睡蓮の騎士 04
配属は希望通り南宮の警備、皇族の警護に決まった。レオンハートは小躍りして喜んだものの。アルティリアの側に就く事はなかった。
「何故?」
しかも何かと討伐やら遠征に駆り出される。確かに、他の部隊の助っ人をすることなど騎士団では多々ある。しかしながら、レオンハートは南宮での警備よりも、皇都外へ出向く方が多かった。本日も皇都より近い森で魔物討伐である。せめてこのフラストレーションを晴そうと、囮役を買ってでて、バサバサと魔物を叩き切る。
「あれがダーシエの」
「なるほど特殊訓練部隊出身は伊達ではないか」
レオンハートの不満とは裏腹に本人の評価は上昇していった。
「ダーシエ卿、異動してくる気は……」
「光栄です!ありません!」
隊の人間に度々勧誘されるが全て断っている。
討伐部隊は帰還の際、皇都を通過するので、街の人間からは英雄視されている。見栄えのするレオンハートは若い女性から注目を浴びているが、その視線がまた鬱陶しい。
「あの騎士様、素敵ねぇ」
「こっちを見てくれないかしら」
「でも、表情怖過ぎない?」
何がそんなに嫌なのか?
街の女の子達は仏頂面の美形騎士と話していた。
騎士ともなれば視線や周囲の動向に敏感なものだ。レオンハートも当然、周りの気配を把握する能力に長けている。そのため、騒がれても絶対に無視を決め込んでいた。
「あの!金髪の!騎士様!す!て!き!」
どれだけ、アピールされても視線を送ることさえなかった。時折、どうにかレオンハートと接触しようと、大声を張り上げながら、付いてくる猛者もいた。
「……レオン、お前の事じゃないか?」
騎乗の騎士に必死に喰らい付こうとする女性に哀れみを感じたのか、士官学校時代の同期がレオンハートに声をかけた。
「知らね」
「お前、相変わらずだな」
「麗しいわあー!お声がけいただけないかしらあー!」
皇宮付近まで走る体力があるなら、もっと有益な事に励めばいい。
「よう、レオン。休憩付き合えよ」
皇宮まで共に帰還した士官学校の同期の男は現在、準騎士として中央師団に所属していた。中央師団は魔物討伐以外にも皇都を中心に治安維持なども行なっている。中央師団本部は皇宮に隣接しており、皇宮との行き来が多い。
「お前が皇宮に来るまでの様子?確かにレオンより、早く配属が決まったけどさ。一年弱しか変わらないだろう」
休憩がてら、皇宮での出来事や人間関係など聞いてみた。
「第三皇女殿下は第二皇子殿下だけじゃなくて、皇族の皆様に可愛がられてるぞ」
「まあ、そうなんだけどさ」
四年前のフェルディナンドとアルティリアは全然違ったんだよ。姫君に関わることは何でも知っておきたい。この四年間に何が二人の間にあったのか。
「ああ、でも、俺、レオンに謝りたいと思ってたんだよ」
「何だよ」
不意に同期の男は神妙な面持ちになる。
「俺の初恋はマドリアーヌ様に捧げてるんだ」
皇国社交界の花となった第一皇女マドリアーヌ。今年、アークライド公爵との婚姻をすることとなった華やかな貴婦人。
レオンハートはアルティリアの部屋に巨大な蜘蛛のぬいぐるみを抱えて現れた姉姫を思い出した。あの妹思いのお姫様も御結婚か。月日の流れは早いな。
「だから、お前がアルティリア様、アルティリア様って言ってんのをサッパリ理解出来なかった。何なら、ロリ……」
「おい」
「ごめんて。聞けよ。俺、配属直後、上官の遣いで皇宮の大図書室まで行った事があるんだよ」
同期の男はそこで言葉を切り、天を仰ぐ。
「そこで第三皇女が読書されていて」
「アルティリア様が何だよ?どうしたんだよ?」
窓から落ちる柔らかな陽の光の中、静かに本の頁をめくる少女がいた。あまりの可愛らしさに、動揺した男は側を通る瞬間、椅子にぶつかり小さいながらも物音を立ててしまう。その音に第三皇女は顔を上げると。
