睡蓮の騎士 03
レオンハートが訓練に明け暮れている間に、皇族専属騎士の選別基準が厳しくなっていた。より皇族の安全を考慮するべきとの意見が出たらしい。だが、同時に選別年齢が引き下げられる。それはレオンハートの努力次第でアルティリアが10歳になる頃には、姫君を守る権利を得る事が出来るという事だ。
とはいうものの。
「さすがに忘れられてるだろうなぁ」
特殊訓練部隊に入隊した年、アルティリアは5歳になったはずだ。士官学校と特殊訓練部隊は家族以外とは連絡を取る事は禁止されている。ダーシエ家からアルティリアの誕生祝いなどは贈っているだろうが、貴族家が皇族に祝いの品を贈るなど当然だ。
あの日の別れから一切の関わりが絶たれてしまった。忘れられようがアルティリアを守る決意に変わりはないが、臣下心としては覚えていて欲しいのだ。レオンハートは深く長いため息を吐き出した。
「さすがに蛇も飽きたよなぁ」
ザクザクと蛇を捌いていると部隊の同期の男が声を掛けてきた。現在、危険レベルの高い魔物生息地域で潜伏訓練中である。今回、携帯食の持ち込みは禁止であるため、食料は自分達で確保する。レオンハートのため息は食事への不満だと思ったようだ。
「せめて鳥類がいいよな」
「俺はやっぱり哺乳類がいい。牛さんと豚さんに会いたいよ」
などど軽口を叩く同期達は全員が年上だ。10代半ばで、この特殊訓練部隊に入隊するのは異例のことだと言う。
「お、また手紙読んでるのか?」
部隊の一人が緩んだ顔で紙を見つめていた。親しい者からの手紙は心の支えとなるので、持ち込みは可能だ。また、それが婚約者の場合は家族の一員として、連絡が可能とされる。
「良いねぇ、婚約者持ちは」
「何て書いてあるんだ?」
「幸せを分けろ、仲間だろ」
などと囃し立てられていた。レオンハートは婚約者など絶対に欲しくないので興味はない。
たわいも無い会話の話題になるのは、大抵、食べ物か女の話だ。それは高位貴族だろうが、下位貴族だろうが、平民だろうが、大きく変わらない。
「別に大したことは書いてない」
「何でもいいから教えろよー」
手紙を読んでいた男は何か言わないと、ずっと話題の中心になってしまうと感じたらしく、少し考える素振りを見せる。当たり障りのない内容を思い出しているのだろう。
「あー……末の皇女殿下の個人紋章が“睡蓮”に決まったとか何とか」
「マジで!?」
皇族は五歳頃になると、ルヴァラン皇国の紋章とは別に個人で使用する紋章の意匠を決める。男性皇族は動物、女性皇族は花が採用されることが多い。また、その種類は本人の希望も強く反映される。
「な、なんだよ、レオン」
「手紙見せて!」
「嫌だ!絶対!」
アルティリアが「睡蓮」を個人紋章に選んだ。別れ際に、また一緒に睡蓮の池に行こうと約束したことを、きっと姫君は覚えている。レオンハートはそう感じた。
「ちょっとでいいから!」
「分かったから、蛇とナイフを下せ!」
また個人紋章が決まった皇族は、その意匠に例えられる事も多く。アルティリアは「睡蓮の君」や「睡蓮の姫君」などと呼ばれるだろう。
レオンハートのやる気は膨れ上がった。
「何で第三皇女殿下なんだ?」
「お前、ロリ……」
「蛇、生で食わすぞ!」
士官学校では有名であったが、レオンハートのアルティリア狂いは特殊訓練部隊でも知られることとなった。
「なんでだよ!皇女殿下に忠誠誓っちゃ悪いかよ!」
「分かった!俺が悪かった、蛇を下せ!」
この頃、すっかり成長したレオンハートは、20代の男性相手でも簡単に組み伏せられるようになり。
「頭の部分は嫌だー!んがあ!」
少女趣味という言葉を発した男達の口に蛇やトカゲなどを突っ込むことは容易かった。
「せめて焼いてくれー」
「自分で焼けよ」
レオンハートは先輩だろうが年上だろうが、容赦はしない。このように仲間達との結束は深くなり、訓練は進んだがレオンハートがどうしても苦手な事があった。
諜報活動である。
その容姿を利用すれば簡単だろうと、同期達は口々に言う。
「顔でたらし込め」
「嫌だ」
「笑ってみろ、ほら、俺を第三皇女殿下だと思って」
「俺のアルティリア様はそんなむさ苦しくない!」
「失礼だな!」
レオンハートは色恋を絡めた行為が全く出来なかった。しかし諦めることなく試行錯誤した。髪を茶色に染めて、前髪で顔を見えにくくし、猫背で身長を低く見せる。野暮ったい男の出来上がりだ。この状態で、人懐っこい振る舞いをすれば、気の良い男に見えた。
「まあ、大切なのは目的達成だからな」
どうにか教官からもお墨付きを貰えた。こうしてレオンハートは普通の男に変装する技を身に付けた。
とは言え、呑気に軽口を叩ける時は良い方だ。陸海の魔物の生息区域だけでなく極寒の雪山、一触即発の国境地帯。訓練は過酷を極める。
