くびちょんぱの王子様 02
「ねえ、リア姉様。王子様くびちょんぱだけど、あの周りにいる人はどうなるのかな?」
アレクサンドロスはハーレイ王太子の側近の末路が気になった。しかし小さな皇子は「側近」という言葉を知っていたが、彼らをそう呼ばない。何故なら父や祖父の側近は言うべき事は進言している。ハーレイの側の三名は、きっと「太鼓持ち」というものなのだろう。しかし楽器はどこだ?
「彼ら?そうね。王太子に強要されたか、進んで協力したかによって変わってしまうけれど」
アルティリアはふむと、ハーレイの側近達に視線を向ける。アイリス嬢を呼びつけた際の尊大な態度を思い返せば、王太子の命令に逆らえなかったなどということはないだろう。
「まず、宰相閣下の御子息は後継を外されるでしょうね」
会場の端まで届いた皇女の声に、宰相の息子は顔を引き攣らせた。しかし、幼い子供の言うことなど、誰が真に受けるだろうと、すぐに小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべたあげく、フッと鼻で笑う。
「祖父や父が親子二代で取り組んでいた政策を壊してしまうような方が後継なんて認められないでしょう」
ところが皇女の説明に段々と余裕をなくしてゆくのだ。
王太子とローヴェイル公爵令嬢との婚姻は彼の父である宰相主導の元に進められた。そもそも宰相の父である元外務大臣が他国との協調、友好関係を強化するべく政策を打ち出したことに始まり、他国との強い人脈、国内有数の財力、イェーツ最大の私設騎士団を持つローヴェイル公爵家と王家との婚姻政策はその要と言えた。
「あの方に、それ以上の国益を叶えるだけの政策があるのなら別だけど。でもリットン令嬢の生家の男爵家は、爵位はあっても領地はないはずだし、他国との繋がりが深いと聞いたことはないわ。どうするつもりなのかしら?」
そう言いながらアルティリアはイェーツ外交官に目をやる、外交官はカクカクと首を上下させながら肯定すると同時に、何故、皇国の姫君がこれほど、イェーツの国政や貴族に詳しいのかと驚き恐ろしくなった。
「リットン嬢との婚姻がローヴェイル公爵家との婚姻より益をもたらすとは思えないのよね」
「そっかあ。何も考えがないなら、僕はただのおバカですって、言ってるようなものだね!」
わあ恥ずかしい!とアレクサンドロスは顔を覆ってしまった。だって自分なら羞恥心に耐えられない。
「それからアイリス嬢の義理の弟君だけど、あの方はこんな事に加担して将来が不安ではないのかしら」
彼は公爵家の一門の中の下位貴族出身で、両親が幼くして亡くなったので、ローヴェイル家に一時的に引き取られた。しかし、彼は学習能力が非常に優秀だったため、高位貴族の教育を受ける事が認められて、今に至る。
正式にはローヴェイル公爵を継ぐ資格はない。ハーレイ王太子との婚姻後、アイリスの子供が二人以上生まれ、その子供が成人するまでの中継ぎの公爵となる人物だ。
「イェーツの法律では正式な養子縁組が可能となるのは成人後なの。あの方は15歳だから正確にはローヴェイル家の居候でしかないわ。主家のご令嬢を貶めて、公爵家を継げるなんて、まともな神経なら考えられないでしょう」
「うわあ。きっと、もうお家に入れてもらえないね!」
今夜はどうするんだろう?お城の外で寝るのかな?寒いよ?でも、星を眺めながら眠るなんて楽しいかもしれない。なんてアレクサンドロスは考えた。
「最後に騎士団長閣下の御子息だけど、このまま騎士を続けようとしても、あの方が他の騎士から信頼を得ることは難しいと思うわ」
「女の人をよってたかっていじめたからだね!」
アレクサンドロスは、元気良く手を挙げ、大きな声で言った。
「それもあるけど、あの方はローヴェイル公爵に命を救われているのよ」
騎士団長の妻は妊娠時、政敵に襲撃を受けた過去がある。その際、救援に駆け付けたのがアイリスの父ローヴェイル公爵率いる私設騎士団であった。
幸い無事に助け出されたが、夫人の陣痛が始まってしまう。ローヴェイル騎士団の医師の元、生まれたのが彼であった。騎士団長はこれに大変感謝し、この恩義は生涯忘れぬ、息子にもローヴェイル公爵家に感謝を忘れぬよう言い続けると話していたという。それにも関わらず、当の本人は恩を仇で返した。
