くびちょんぱの王子様 01
良い子のみんな
ざまあ劇場が
はーじまるよー!
「くびちょんぱだ!くびちょんぱの王子様だよ!」
国内外の貴族が招かれたイェーツ王国主催の夜会。今夜は王太子ハーレイとその婚約者アイリス・ローヴェイル嬢との正式な婚姻が発表されるはずだった。
しかしながら、響き渡ったのは小さな少年の声だった。
その数分前、主役であるハーレイ王太子は婚約者であるはずのアイリス嬢ではなく、小柄な女性をエスコートし、側近である、宰相の息子、騎士団長の息子、アイリス嬢の義理の弟である公爵令息の三名を引き連れ夜会に現れた。
そして来場客の前でアイリス嬢を呼び付け、公衆の面前で婚約破棄をし、令嬢を辱めるという所業を遂行した。
「アイリス・ローヴェイル!貴様は公爵令嬢という立場を利用し、このココ・リットン男爵令嬢を不当に虐げた。その所業は目に余る!貴様のような悪辣な女とは婚約を破棄し、この心優しき乙女、ココ・リットンを王妃とする事を王太子であるハーレイ・イェーツは宣言する!」
王太子ハーレイはその傍らにココ嬢を抱き、高らかに宣言する。
「これは正しく真実の愛である!」
「いっけないんだー!浮気者はくびちょんぱなんだよー!」
これは決め台詞であった。しかし「真実の何とか」は少年の声にかき消された。
「ねえ、リア姉様、くびちょんぱの王子様だね。本当にいるんだね」
その少年こそ、大国ルヴァラン皇国の皇太子ジークフリードの第一子アレクサンドロス2世であった。
「そうね、わたくしも初めて見たわ」
答えたのは、アレクサンドロス2世の叔母であるアルティリア皇女である。
アルティリアは10歳、アレクサンドロスは5歳と幼いが、友好国であるイェーツ王国に招かれ、第二皇子フェルディナンドと共に夜会に出席していた。
現在、フェルディナンドは席を外しており、二人のそばには外交官として同行している第二皇子の学友ライル・ガーランドと護衛騎士達がいる。
そして、顔色を悪くした30歳手前くらいの年齢のイェーツ王国の外交官だ。
王太子ハーレイの声を遮るなど、イェーツ王国では不敬である。しかし相手は圧倒的に格上の皇国の皇子だ。誰が咎められるというのだろうか。仮令、王太子ハーレイであってもだ。
しかも、王太子は王太子で、王国で最も権力を持つローヴェイル公爵家の令嬢との婚約を破棄。会場を見れば国王や王妃の姿はない。恐らくは、彼らが席を外している間を見計らっての蛮行だ。
誰もこの事態を収められる人間はいない。
今、この場で、最も高貴で権力を持つ人間は、ルヴァラン皇国第三皇女アルティリアと、皇太子の息子アレクサンドロス2世である。
「あのあの、くびちょんぱの王子様とは?」
既に己の力量の許容量が超えてしまっている外交官は上手く話題を変えることが出来ず、皇女と皇子に尋ねてしまった。しかし、すぐに、その話題を振った事を後悔する。
「ルヴァランの童謡ですわ」
「さようですか」
アルティリアがニコニコと答えたので、きっと可愛らしい歌なのだろう。
「ふていをした王子さまが首を切られるんだ!」
続いてアレクサンドロス2世が元気良く答えた、その内容に夜会の空気は凍り付いた。首ちょんぱって、やっぱり、そういう意味か。
彼はイェーツ王妃の遠縁で、人脈を使って外交官の職に就いただけなので、交渉術や話術などの技術は乏しかった。皇女と皇子の世話くらいなら出来るだろうという上司の判断で、今、ここにいる。
「イェーツでは“くびちょんぱの歌”はございませんの?」
アルティリア皇女は外交官に尋ねる。
「はい、存じあげず、申し訳ございません。ははは」
乾いた笑いで誤魔化そうとすると、アレクサンドロス2世が言った。
