くびちょんぱの王子様 08
ハーレイは理解できなかった。
どうしてだ、どうして、こんな事になる?
何故、貴族達はハーレイに冷たい視線を向ける?
何故、皇族の子供達はハーレイを馬鹿にする?
何故、フェルディナンドは親友たるハーレイを責める?
何故、城の者達は宰相や騎士団長の振る舞いを許す?
ココと引き離され、王宮の一室に連れ込まれると、宰相と騎士団長に糾弾された。自分の護衛騎士をしてくれている友人など、自身の父親と言い争ったあげく、激しい暴行を受けた。彼は若く優秀な騎士にも関わらず、歳を取った父親に呆気なく負けた。
その後、アイリスの父親が登城すると聞いた。良識ある公爵ならば、きっと娘の不始末を詫び、宰相と騎士団長を諌め、フェルディナンドへ取りなしをするだろうと安堵したが、ローヴェイル公爵は義理の息子を断罪し、公爵家から、貴族社会から彼を追放した。
ハーレイはアイリスを生意気な女だと嫌ってはいたが、その父であるローヴェイル公爵は気に入っていた。
幼い頃から、自分の身の回りに足りないものはないかと気を配り、時には教育係を派遣したり、ルヴァランへの留学なども勧めてきた。それらの行為はハーレイの才能を見込んでいる事が強く伝わってきた。
ただ、王妃である母が、王子の教育は王家の管轄だと、教育係やルヴァランへの留学は突っぱねてしまう。確かに、母の言うとおり、臣下が王子の教育に口を出すなど、差し出がましいと言えたので、ハーレイも納得した。
しかし幼い頃、執務で忙しい父に代わり、優しく声を掛けてくれる公爵は、自分にとっては理想の父親像であった。
それに引き換え、アイリスの性格の悪さと言ったらなかった。ハーレイが学ぶ必要のない、政治や経済、言語、芸術などについて根掘り葉掘り質問してきて、知らぬと答えれば、その分野の本など取り寄せ押し付けてきた。まるでハーレイが無知であると言っているようではないか。
その頃、ローヴェイル公爵もアイリスからの戯言を真に受けたようで、それらの分野について学んでみてはと、わざわざハーレイに進言してきた。
「殿下が国王となった際、知識は必ずや貴方の武器となるでしょう」
あまりにしつこいので、母に相談すると、ローヴェイル公爵の顔を立てて一度くらいは講義を受けてみるのも良いであろうと言われた。なるほど、臣下の期待に応えるのも王族の務めと思い、教育係を頼んでみたが、その者達は王子であるハーレイに敬意を示すどころか、努力不足だと侮辱してきた。
「ハーレイ様、もう少し深く学んでいきましょう」
「殿下。王たる者は、さらに広く学ぶべきです」
「入門程度の知識で満足してはなりません」
王族を敬うことも出来ぬ者達に学ぶことなどない。それぞれの教師との講義は全て1回で終了とした。聞けば、あのアイリスの教育係を務めていた輩だというではないか!貴重な時間を捨てるような事をしてしまったと反省したが、その日、教師達から学んだ事を母に話せば「素晴らしい!天才だ!」と絶賛された。どうやら無駄ではなかったようだ。
これで、あの生意気なアイリスを黙らせる事が出来ると思い、茶会で母に話した内容を教えてやったが、アイリスは余程悔しかったのか、もう少し頑張りましょうなどと宣った。可愛くない女だ。
しかし城の者達は、アイリスを神童だと、才女だと、褒め称える。さすがローヴェイル公爵とアンネリィーゼ公爵夫人のご令嬢だと。あのような素晴らしい女性を妻に出来るハーレイは幸せ者だと。とんでもない勘違いだ。皆騙されている。
しかも、よりにもよって国王である父も、アイリスに誑かされている人間の一人だった。アイリスの扱いを巡り、父と母の仲は険悪なものとなった。
アイリス・ローヴェイルは周囲を騙し、王太子を貶め、国王と王妃の仲を引き裂く希代の悪女だ。
傷付いたハーレイを励ましてくれたのがココであった。確かに顔はアイリスと比べれば、平凡ではあったが、ココは常にハーレイに寄り添い、身も心も癒してくれた。
ところが、そんな心優しいココにアイリスは牙を向ける。奴の企みでココは社交界で爪弾きにされた。到底許せるものではない。