雪山での超大型魔物討伐に参加した際には、皇太子が指揮を取っていた。遠目でしか確認できなかったが、南宮で見た愉快な長男の姿はない。ルヴァランの皇族は安全な場所で政に勤しむだけではないのだ。
教官は言った。
「戦況によっては皇女殿下とて出陣する」
ルヴァランの皇族や貴族の後継は性別や生まれた順番は問われない。能力優先である。そのため女性が爵位を継いでる家もある。しかし戦闘に関しては、女性貴族が参加する事は少なく、夫や親族が出陣する。
ただし皇族はそれに当てはまらない。大規模な戦争が起きたのであれば、皇子と同じく皇女も戦場に向かうのだ。
あの小さくて優しい姫君が戦場に。
レオンハートは考えたくもなかった。
だがそのような事態になるのなら、必ずそばにいる。
「ま、戦争なんて、起こらないのが一番だ」
などと教官が少し砕けた口調で言うと、訓練生の一人が聞いた。
「それは騎士としてどうなんですか?」
「手柄なんぞより、嫁と娘と飯食う時間が欲しいよっ!」
教官は笑いながら大型魔物をぶった斬る。昆虫型の魔物は酸を吐きながら絶命した。
「早く嫁さんと娘に会いたいなぁ」
「分かります」
「レオン、お前、独身だろ」
そして、長い長い訓練期間と、10ケ月間の出向期間が終わった。レオンハートが厳しく長い特殊訓練部隊入隊を希望した理由は、士官学校の教官からの推薦を受けたからだけではない。この訓練を終えれば、準騎士を飛び越え騎士に叙任されるのだ。
皇都へと戻った時にはレオンハートは17歳となり、アルティリアも7歳の誕生日をとっくに迎えていた。
そして叙任式が、本日皇宮で行われる。
騎士となる者の多くは20歳を過ぎており、30歳に近い者もいる。10代での叙任は前例がない訳ではないが、非常に珍しくレオンハートは注目を浴びる。
皇帝アレクサンドロスを前に忠誠を宣言し、レオンハートはルヴァラン皇国騎士団の騎士となった。
終了後、式典会場の外へと出ると、叙任された騎士の親族で溢れている。
「長かったなー……」
「そうか、思ってたより、早く終わったと思うぞ」
レオンハートの呟きに答えたのは特殊訓練部隊での同期だ。歳は5歳上で、魔物に襲われてようが敵に襲撃を受けてようが、延々と話している、ある意味で肝の据わった男だ。彼はレオンハートの言葉が叙任式の事だと勘違いしたようだ。
「レオンはこれから、どうする?」
正式な配属が発表されるのは明日からなので、叙任式の後は自由時間だ。家族が来ている者達はレストランに行くか、家に帰り、自宅で祝いでもするのだろう。寮に入るものは荷解きなどをする。
「俺は少し皇宮を見てから帰るよ」
南宮には行けないが、久しぶりに皇宮を歩こう。自分のいない間に、この皇宮で、アルティリアはどう過ごしていたのだろうか。顔見知りの者に出会えれば姫君の様子を聞けるかもしれない。
「そうか、じゃあ……ん、なんだ?」
同期と話してると、周囲の人間たちが大きく騒めき、人だかりが割れた。そこに視線を向けると三名の侍女を連れた子供がいる。
美しい少女だった。
一目で高貴な存在だと分かる。幼いながらも圧倒的な存在感を周囲に放つ。
腰まで伸びた艶やかな黒髪は白いリボンが編み込まれ、リボンと同じ素材の白く可愛らしいドレスに身を包んでいる。歩くたびに、純白の睡蓮を思わせるようなドレスがふわりと揺れる。
誰かを探しているようで、周囲に視線を走らせていたが、少女の長いまつ毛に縁取られた深いアメジストの瞳がレオンハートの姿を捉えると、花が綻ぶような微笑みが浮かんだ。
「レン?」
レオンハートの心臓がどくりと鳴る。
「レン。レンでしょう?わたくし、アルティリアよ。覚えてくれているかしら?」
忘れるわけがない。
貴女に会うために騎士を目指したのだから。
「お久しぶりで御座います。アルティリア様」
レオンハートは姫君の前に行くと膝をついた。
「騎士に叙任されたのね。素晴らしいわ、おめでとう」
鈴のなるような可愛らしく美しい声だ。
「もう、ダーシエ卿と呼ばなくてはいけないわね」
ちゃんと家名も覚えてくれている。
「いえ、レンと。どうか、レンとお呼び下さい」
「ありがとう、レン」
アルティリアは嬉しそうに笑う。
「戻ってきてくれて、嬉しいわ。おかえりなさい、レン」
ああ、報われた。4年10ケ月の訓練が、これまでの全てが報われた気がする。
「はい、レンはアルティリア様の元に戻って参りました」
アルティリアは自然に手を伸ばす。まるで二歳の頃のように。レオンハートは、その当たり前のような仕草に、たまらなく幸せを感じた。
だが、もう遊び相手でもない自分が、皇女殿下であるアルティリアを抱き上げて良いのだろうか。
一瞬、躊躇した。
しかし……喜んで!