「じゃあ、僕歌ってあげるね」
大国の皇子に結構ですなんて、言える人間はいるのだろうか。外交官はカクカクと首を上下させた。
「アレクサンドロス殿下、オーケストラは伴奏可能だそうです」
嘘だろ?ルヴァランの外交官のガーランドがいつの間にか、指揮者に指示を出していた。指揮者はかつてルヴァラン皇国の音楽アカデミーに留学していたので、皇国の音楽に詳しかったのだ。
コミカルなメロディが流れると、アレクサンドロス皇子は美しいボーイソプラノで歌い上げる。
くびちょんぱ くびちょんぱ
くびちょんぱったら くびちょんぱ
浮気者王子 浮気者王子
女の子が大好きで
毎日毎日 遊んでいたら
ある日 牢屋に入れられて
首を落とされた
首はコロコロ転がって
犬に食べられた
くびちょんぱ くびちょんぱ
くびちょんぱったら くびちょんぱ
くびちょんぱったら くびちょんぱ
身も蓋もない歌詞だ。
しかし会場は拍手に包まれた。
だって、本当に美しい歌声なのだ。歌詞は陰惨だが。
「とっても上手よ、アレクサンドロス」
「ありがとう、リア姉様」
皇子はアルティリアや周囲の者達に褒められて嬉しそうだが、外交官の顔色はさらに悪化している。とてもではないが王太子のいるフロアの中央に視線を向けられない。
「本当は一番から四番まであって、王子の歌は三番なんだ。全部聞きたい?良かったら歌おうか?」
アレクサンドロスは外交官を優しく気遣う。
「ありがとうございます。充分です!ははは!」
外交官は笑うしかない。他に誰が斬首されるかなんて、知りたくもない。
「いや、しかし、過激な歌ですね」
女遊びくらいで牢屋に入れられ、首を斬られるとは。ところが皇女はきょとんとした目を向けた。
「そうかしら?王族の婚姻であれば政略が絡んでいるものでしょう。それを尊重せずに振る舞って、咎められないなんてことないでしょう」
たかだか童謡だぞと、外交官は考えたが、姫君の意見を否定するほど愚かではないので黙って聞いた。
「有無を言わさず、突然、牢屋に入れられて斬首となったのなら、以前から注意をされても改めなかったのね。きっと、婚約者またはお妃様は大国の姫か、王族の力を凌ぐほどの有力貴族ね。国の行末が懸かった結婚ともなれば、お相手の心象を悪くしないよう、表沙汰にせずに、病死に見せかけて秘密裏に処分されている可能性も高いわ」
とても現実的で、あり得そうな考察である。外交官の胃はキュッとなった。
「寓話や童謡って、教訓じみたものも多くありますからねぇ」
ライル・ガーランドも頷きながら同意する。
「ははは、あははははは」
もはやイェーツの外交官は笑う人形であった。
「ふふふ」
「へへへ」
皇女と皇子も一緒に笑う。そして、一見、無邪気な二人を見て、こんな怖い歌を皇族の子供達に教えたのは誰だろうかと考えた。疑問に思った外交官は、つい尋ねてしまう。
「あの、お二人にこの歌を教えた方はどなたなのですか?」
だって、こんな歌を教えた無礼者が無事に過ごしているのか気になるではないか。イェーツなら不敬罪だ。
幼い皇族は顔を見合わせて同じ言葉を言った。
「お父様」
皇帝アレクサンドロスと皇太子ジークフリード。
なんて歌を子供に歌ってるんだ、ルヴァランの権力者達は。
「ルヴァラン皇国物語の後書きや人物紹介みたいなもの」に 「くびちょんぱの歌」公開中!
皆んなで歌ってね!
※これまで一話5000〜6000文字で進めていましたが、話の流れのテンポがよろしくないように感じたので、一話3000文字前後でいってみたいと思います。
読み応えがなくなってしまうかな?
丁度良い文章量って難しいなあ。