「俺に向かってニコッって」
「ああ?」
「天使のような微笑みを」
同期の男は心臓を弓矢どころか槍で打ち抜かれたと言う。
「こういうことかあー!って分かった。今まで、気持ち悪いとか思ってて、すまん!」
「斬る」
「何でだよ!仲間だろ!」
「俺のは忠誠心。お前のは違う。アルティリア様の素晴らしさは容姿だけじゃないからな。大陸公用語以外に、もう二カ国語も勉強されてて、個人領の経営も熱心に取り組んでるんだ。医療や慈善事業にも興味があって、皇后様や姉姫様方とご一緒に活動されてる。ご立派だろう。それから最近ではピアノの他にマンドリンとチェロを習い始めたんだ」
「マンドリンとチェロは知ってますぅ」
「斬る」
「やめろって!」
アルティリアとは距離は近いが接点はない。そんな日常を過ごしていると、出たくもない狩猟大会に駆り出される事となる。
「見学席の警備がいいです!未成年皇族のそば!」
「ダメ、皇太子殿下の部隊に付いていけ」
上官に頼んだが却下された。辛い……
狩猟大会は他国では貴族の遊びのような祭りであることが多いが、ルヴァランでは神事の一部である。それぞれの貴族家の代表が参加し、獲物を主神が祀られた皇都大神殿に捧げるのだ。
当然皇族も参加する。今年は皇太子ジークフリードと第二皇女カトレアナが参加するという。
ルヴァランの漆黒の若獅子ジークフリード。特殊訓練部隊でも見ていたが、本人も周囲も一騎当千だ。
「絶対、俺なんか必要ないだろ」
しかも狩猟大会は面倒な習慣がある。狩に参加する騎士達の無事を祈り、家族や親しい者が手製の御守りを作成し、彼らに渡すのだ。そんな事は身内で勝手にやってくれればいい。しかし、何故かそこにロマンチックを見出した女性達は、意中の人間に渡そうとする。そして若い騎士達も可愛い女性からの御守りを期待している者も多い。それがきっかけになり恋人同士になる者達もいるのだ。
レオンハートは皇宮内で非常に目立っていた。10代での叙任。ダーシエの後継者候補最上位。将来性、爵位に加えて派手な容姿。
皇宮の職員は優秀だ。空気を読むことに長けた者が多い。そうでなければ淘汰されていく。なので普段、女性達もレオンハートが恋愛に興味がないということは感じとっているらしく、安易に近づいては来ない。
しかし狩猟大会に関しては別だった。そもそも御守りは相手の無事を祈って用意されたもの。こればかりは相手が既婚者であったり、婚約者がいても贈っても良い風潮がある。
それでも思うのだ。知り合い同士でやってくれと。
下手に受け取って、友人に昇格したと思われても面倒だ。
そのためレオンハートは、女官や侍女が多い回廊を通り際、とてつもなく速いスピードで歩く。令嬢やご婦人はとてもではないが追いつかない。
「あのっ……」
今日も若い女官が呼び止める前に、レオンハートは遠く過ぎ去っていった。
一方、狩猟大会を目前にアルティリアは困っていた。
「フェル兄様は狩猟大会は参加されないのでしょう」
ジークフリードとカトレアナが狩猟大会に参加すると聞き、母に作り方を教わって二人に御守りを作ったのだ。何度も紐の編み方を練習し、本番に挑んだ。ジークフリードには黒を基調とし、アクセントに紫の紐を組み込み、オニキスの飾りを付けた。カトレアナは瞳が淡い紫なので、ラベンダーを基調にし、カトレアの花の小さな飾りを付け、女性らしい意匠に仕上がった。
アルティリアは刺繍やレース編みなど、細かい作業が得意だったので、御守りも非常に上手くできた。
喜んでもらえたら嬉しいなと思って、家族が揃った晩餐で二人に手渡そうとすると、フェルディナンドが拗ね始めたのだ。
「リア。この二人は、他にも大量に貰ってるから、わざわざリアがあげる必要はないよ」
なんなら兄と姉から横取りしようと企んでいる。
「いるわよ。とっても可愛い御守りだわ、ありがとう、リア」
