くびちょんぱの王子様 12
残酷な描写がございます。
内容は、王、王妃、王子、ココの末路です。
苦手な方は読み飛ばして下さい。
イェーツの王宮に併設された騎士団の施設の一室。調度品の類はなく、椅子とテーブルのみ。部屋の中央に置かれたテーブルに1組の男女が座っている。
「お願い、あの方に会わせてぇ……」
男性の正面に座る若い女は、体を震わせながら両手で顔を覆う。一見すると、哀れにも感じる。
この娘はココ・リットン。反逆罪に問われた元王太子ハーレイの恋人だ。ココ・リットンも罪に問われ、尋問中であった。
「あの方に、お伝えしたい事があるんですっ」
「何と伝えるんですか?」
「そ、それは……」
ココは頬を染めて口ごもる。知らぬ者が見たら可愛らしく健気だと思うかもしれない。だが尋問官は呆れていた。何故なら、ココが会いたがっているのは、ハーレイではない。ルヴァラン皇国第二皇子フェルディナンド殿下だ。
王太子に婚約破棄までさせておいて、他国の皇子に面会を求めるとは、何を戯けたことを言っているのか。
「本当に、ハーレイ殿下とは何でもないんですっ。でも、王族に逆らうなんて出来なくて、私、私……うぅ」
「えー貴方は、他のご令嬢から“婚約者のいる殿下と距離が近過ぎる”、“殿方に体を密着させるのは如何なものか”と注意された際、“モテない女が僻むな”、“お前には関係ない”、“ハーレイ殿下に言い付けて後悔させてやる”などの発言をされてますね」
「信じて下さいっ。ハーレイ殿下には関係を強要されていたんですっ。言うことを聞かないと家族を酷い目に遭わせるって。だから私、誰も信じられなくて、つい、そんなことを……あぁ」
再び顔を覆う。先ほどから目を擦ったりしているが、涙は一粒も溢れていないことを尋問官は把握している。何故こんな稚拙な泣き真似にハーレイ殿下達は騙されたのか。
またココ・リットンの家族は娘の振る舞いを何度も諌めようとしていたが叶わず。ローヴェイル家に申し訳が立たないと言って既に爵位を返上し、一家はイェーツから去った。それは婚約破棄騒動の半年前だ。
王宮にあるハーレイが用意させたココの客間には、ドレスや宝飾品などが大量にあり、家族からの手紙も何通もあったが、封を開けずに放置されていた。そんなに家族が大切なら、何故手紙を読まなかったのか。
その内容は、彼女の振る舞いを叱責し、家族は国を出ること、反省して一緒に来るのであれば、すぐに実家に戻るよう伝える内容であった。
彼女は今や平民である。男爵令嬢ですらない。
「こちらはルヴァラン大使館による調査の報告書ですが、万が一、リットン嬢が意に沿わぬ状況であれば保護も検討していると伝えてましたが、貴方は調査員に対して“うるさい、ブス”と仰ったと記録されています」
「ルヴァランって、あの方の国ですよね?ああん、どうして、あの時、フェルディナンド様の手を取らなかったの?私のバカバカバカッ」
ココは両方の手で、自分の頭をポカポカと叩いている。
だから、どうして、それが尋問官である自分に通じると思うのだ。酒場で飲んだくれている親父ではないのだぞ。酷く侮辱された気分になる。
彼女の振る舞いは社交界で知れ渡っているし、イェーツ、ルヴァラン、両方の国からの調査が既になされている。もはや言い逃れも出来ない状況だと言うのに、このブリブリとした行動で絆されると思っているのだろうか。
しかも、よりによってルヴァランの皇子に縋ろうとするとは。ハーレイほど、あの方は甘くない。尋問官はココ・リットンを拷問官へ引き渡したくなった。
「フェルディナンド第二皇子殿下はすでに帰国した。二度と君と会うことはない。それにリットン男爵は半年前に爵位を返上している。皇国の皇子が平民の阿婆擦れを相手にするなんて奇跡は起こらないだろう」