アイリスの義弟の子息に確認すれば、ローヴェイル公爵との仲は冷たいものだと言うではないか。国の英雄と褒め称えられる公爵は、例え娘であろうと、ついに、その真の姿を見破ったのだ。
またアイリスの従兄弟であるルヴァラン皇国のフェルディナンド第二皇子も、あの悪女よりも自分と友好的な関係を望んでいるように感じる。
国の英雄と大国の皇子、その二人が味方であれば、恐れるものは何もない。
ハーレイは決意した。
あの悪魔のような女を断罪し、イェーツを救うのだと。さすれば国王である父も皆も目を覚ますだろう。正義をこの手に取り戻すのだ。
そして今宵アイリス・ローヴェイルの悪行を白日の下に晒し、婚約破棄と国外追放を断行した。
貴族達はハーレイを称え、夜会は拍手で包まれる。そうなるはずだった。しかし結果はこれだ。
皇帝の掌中の珠といわれる第三皇女は、皇帝の意思だと言ってアイリスを亡命させると宣言。皇太子の息子と共にアイリスを皇国大使館へと連れ去った。これでは手出しは出来ない。
フェルディナンドは侮蔑を孕んだ視線を向け、皇国に対する敵対と見做して良いのかと問う。宰相と騎士団長はイェーツを滅ぼしたいのかと責める。
そして、幼き日、第二の父のように思っていたローヴェイル公爵は次々に自分の側近達を切り捨てていく。正義は何処にあるのだ。息子がこんな目に遭っているにも関わらず、父と母は現れない。誰も助けてくれないのか。
しかし、やっと国王である父が来るという。
ここまで息子が不当な扱いをされているのを目の当たりにすれば、日頃、アイリスを贔屓して止まない父も、ハーレイに対する振る舞いを正すよう彼らを叱責するだろう。
ところが、ハーレイはさらに絶望する事になる。
入室してきた父は何処か、浮かれた様子が見てとれた。こんな時にどうしたというのか。やたら鷹揚な動きで、フェルディナンドの前に座る。殺伐とした空気に包まれた部屋で、緩んだ顔を隠しきれない国王は奇妙ですらあった。
「此度のこと、国王としても父としても、誠に遺憾である。故に、ハーレイは廃嫡とする。また、ハーレイの母である王妃は息子の不始末の責を取らせ、離縁とし、神殿に入れ、今後は神に仕えさせる」
聞き間違いだ。何かの間違いに違いない。
父は何を言っているのか。
「しかしながら、ローヴェイル公爵家との婚姻を違える事は出来ぬ。よって……」
国王は皆の視線が自分に集中している事を確認する。
「アイリス・ローヴェイルを我が妃とする」
イェーツ王の発言が部屋に沈黙をもたらす。その静寂を一番に破ったのはフェルディナンドであった。
「あっはっはっは!そうですか、アイリス嬢を!」
第二皇子は堪えきれないというかのように笑い転げた。
「ははは!いや、失礼!」
続けてアイリスの父であるローヴェイル公爵もたまらず、笑い始めた。イェーツ王は二人の反応に不快感を露わにする。国王たる自分の発言に対し、なんと無礼な。
「イェーツ王は愉快な冗談を言うのだな」
若造め。大国の皇族とは言え、フェルディナンドは後継者ですらない。第二皇子の分際で生意気な。
「貴方とアイリスとの婚姻が、どんな償いになるというのですか?」
ローヴェイルなど臣下に過ぎない。寛大な処遇に感謝を示すべきだろう。
第二皇子は感謝するどころか、敬意すら見せずイェーツ王を責める。
「イェーツ王よ、私はルヴァランの代表として、つまらないジョークを聞きに来たのではない。愚かな王子が皇后の姪を侮り、父である貴方はそれを尊重し続けた。挙げ句の果てに、我々の前でアイリス嬢に対し、一方的に婚約破棄、そして国外追放を科した。それは侮辱と受け取って良いのか?そう聞きたいのですよ」
「私も問いたい。本気でアイリスを妃にすれば解決するとでもお思いか?」
ローヴェイル公爵の鋭い視線にイェーツ王は怯みつつも答える。
「私と婚姻を結べば何も問題なかろう」
アイリスが王族の一員となり、子を産み、国母となる。ローヴェイルの穀倉地もイェーツの土地となる。ハーレイと婚姻しようが、自分と婚姻しようが、結果は同じだ。




