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くびちょんぱの王子様 07

「さて、我が家の掃除は済んだが、そちらはいかがかな?」


ローヴェイル公爵が宰相と騎士団長に向き直ると、まず宰相が息子達の処罰について話し始めた。


「この者達は既に我が家から放逐した。ローヴェイル公爵の好きにしてくれていい」


次に騎士団長だが、彼の怒りは収まっていないようで、きつく息子を睨み付けた。


「この屑は“恩義はアイリス嬢ではなく、ローヴェイル公爵にある故、令嬢を敬う理由はない”などと宣った。騎士道どころか、人の道も知らぬ畜生だ。人として生きる資格もない」


子息達は己の父親は自分を庇うつもりは皆無だと改めて実感せざるを得なかった。宰相の子息と騎士団長の息子は体を震わせる。


ローヴェイル公爵は普段、穏やかな空気を纏っている。イェーツの最高位の貴族にも関わらず、威張り散らす事なく、驕る事なく、国に尽くし、尊敬を集める人物だ。


半殺し、拷問、甥殺し……

彼らの知るローヴェイル公爵が発する言葉ではない。だが公爵は普段と変わらず柔らかな微笑みを湛えて、その言葉を息子と呼んでいた人物に投げつけていた。


そして、10年以上一緒に暮らし、育ててきた義理の息子をいとも簡単に捨てた。


高位貴族として生きてきた者が突然市井に放り出されて、まともに生きていけるはずがない。豪華な夜会服に身を包み、土地と家の権利書をもった友人が、深夜の王都を徘徊してどうなるか。考えの浅い彼らにも想像は出来た。


公爵の義理の息子の話では、アイリス嬢と過ごす事は少なく、親子の情はないのではないかと聞いていたはずなのに。まるでアイリスを心から愛しているようではないか。自分達は大きな思い違いをしていたのかもしれない。


「お、お待ち下さい」


宰相の息子が声を上げた。どうにか、どうにかしなければ、自分も治安の悪い深夜の王都に放り出される。先程、義理の息子という事で拷問はしないと言っていたが、自分はそれに当てはまらない。暴行を受けた上で捨て置かれる、最悪の場合は命まで奪われるかもしれない。


「何かね?」

「な、納得が出来ません」


息子の言葉を聞いて、宰相の顔に不快感と失望が浮かび上がる。己の息子はここまで馬鹿に成り果てたのかと。


「君は忘れているかもしれないが、アイリスは公爵家の令嬢だ。自分よりも身分の高い女性に不敬を連発して、何故無事に過ごせると思っているんだい?」


それは分かっている、宰相である父にも散々アイリスを敬うよう言われていた。だが、王太子であるハーレイもその母である王妃もアイリスを気に入っていなかった。それは彼らにとって、アイリスを侮って良い存在だと決め付けるには十分な理由だった。


ただ、それをこの場で言ってしまえるほど、愚かではなかった。彼は、ただ、少しでも時間を稼ぎ、王、または王妃の登場を待って、ローヴェイル公爵への取りなしを頼み、この危機を脱したいだけだ。王族の頼みであれば公爵も受け入れざるを得ないだろう。


「まあ、そんな事を今更聞いても仕方ない。納得出来ないというなら、君たちにチャンスをやろうじゃないか」


やったぞ、許された。過ちなどは反省して次回に活かせばいいとでも言うに違いない。使用人の息子であった義理の息子と違い、自分達は侯爵家と伯爵家だ。ローヴェイル公爵も血筋を尊重したのだろう。子息達の顔に喜びが浮かび上がる。


しかし国王に代わってイェーツを支え、様々な国と渡り合ってきたローヴェイル公爵がそんな甘いはずはない。


「では、現在、イェーツはこれまでにない危機が訪れている。それを回避する策を打ち出したまえ」

「は?なんですって?」

「君達が引き起こした前代未聞の大問題を解決する方法を考える事が出来れば、全てを赦そうじゃないか」


チャンスは条件付きだった。


「君達の主人である王太子が大国の皇后の姪に意味不明な理由で、婚約破棄と国外追放を科すなどという愚行を犯した。国内最大の穀倉地はすぐにでも皇国に返還され、食糧の輸入もままならなくなるだろう。食糧だけではない、コルトレインを通じてルヴァランからは砂糖や塩、茶葉や酒、絹などの生活必需品、嗜好品、高級品が輸入されている。それらは全て止められるだろう。属国や友好国が多数あるルヴァランだ。周辺諸国もそれに倣う。イェーツに味方する理由などないのだからね。経済制裁の始まりだ。最悪こちらの出方を誤れば開戦となるかもしれない。さあ、君達ならどうする?」


今後起こりうる状況を突き付けられ、宰相の息子と騎士団長の息子は動揺した。そんな事になるなんて想像もつかなかったのだ。


「どうしたのかね?日頃、君らは父君達を“頭が固い”だの“考えが古い”だの“父上達の時代は終わった”だの話していただろう。ほら、君達の新しく柔軟な発想でもってイェーツを救ってくれたまえよ」


彼らにそんな手立てがあるはずはない。ハーレイ王太子が婚約破棄をしたとて、娘に愛情がないローヴェイル公爵は我らを支持すると考えていた。またハーレイだけでなく、その腹心である自分達と友情で結ばれたフェルディナンドがイェーツを支援してくれると確信していたのだ。


