くびちょんぱの王子様 10
ローヴェイル公爵がコルトレインを通じてルヴァランからの援助を取り付けることができたと思えば、国に多大な損害を与えてまで婚姻した王太子妃を放置し、アンネリィーゼに付きまとう。
先代国王が崩御されると、酒と美食に溺れ、高級娼婦を呼び付ける日々を送っていた。だが、そんな爛れた生活を送っているだけならば、まだマシだった。
アンネリィーゼの代わりに、よりにもよってアイリスを狙い始めたのだ。
己の下劣な欲望を満たすために、ハーレイを増長させ、あえて婚約破棄と国外追放を許した。そんなこと皇国が認めるはずがない。
ルヴァランには多数の属国が存在する。敗戦により皇国に降った国もあるが、国防や災害などの問題により保護を求めた国も数多くある。それらは対外的には属国ではあるが、ルヴァランでは保護国と呼ぶ。また皇国はそれら保護国の独立を阻む事はない。
皇国とイェーツは正式な保護国としての調印はされていない。しかし、ローヴェイル公爵とコルトレイン侯爵の令嬢アンネリィーゼの婚姻により、友好国扱いとなり、アンネリィーゼの生家を通じて多大な援助を受けている。
「貴方は、ルヴァランが実質的な宗主国だという事を理解しておりますか?」
また王宮を掌握しているローヴェイル達は王が影を放つであろう事は予想しており、ルヴァランに警告済みであった。それを実行したイェーツ王は独断で宗主国に戦争を仕掛けていると言っても過言ではない。
「我々は、先代陛下から仰せつかっているんです。万が一、貴方がイェーツを危機に陥れるようならば、手段は問わず、必ず阻止するようにと」
その言葉にイェーツ王はふらりと床にへたり込み、呟いた。
「父上が、私を裏切ったのか……」
「先に裏切ったのは貴方だ、陛下は貴方を愛しておられた!」
これまで穏やかに話していたローヴェイル公爵が初めて声を荒げた。
「陛下がどんなお気持ちで我々に仰ったか、貴方には分からないのか!」
先代国王は愛情深い男であった。彼は国と民と臣下と、そして何よりも家族を愛していた。しかし王としてイェーツの未来を託すべき若者達に「息子を守ってくれ」とは言えなかったのだ。亡き国王の苦しみを何故分かろうとしないのか。
「……だが、私を追い落としてどうする?貴様が王となるか?」
「いいえ」
「ならば、そこのハーレイを御輿に乗せるか」
「正当な方をお迎え致しますのでご安心下さい」
宰相がローヴェイル公爵に書類を手渡した。先代イェーツ王の署名と玉璽の押印がされたそれは、ある人物の身分を証明するものだ。
公爵はその書類をイェーツ王に向ける。
「貴方の弟君ですよ」
「ありえない。父上が母上を裏切るなど」
「もちろん先代陛下は前王妃様を裏切ってはおりません。お子がお生まれになったのは、前王妃様がお亡くなりになった後です。母親はキーラ・ブライトン伯爵令嬢です。覚えておられますか?」
キーラ・ブライトンはイェーツ王の母である先代王妃の従姉妹で、先代王妃の秘書官として長く王宮に貢献してくれた女性だ。
先代王妃が亡くなった後、執務能力が高く評価されたキーラに先代国王との再婚話が持ち上がる。しかし食糧危機問題とイェーツ王の婚約破壊騒動の余波を受け、先代国王との婚姻は白紙となる。だか婚姻を結ばなくとも、亡き王妃に代わり公私共に先代国王を支え続けていた。
子が出来た事を公表すべきか二人は迷ったが、これ以上、国に混乱をもたらす事は出来ないと判断した。
かくして、母と子はローヴェイル公爵によりコルトレインに預けられた。
「神殿により作成して頂いた血縁証明書もございます」
身分を隠し、王子はルヴァランにて教育を受けている。青年へと成長した彼は先代王に似て勤勉で穏やかな気性を持つ。
「ご心配なく、退位なされて下さい」
「は……あっはっはっはっはっ」
イェーツ王は笑う。
王族として生きる事を拒否し続けた男は、自分の価値は王である事のみだと知った。だが、それは「王」と呼ばれているだけに過ぎない。臣下は従わない。愛する女性は他人のもの、攫おうと画策した娘達も手の届かない場所にいる。自分には何もないのだ。
何故、幸せになる事を阻まれるのか。
ただ、愛する女性と共にありたかった。
だが、それらは全て身勝手な欲でしかない。
それを気付きもしない、男が愛や敬意を捧げられる訳がない。
「連れて行け」
騎士団長の言葉に従い、騎士達は「王」と呼ばれていた男を貴族牢へと連れていく。
だが皇族を狙って、穏やかな余生が送れるなど夢のまた夢だ。退位後、その身柄をどうするかはルヴァランとの話し合いが行われるだろう。病死とされ、毒杯を飲ませられるだけならば、幸せな結末といえよう。
そして、最大の味方と思っていた父王に見放された、哀れな王太子が残った。
「あ、あ……」
ハーレイは今更ながら自分の認識が全て間違っていた事を知る。
幼い頃から母は言っていた。