「恩人の御息女に対して、こんな仕打ちをする方を他の騎士は受け入れるのかしら」
アルティリアが目を向けたのは、自身の親衛隊の隊長となったウォルト・ナイトレイ卿だ。年齢は20代後半と若く、柔らかなブラウンの髪と柔和な顔立ちは、先ほどからご婦人方の視線を集めていたが、皇女の専属騎士の長となるだけの経験と実力は十分である。
「そのような輩は自分の隊には必要ありません」
ナイトレイ卿は優しげな風貌に反し、騎士団長の息子を容赦なく切り捨てた。
「私も彼に背中を預けるのはごめん被ります。いつ裏切られるか分かりませんから」
隊長に続いて口を開いた騎士は、美しい赤毛を短く切り揃えた女性だ。名はロゼッタ・ハリス。
「私も彼と共に戦いたいとは思いません」
そして最後に軽蔑を含んだ声で言い捨てたのは、レオンハート・ダーシエ。ルヴァランの剣であり盾と呼ばれる一族の騎士。レオンハートはさらに続けた。
「それに、もし、私がそんな愚か者になろうものなら、父と祖父は“命をもって償え”と言うでしょうね」
大陸の覇者と呼ばれるルヴァラン皇国騎士団の精鋭達。彼らから拒絶を突きつけられた青年は何を思うのか。
アレクサンドロス2世から「太鼓持ち」と判断された三名は全員顔色を悪くしていた。深海よりも深い青さがそこにある。
そしてハーレイ王太子だが、恥辱と怒りで震えている。こちらは赤い。
何故自分があのような幼い子供達に侮られなければならないのか。ハーレイは腹が立って仕方ない。
アイリスもアイリスだ。愛する王太子から婚約破棄を突き付けられたというのに、すました顔をしているではないか。泣いて縋れば妾くらいにはしてやるというのに。
ハーレイ王太子は幼い頃から決められたアイリス・ローヴェイルが嫌いだった。その容姿はイェーツの中でも群を抜いて圧倒的に美しい。美しさは認める。周辺諸国を見ても、アイリスほど美しい女はいない。
しかし婚約者である自分を立てる事をせず、優秀さをひけらかしており、父である国王は息子を差し置いてアイリスを可愛がっていた。その振る舞いに王妃である母も胸を痛めており、それについては、度々、夫婦間での諍いの元になっていた。
また母は父の態度に悩み、その慰めに装飾品やドレスを度々注文するようになっていたが、それが少々予算を圧迫するらしく、夫婦の不仲を深める原因の一つとなっている。
ハーレイは王妃ともなれば、イェーツの最高位にいる女性なのだから、ドレスや宝石くらい好きなだけ手にする権利はあると考えている。ココと結婚したら、そうしてやるのだ。妻の買物に制限をかけない。男の甲斐性というものだ。
そんな辛い状況でも、心優しき母は息子のために、アイリスにハーレイを立て、慎ましくするよう常々言い含めていた。にも関わらず、アイリスは態度を改めなかった。それどころか、自分が寵愛するココに「婚約者のいる者に近付くな」などと恫喝する始末。おかげでアイリスに同調する令嬢はココを避け、可哀想にココは社交界で孤立してしまった。
今宵は国内の貴族だけでなく、周辺国の有力貴族をも招いており、この夜会で邪悪な婚約者を断罪し、ハーレイ・イェーツの名声を国内外に知らしめるはずだった。イェーツの力を見せつけるため、大国ルヴァランの皇族を招いた事がこんな結果になるとは。子供のくせになんと生意気な。
見れば第二皇子がいないではないか。なるほど、幼子が好き勝手するはずだ。自分と第二皇子フェルディナンドとは友誼を交わし、厚い信頼を得ている。ならば後で第二皇子に抗議し、あの餓鬼共は、きつく折檻してもらえばいい。
場合によっては、皇国から多額の謝罪金を受け取る事も可能かもしれない。そうだ、どうせなら、あの小生意気なアルティリア皇女を側室として貰い受けようか。3、4年もすればアイリスを超える美姫となるだろう。性格は婚姻後に躾けてしまえば問題ない。ルヴァランの姫ともなれば持参金も莫大な額になるだろう。化粧料として豊かな領地も受け取れるかもしれない。王太子は、やはり自分は選ばれた人間なのだと確信した。
己を信じろ、ハーレイ。
お前は正しい。
正義は我にあり。
王太子は気を取り直すと、声高らかに叫んだ。
「イェーツ王国王太子ハーレイ・イェーツの名に置いて、アイリス・ローヴェイルを国外追放に処す!」