くびちょんぱの王子様 04
「アイリス様。ルヴァランはイェーツ王家に信を置いておりません」
「もはや手遅れという事でしょうか」
「いいえ。先ほども申しましたが、ルヴァランが否としたのはイェーツ国家ではなく王族です」
イェーツの全てが否定されたわけではない。少しだが安堵し、震える手を握りしめてアルティリアの言葉を聞いた。
「今回、イェーツを訪問をしているのは皇太子の第一子アレクサンドロス2世と第二皇子フェルディナンドだという事をお考え下さい」
幼くも次代の皇帝の第一子であるアレクサンドロス2世。夜会での彼の振る舞いは、皇帝、皇太子の意思を伝えていたのだ。しかし外交官として名を馳せた第二皇子フェルディナンドが、王宮に残ったという事は話し合いによる解決の可能性が残されているという事。それはルヴァランからの最大の譲歩。
ならば余計に交渉のテーブルに着きたい。ハーレイにその能力はない。イェーツ貴族とルヴァラン貴族の血を引く自分が仲介を務めるのが最良であろう。
しかし皇女はアイリスを攫うと言った。自分をその会合から引き離す意図はなんだ。
「アイリス様。貴女の御尊父はハーレイ王太子の振る舞いについて、再三、イェーツ王に進言しておりました。それは皇族も同様でした」
父が王家に申し立てをしていた事は把握していたが、ルヴァランまでも。それでも、ハーレイは態度を改める事はなかった。
「イェーツ王は若さ故、少々羽目を外しているだけだと、取り合わなかったそうです」
王太子が増長していたのも、父である王から己の行為を強く否定される事はなかったからだ。
「その結果がこれです。皇族を招待した上で、皇后の姪との婚約を破棄。このような侮辱は許されません」
あの場に立ち会ったのが、ジークフリードであれば開戦一直線だ。
一体何故、イェーツ王はそのような愚行を許したのか。行動に注意が必要なハーレイを放置し、夜会で席を外した。それは何故か。
「イェーツ王はアイリス様とハーレイ殿下の婚約破棄を望んでいました」
「まさか」
そんな事をしてどうするのだ。大国と公爵家を敵に回し、国内最大の穀倉地を失うだけだ。国王自ら、国を窮地に陥れるなど、あり得ない。
「……アイリス様は」
この時、これまで流れるように話していたアルティリアが、ほんの少し言い淀んだ。
「イェーツ王が貴女の御母堂を愛していらっしゃることをご存知ですか?」
「ご冗談でしょう?」
「もちろん、陛下のお気持ちは一方通行です。御母堂はローヴェイル公爵を愛していらっしゃいます」
「ですが、陛下と王妃殿下は……」
そう、イェーツ王も王太子時代に隣国の有力貴族の娘との婚約を破棄し、ハーレイの母である伯爵令嬢と婚姻をしたのだ。
「お二人は“真実の愛”で結ばれているはずでした」
当時、国内自給率の低かったイェーツは貿易の盛んな隣国の有力貴族と縁を結び、食糧輸入の強化を図ろうとしていた。
ところが王太子であったイェーツ王は、社交界で最も美しいと言われた伯爵令嬢と恋に落ちた。しかし、伯爵家といってもイェーツ自体が、せいぜい中規模国家だ。令嬢の生家はイェーツ貴族として、ごく普通の力しか持っていない。彼らの婚姻は何の利益ももたらさないため、父である先代王からも周囲からも反対された。
それは却って二人を燃え上がらせる結果となり、ハーレイと同じく夜会で婚約破棄。おかげで莫大な慰謝料が発生、食糧の輸入問題が発生する。
イェーツの危機を引き起こしたにも関わらず、真実の愛を貫ぬくのだと婚姻を強行。多くの人間の前で「真実の愛」を宣言してしまったため、それ以上の反対は出来ず、先代王も認めざるを得なかった。事情を知らない民は祝福したが、貴族は冷めた目で二人を見ていた。
しかしアイリスの父が、その危機に光をもたらした。ルヴァランへ留学していた若き公爵令息は、その優秀さをコルトレイン侯爵に認められ、農作物の輸入と、娘であるアンネリィーゼとの婚約を可能にさせた。ルヴァラン最大の穀倉地を所有するコルトレインからの輸入でイェーツの食糧危機は回避されたのだ。