父と母は「真実の愛」で結ばれている。父は元の婚約者を捨て、母を選んでくれたと。苦難を乗り越え、結ばれた両親の息子であるハーレイは「真実の愛」の象徴。イェーツの奇跡と誇りである。それ故、ハーレイはどんな大国の王族よりも優れた人間であり、運命と正義に選ばれし王子なのだと。繰り返し繰り返し。
だが実際は、父は公務を放棄し、人妻に懸想し、酒に溺れ、娼婦を王宮に呼びつけるような生活を続け、息子の婚約者を手に入れようとし、その座を追われた。
なんと惨めで愚かしい人間だ。
そんな人間のために母は一生を棒に振ったのだ。お労しい。
「公爵、母上は……」
今すぐ、お慰めせねば。
「貴族牢にご案内しております」
「何故だ!母は父とは関係なかろう!」
「王妃様は横領と贈収賄などの容疑がございます」
国王に捨て置かれた王妃は散財に走り、予算が足りなくなると実家の伯爵家の協力を得て、横領と賄賂を繰り返していた。しかし王妃としての執務をアイリスに押し付けていたため、ローヴェイル公爵に知られることになった。
「無礼な!王妃であるぞ!」
「お忘れかもしれませんが、イェーツは立憲君主制ですから、王族も法に反すれば裁かれますよ」
その言葉に驚きを隠せず呆然となる王子に、ローヴェイル公爵は殊更愉快そうに微笑む。
「さあ殿下も貴族牢へご案内致しましょう」
「わ、私は父に嵌められたのだぞ!」
自分は何も悪くない。全ては父の愚かな企みだ。
「父君は国を危機に追い込みましたが、元はと言えば貴方の行為が始まりです。殿下には国家反逆罪や越権行為などの罪が御座います。まさか、今宵の夜会で行ったことをお忘れではありませんよね」
「いや、違う。私は、悪くない!そうだ、アイリスは?アイリスはどこだ?」
アイリスの国外追放は取り消され、戻ってくるはずだ。
「義弟を追い出したのなら、ローヴェイル家の後継はアイリスだろう?」
アイリスは嫌な女であったが、自分を愛している。これほどローヴェイル公爵に可愛がられ、皇国から重要視されているなら再婚約をしてやってもいい。
「私が婿に入ってもいいのだぞ」
隠されていた王弟が帰国するなら、ハーレイの居場所は王家にはない。ならばアイリスと婚姻し、ローヴェイル公爵となりココを側室とすれば全員が幸せになれる。
「ははは、殿下のジョーク下手は父君譲りですね。お断りします。貴方には何の価値もありません」
ローヴェイル公爵はハーレイが生まれた時から見守っていた。せめてこの子は、まともに育ってくれ。ハーレイが立派な次代の王となるべく、出来ることは何でもしようと誓った。ところが、どうだ。学ぶことを放棄し、婚約者であるアイリスに嫉妬し、執務を押し付け、側近という名の腰巾着を連れて遊び歩く。
これではイェーツ王の複製ではないか。他でもないハーレイ自身によって、ローヴェイル公爵の期待は削り取られていった。
そして滑稽なことにイェーツ王と同じように婚約破棄を画策し始めた。それは、王妃も関わっているようだ。「真実の愛」を貫けと。この一家はイェーツにとって害虫でしかない。
「殿下、貴方は国外追放と言ってアイリスを地下牢に閉じ込め、慰み者にするおつもりだったのでしょう」
「待て、それは……誰から聞いたか知らぬがデタラメだ」
確かに、皇女達にアイリスを連れ去られなければ、今頃は愉快な夜になっていたはずだった。しかし側近達がローヴェイル公爵に伝えるはずがない。どうして知っているのだ。
「今後、貴方とアイリスが会うことは御座いません」
「違う!誤解だ!」
ローヴェイル公爵が、使い捨ての駒と成り下がった恩知らずの義理の息子を放置し続けた理由は、義理の息子につけた護衛騎士と侍従に諜報と監視をさせるためだ。
彼らからの報告を聞いてローヴェイル公爵は怒りのまま、手にしていたグラスを割った。
「ご安心ください。私情に任せて貴方を殺すなど野蛮なことは致しません。殿下にも裁判を受けて頂きます」
諜報と監視を行った子息達は全員、伯爵家以上の高位貴族だ。義理の息子、宰相と騎士団長の息子達を平民に落とし、彼らがどこかで野垂れ死んだとしても証言と証拠は充分用意されている。イェーツ王のかつての婚約破棄の結末も、ハーレイの婚約破棄の結末も歴史に残す。二度と繰り返されぬように。
「何故だ、公爵!言ってくれたではないか、幼い頃。私はイェーツの希望だと!」
父である王に顧みられなかったハーレイにとって、ローヴェイル公爵の言葉は宝となった。だが、その光を消したのは他でもないハーレイ自身だ。
先代国王のもう一人の子供の母は、
前のページで先代国王と再婚予定だった、
先代王妃の秘書官の女性です。
(独身なので伯爵令嬢)
イェーツ王の元婚約者ではありません。
分かりにくいようなので、修正しました。
ちなみ、子供を身籠った年齢は30歳です。
先代国王は30代後半。
まさか、この歳で子供出来るなんて…
と二人もビックリでした。