「毎年カトレアナ姉上はファンの女性から大量に貰うでしょう。兄上だって奥方に貰えば十分だ」
「いや俺も貰うぞ!よくできてるな!素晴らしい!フェルよ、お前も欲しければ参加するがいい」
フェルディナンドは体を動かすことが好きではない。頭脳労働派であった。しかも、狩猟大会の際、アルティリアと離れる時間があるのなら、見学席で一緒に過ごした方が良いと判断した結果だった。
成人すれば、男性皇族は嫌でも参加しなければならない。しかし、まさかアルティリアが手製で御守りを作成するとは。なんと器用で優しい子なのだろう。やっぱり欲しい。今、欲しい。来年まで待てない。
「これから部隊を編成するのは間に合わないわ。フェルの参加は来年になさい」
と母は言う。裏の意味は「我儘を言って、みんなを困らせるんじゃない」だ。
母であるフローリィーゼのおかげで、無事にジークフリードとカトレアナに御守りを渡せて、アルティリアはホッとしたが、悩ませることがまだある。
御守りはもう一つ作っていた。レオンハートへのものだ。
仲良しだったレンが騎士として皇宮に戻ってきて、随分と経ったが、あまり関わることはなかった。
「お話したいことが沢山あるのにな」
全然会えなくて、とても寂しい。しかし騎士として叙任されたレオンハートは南宮の警備だけでなく、討伐や遠征など、とても忙しそう。もう遊び相手ではなくなったレオンハートをアルティリアの我儘で呼び付けることなど以ての外だ。
しかし、かつてアルティリアの遊び相手で、現在は侍女見習いをしているレネが教えてくれた。レオンハートがジークフリードの部隊に同行すると。
ならばと思い、レオンハートの御守りも準備した。淡いブルーに金の紐を組み込み、ラピスラズリを飾っている。こちらも、とても上手にできた。レネも他の侍女達もいっぱい褒めてくれた。
けれども渡す機会がない。アルティリアは気持ちが沈みがちな日々を過ごしていた。
狩猟大会を三日後に控えた日、本日もレオンハートは脇目も振らず回廊を突き抜けようとしていた。しかし、その日は違った。定番のネチッとした視線とは別の気配を感じる。
視界の端で確認すると、かつてのアルティリアの遊び相手の一人であった少女だ。名前はレネ・クレール。彼女はレオンハートと視線が合ったことを確認すると南宮の方へと向かう。
何かあると感じたレオンハートはレネを追った。
「ダーシエ卿、ここです」
レオンハートが追い付くと、レネは人通りの少ない庭園の隅にいた。
「お久しぶ……」
「アルティリア様に何か!?」
「いえ、お元気にしてらっしゃいますよ」
レネはこの人、変わらないなと呆れた。せめて挨拶しましょうよ。
皇宮内で中々の人気だと聞いているが、レネは、この男がアルティリアに巨大な感情を持ってることを知っていた。その思いは忠義が主だと判断しているが、とにかく姫君が一番!という男なので、悪い人間ではないが、レオンハートを恋人になんて、考えられない。
「良かった、何かあったのかと。では、何の用です?」
切り替え早いな。とは言え、レネも注目の騎士様と密会でもしてると誤解されたらたまったもんじゃないので、さっさと用事を済ますことにした。
「これを」
ビロード素材でできた深い藍色の小さな袋を手渡す。
「アルティリア様のお手製です。あ、もちろん巾着ではなく中身の事ですよ」
一生の宝にするがいい。
レネもアルティリアに巨大な感情を持っていた。初めて出会った時の愛らしさに利発さ。この小さいお姫様に一生尽くしたいと思っている。
我が主人がせっかく作った御守りを渡せず、悩んでいるならば、何とかしたいと思う。なので、レネがこうして、こっそりと渡しに来たのだ。
そんなレネは皇宮に戻ってきたにも関わらず、アルティリアを放ったらかしにしてるレオンハートに少々腹が立っていた。面会の希望とか出せよ、気が利かないな。これだから同世代の男達はお子様なのだ。