アンネリィーゼが輿入れした際、イェーツ貴族はルヴァランの妖精姉妹と言われた彼女の美しさの虜となる。そしてハーレイの父親もアンネリィーゼに心を奪われた者の一人だった。真実の愛のお相手と結ばれたにも関わらず。
「イェーツ国王は叶わぬ恋を御息女であるアイリス様との婚姻で成就させようとなさっているようです」
そんな馬鹿な事があるだろうか。しかし、皇国が、皇女が嘘を吐く理由はない。しかも10歳の少女がこんな事実を知らされているという事は、イェーツ王を警戒するよう伝えられているからだろう。
思えば、国王の行動は将来の義父としては何かおかしかった。婚約者であるハーレイではなく、国王からの贈物の数々。王宮を訪れれば、必ず会いに来て、王妃やハーレイがいなくともお茶に誘われた。それとなく二人きりになるよう仕向けられた事さえあった。何故気が付かなかったのか。もし、二人きりになっていたらと思うと身の毛がよだつ。
それに王妃から向けられる激しい敵意。それは、愛する息子の婚約者が気に入らないというレベルではなかった。あれは恋敵への憎悪だったのだ。
「不当な婚約破棄の処遇として、ハーレイ殿下は廃嫡、王妃殿下とは離縁し、ご自分がアイリス様を娶る。そのような筋書きを描かれているようです」
己も不当な婚約破棄を強行したにも関わらず。なんと愚かな企みを巡らせているのだろう。
「そんな事が認められるとは思いません」
「認められる可能性があるのです」
恋焦がれた女性と瓜二つの令嬢と結ばれ、イェーツ最大の穀倉地も手に入れる。そんな都合の良い妄想を実現するなど出来るのか。
「アイリス様がイェーツ王を受け入れるのであれば」
「私が?」
「先ほど、お戻りになりたいと仰っていたでしょう」
確かにあの時、自分はイェーツに帰還する事ができれば、ルヴァランが振り上げた拳を降ろさせるために、最善を尽くしただろう。アイリスはイェーツを護るために、最も有効な手段が己がイェーツの王族になり、盾となる事だと気付いた。
もし、この話を知らずにいたら。
もし、祖国を守るためだと言われたら。
「貴女の国への献身をイェーツ王はよくご存知でした」
アイリスはイェーツ王の手を取っただろう。
「なので、アイリス様には私に囚われて頂きます」
ルヴァランは愚かな王の筋書き通り、踊ってやるつもりはない。
「もしや、皇国の望みは」
王太子ハーレイの廃嫡。
側近達の失脚。
それで済ますはずがない。
「イェーツ王の退位です」
その時、馬車の窓の外に備え付けられた鉄板が降ろされた。直後、馬車が加速し、全体がぐらりと揺れた。
「キャッ」
小さな悲鳴をあげると皇女は言った。
「イェーツでは国王のみが影を動かせるそうですね」
アイリスはその言葉で理解した。今、この馬車は襲撃を受けている。たかが小娘を手に入れるために、国王は影を放ったのだ。
「自国の大使館に滞在していない事が発覚したので、強硬な手段に打って出たのでしょうね。きっと、貴女を手に入れれば、どうとでもなると判断したのです」
なんと短絡的な。友好国であるルヴァランの皇女と皇子が乗った馬車を襲撃するなんて、戦争を引き起こしたいと言っているようなものだ。
「アイリス様、このままイェーツ王に国を任せて良いとお考えですか?それはイェーツの未来にとって最善なのでしょうか?」
気付けばその瞳から涙が溢れる。アイリスはハーレイと婚約が決まり、傲慢な王太子に罵られようとも、どれほど傷付けられても泣く事はなかった。
何故、国を統べる王たる者が、己の私利私欲に走り民を危険に晒す選択を取れるのか。
国王への怒りと襲撃への恐怖でアイリスの感情は激しく乱れた。
「大丈夫です。この馬車は戦車並みの強度を誇っておりますし、馬は魔物の混血です。追いつくことは難しいでしょう」
どうして皇女はこんなにも落ち着いているのだろう。自分よりもずっと年下の少女なのに。
「それから、わたくしの騎士はとっても強いので、絶対に負けません」