宰相の息子が視線を漂わせる。王太子はこの部屋に入ってから自分達を無視し続けている。こいつのせいでこんな事になったと言うのに。自分達が貴族籍を奪われる事になっても何も言わなかった。怒りが湧くが、何も解決策は生まれない。


誰か。

誰か。

誰か助けてくれ。


すると、無言でこちらのやり取りを見ていたフェルディナンドと視線があった。吸い込まれるようなアメジストの瞳。第二皇子はローヴェイル公爵に尋ねた。


「ヒントをあげても?」

「どうぞ」


公爵は皇族の申し出を当然受け入れる。宰相の息子は歓喜した。ああ、助かった。第二皇子はやはり我々を見捨てるつもりなどなかったのだ。


「斬新な方法ではない、古典的な手段だ。古来より戦の最中“あるもの”が送られてきたならば、敵将も矛を収めることがあったという」


第二皇子は小さな子供に謎解きをさせるが如く、穏やかな口調で続ける。


「もちろん金銭の類ではない」


何だそれは?宰相の息子は騎士団長の息子を見るが、彼は首を横に振るだけだ。


察しの悪い子息達に向かって、フェルディナンドは少し首を傾けつつ言った。自身の首を己の手で、ゆっくりと叩きながら。


「“それ”を差し出せば、少なくとも謝罪の念は伝わるのではないか」


それを見て宰相はなるほどと呟いた。


「“それ”を送るなら、この度の一件の首謀者は全員揃っていた方が良いでしょう」

「ああ、そうだな。先程、城からつまみ出したアレは、その辺をうろついているだろうから、回収させてこようか」


ローヴェイル公爵も同意した。

そして騎士団長も息子を見やる。


「ならば私に執行人を務めさせて欲しい」


父親達のやり取りを見て、子息達はやっと気付いた。

首を差し出せと言われている事に。


父達は迷う事なくそれに同意している。宰相の子息は床に崩れ落ちた。目前に迫る死を前に、恐怖で意識を失ったのだ。


「うわああ!」


一方、騎士団長の子息は叫び声を上げながら、ローヴェイル公爵に襲い掛かる。剣は騎士団長に取り上げられていた。それでも、己よりも遥かに年上の中年男に負ける気はなかった。しかし、公爵はローヴェイル騎士団の団長を務め、自らも討伐に出る実力者でもあった。


実戦経験のない子息との力量は圧倒的で、ものの数秒で組み伏せられる。


「放せ!私はこんな所で終わる男じゃない!」


すぐに他の騎士達も加わり、騎士団長の息子は床に押し付けられ拘束された。


その光景にフェルディナンドは冷めた気分になる。以前、会談した際、恐ろしく話が薄っぺらい連中だと思ったが、覚悟も薄っぺらだったとは。意外ではないのだが、なんとも不快な感情が込み上げる。首を差し出す気概を見せたのなら、多少は見直したのだが。


「ローヴェイル公爵。本人達に謝罪の意思はないようだ。残念だが」

「ええ、最早、彼らの首でどうにかなる問題ではありません」

「ああ、その代わり、()()()の処分は貴殿に任せる」


フェルディナンドの言葉を聞いて、ローヴェイル公爵は騎士団長の子息を見下ろす。


「本来ならね。八つ裂きにして森にでも捨ててやりたいところなんだ。だがね、アイリスは本当に心優しい娘なんだ。君達が死んだと聞いたら心を痛めるだろう。だから自由にしてあげよう」


穏やかに話すそれは、子息達にとって追放処分と変わらない。数時間前に、自分達がアイリスに下した処分と同じだ。


「だが、君の手は潰させてもらうよ」


何故自分だけが。それでは、これまで磨いた剣術をもって冒険者や傭兵として身を立てる事が出来ないではないか。仮令、貴族ではなくなっても自分には剣がある。それは、彼の支えとなるはずだった。


「実はね、君が生まれる前。君の母君を襲った人間は騎士崩れの無法者だったんだ。再び、罪もない女性が襲われる事態になったら、君の母君も悲しむだろう」


自分が生まれる前、騎士として不正を取り締まった父を逆恨みした貴族が人を雇い、母を襲わせた。


「なに、ちゃんと治療すれば、日常生活には支障はないさ。荷運びくらいは出来るのではないか」


荷運び。

誇り高き武家に生まれた自分が。


「やめてくれ、私は騎士だ!イェーツの騎士になるんだ!」


イェーツの騎士となり、尊敬と羨望を集める人間となるはずだったのに。

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― 新着の感想 ―
 人は正義や身内などのためなら、どこまでも冷徹になれるナマモノ。それも、同情の余地があるか怪しい手合いなうえ、考えなしに温情与えれば、再び咎のない者に牙向きかねないとあれば尚更、ですかねえ。  剥製…
···馬鹿? 貴族という絶対の家格社会で上の家の淑女を侮る、しかも王妃とか王子とかの尻馬に乗って、これは恥ずかしすぎる、ということがなぜわからなかったのか、それこそ井の中の蛙の万能感に酔っちゃったのか…
いやぁ、素晴らしいね。公爵ご云々じゃなくて、皇国が怒っているという事実にここまできても気づかないのか。そりゃそうか。
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