすじだとレンは〇〇扱いでしたよね 護りたいけど甘えたい存在でしょうか そういえば、ルヴァランの周辺国でまともな王族が少ないような?
フェルディナンド殿下の嫁……。 「殿下が結婚可能な女性の中で、私を一番大切にしてくださるならいいですよ」 (=家族、特にアルティリア様が大事なのは存じてますので、愛情を取り合おうなんて欠片も思ってませ…
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