「はあ?ちょっと、待ちなさいよ。アタシが平民ってどういうことよ!」
最後に本性を晒したようだが、尋問官はそれ以上ココ・リットンに構うことなく部屋を後にした。
一方、こちらは別の尋問室であるが、ココ・リットンの部屋が映写魔術により映し出されていた。尋問官のいなくなった部屋ではココは悪態をつき続け、最後は親指の爪を噛み出した様子が見て取れる。
「嘘だ……」
「もう、よろしいですか。ハーレイさん」
刑が確定し、王籍から抜けたハーレイはココに会いたいとだだをこねた。せめて一目だけでも!というハーレイの願いはローヴェイル公爵の温情で叶えられ、尋問中のココの姿を別室にて見ることができた。
か弱いココは自分と引き離され、さぞや打ちひしがれているかと思っていたが、結果はこの通りだ。
「あの女、私を騙したのかっ。誰が関係を強要しただ!あいつの方から近付いて来たのだぞ!」
「そうですか。部屋に戻りますよ」
怒鳴り散らす元王太子を騎士は部屋から引きずり出した。
数時間後、王宮の宰相執務室にて、盟友であるローヴェイル公爵、宰相、騎士団長の三名は顔を合わせていた。
「復讐に余念がないな」
ハーレイとココについての報告を受けた宰相は言った。
「私は“真実の愛”の恋人達に同情しただけさ」
友人は嫌味な薄ら笑いを浮かべている。世間はこの笑みで公爵の人となりを勘違いしているのだが、長く付き合いのある二人は騙されることはない。
「ココ・リットンの刑を10年の奉仕活動とすると聞いた時は、随分と甘いなと思ったが……」
騎士団長はこの後の悲劇を想像して、友人の怒りは相当なものだと実感した。ココが行う奉仕活動の内容は罪人の世話係だ。幽閉が確定したハーレイ元王太子の身の回りの世話をするのだ。二十四時間、住み込みで。
「そんな事はない。誠心誠意、心を込めて取り組めば期間の短縮もあるのだからね」
宰相と騎士団長は、その前に惨劇が起きるとしか思えなかった。
王妃の実家は取り潰しとなり、財産は差し押さえ、一家は国外追放となった。
「王はどうなる?」
騎士団長が尋ねると、ローヴェイル公爵は小さなガラスの小瓶をテーブルに置いた。
「それは?」
中には無色透明の液体が入っており、その小瓶には魔術式が施されているようで、魔術紋様が彫られている。
宰相が質問するとローヴェイル公爵は答えた。
「毒だ」
「やはり死を望むか」
「最終的にはな」
「と言うと?」
「これは魔術薬ではなく魔法薬らしい」
通常の薬師によって製造される薬品は魔術薬に分類される。だが、世界に数名いるとされる「魔女」によって創られた薬。それは「魔法薬」と呼ばれ、時に万能薬であったり、時に若返りを可能にしたり、時に性別を変えてしまうなど奇跡を起こす。
だが、このテーブルに置かれた魔法薬は毒だ。
「寿命が尽きるまで体が腐り続けるそうだ」
小瓶を手にしていた騎士団長は、魔法薬をそっとテーブルに戻す。
いるとされる魔女。そんな伝説上の存在と繋がりを持つ皇国も異常だが、これは……
「もう一つ貰えないかと頼んだのだが、断られてしまってね。残念だ」
これはイェーツ王に与えられる毒。
寿命まで、王の体は腐り続ける。
「自殺は可能らしいよ。魔女というのは想像よりも優しい女性のようだね」
王妃の生家の者達は国外追放となったが、王妃は王と共に幽閉される。こちらの「真実の愛」も生涯離れることはない。
王は体が腐り始め、自由に動けなくなったのならば、誰かに願うかもしれない。
「殺してくれ」と。
だが、王が死んだ際、王妃は北の収容所に収監される手筈になっている。そこは凶悪犯罪者達が収監されており、刑務官の監視があるにも関わらず、傷害、暴行、殺人などが発生する。
王妃は「真実の愛」の相手に懇願された願いを聞き届けるだろうか。