レネをはじめ、アルティリアの遊び相手の令嬢達は10歳前後で、超の付く優秀な男性が集まる皇宮で過ごしていたので男を見る目がとても厳しい。
「では、ご武運を」
レネはそう言うと、さっさと南宮へ戻った。ちゃんと渡せましたよと姫君に伝えに行こう。
「いけない、中身見た時の反応を確認してなかったな」
でも、きっとレオンハートなら大喜びだ。
「生きてて良かった!」
レネの想像通りレオンハートは喜びに打ち震えていた。袋から出てきたのは、狩猟大会への出場者へ贈られる御守りであった。
美しい青に、金の紐が組み込まれ、小さなラピスラズリが施されている。レオンハートの色が使われたそれは自分のために準備されたものだと分かる。
しかも「アルティリア様のお手製です」とレネは言っていた。
幸せを噛み締め、アルティリアの御守りを携え、狩猟大会へ参加したレオンハートは、きっちりと大型魔物を獲る。皇太子の部隊に同行する騎士として恥ずかしくない成果を出した。
アルティリアが9歳になった年、第三皇女の護衛騎士の選考が始まった。一年間の長期に渡り、書類選考、面接、実技、様々な面から評価される。
「俺のお姫様は御立派に育っていくなあ」
ルシアム男爵令嬢との茶会の後、無礼な貴族の処罰を悩むアルティリア。友人の幸せと皇族として最善の判断を導こうと努力する姿はもう子供でない。
選考結果が発表されるのはもうすぐだ。
第三皇女の護衛騎士の希望者は、自薦他薦共に殺到した。10歳を目前に才女の片鱗を見せるアルティリアは国内外からも注目されている。姫の希望も考慮されるが、それだけで決まる事はない。
選考会議は騎士団関係者以外にも、皇帝、皇太子、そして第二皇子も参加している。
「レオンハート・ダーシエは経験不足では?」
フェルディナンドは自分よりもたった二歳しか年の変わらない若手騎士に懐疑的な意見を出す。
「実力は申し分ない」
答えたのはジークフリードだ。
幼い頃にアルティリアのそばに控えていた少年、期間は一年と短かかったが、皇女への忠誠は本物であったと感じていたし、それは現在も続いている。
特殊訓練部隊での任務や狩猟大会でも観察していたが、いずれルヴァランで名を馳せる騎士の一人になるだろう。場合によっては、皇国を越え、大陸にもその名は知られるかもしれない。
「皇女は本格的に個人領の経営に携わりたいと言っているからな。移動も多くなる。戦闘能力の特出した騎士は側に付けた方が良かろう」
皇帝である父が賛成してしまったら決まりだ。フェルディナンドは不機嫌な感情を隠して了承する。
「では、他にウォルト・ナイトレイ、ロゼッタ・ハリスの計三名でよろしいですか」
皇宮の警備、警護を行う近衛騎士団の団長の言葉で、第三皇女の専属護衛騎士三名が決定した。
その日、ダーシエ家に届いた薄い紫の封筒。封入されていた上質の用紙にはこう書かれている。
“レオンハート・ダーシエをルヴァラン皇国第三皇女アルティリア・スェテラ・ルークァス・ルヴァランの専属騎士に任命する”
皇帝の署名とその後に玉璽による押印があった。
「やった……」
アルティリアと出会って8年。
レオンハートはとうとう姫君を守る権利を得ることが出来た。
ただし、これが終着点ではない。彼らの物語の始まりだ。
専属護衛騎士となった騎士には、鞘に装着するタッセルが渡される。それには主人の個人紋章が施された金の飾りが輝いている。
彼らは「睡蓮の騎士」と呼ばれ「睡蓮の姫君」を守り続けるのだ。
睡蓮のお話はこちらで一旦終了です。
今後は10歳のアルティリアのお話に
なります。よろしくお願いします!
【ルヴァラン皇国物語の後書きや人物紹介みたいなもの】にあれやこれや、また、書いてますので、お時間のある方は遊びに来て下さいな。