迷いよりも嬉しさが勝った。
二歳のアルティリアは自分が抱き上げると、首に手を回してギュッと体を寄せてくれていた。久々だが、是非そうしてもらおう。
ところが、レオンハートがアルティリアに触れようとした瞬間、姫君がふわりと浮き上がる。
驚いて視線で追うと、黒髪の美しい青年がアルティリアを抱き上げていた。漆黒の髪に紫の瞳。この色を持つのは皇族だろう。
年齢的にみて、第二皇子のフェルディナンドだと分かる。姫君は突然背後から抱えられたので、驚いた声を上げた。
「フェル兄様!?」
第二皇子で正解だったようだ。それにしても「フェル兄様」とは。愛称で呼ぶほど親しいのか。
「可愛い可愛い私のリア。兄様を迎えに来てくれたのかい?」
そう言って、フェルディナンドはアルティリアの柔らかな頬に唇を寄せた。ベタベタし過ぎじゃないか?
確かフェルディナンドも叙任式に出席していた。皇族としての公務だろう。レオンハートは騎士としての礼を執る。
少々意外だった。4年前、フェルディナンドはアルティリアと殆ど、いや、一切関わりがなかったはずだ。そのはずなのに、どうした、これは?
「リア、騎士達はこれから、それぞれ家族と叙任のお祝いをしたり、挨拶周りをしたりと忙しいのだよ。彼らにも予定があるからね、呼び止めてはいけないよ」
それからレオンハートはしっかりと感じ取っていた。フェルディナンドは完璧な皇子の笑顔を浮かべているが、自分に激しい敵意を向けていることを。
「そうなの?わたくし、お邪魔してしまったのね」
アルティリアはしょんぼりとした声を出した。全然、邪魔じゃないんですが。むしろ、もっと積もる話がありますよ。
「レオンハート・ダーシエだね?私はリアの兄のフェルディナンドだ。その年齢で叙任とは大したものだ。これからもルヴァランに尽くしてくれ」
一介の騎士であるレオンハートはそれに対して「は」と臣下らしい返事をするほかなく。
「さあ、行こう。今日の昼餐はリアの好きなサーモンのパイ包みを準備させたよ。お茶の時間にはタルトタタンを用意させるからね。一緒に食べよう。茶葉は以前リアが気に入ったと言っていたブレンドティーだ。兄様は午後は予定がないから、今日はずっとリアと過ごせるよ。図書館で本を読みたいかい?それとも乗馬でもしようか、兄様が乗せてあげよう。そうだ、今異国の商人と交易の話をしてるんだが、中々興味深い品があるんだ。南宮に呼ぼうか。兄様がなんでも買ってあげるよ」
「兄様、学園に行かなくてよろしいの?」
アルティリアが連れ去られるのを黙って見ているしかなかった。
ところがフェルディナンドに抱き抱えられたアルティリアは兄の肩越しから、自分に顔を向けると言葉を発さずに口を動かした。
“ま、た、ね”
幸せだ!皇宮に戻って来れて本当に良かった!
「驚いたな。あの方が第三皇女殿下か。皇后様も、姉の皇女殿下方もお美しいからな。そりゃ、そうだよな。でもまだ7歳だろ?7歳であんな……10年、いや7年たったら、とんでもない事になるぞ」
レオンハートが幸福感を噛み締めてると、また、同期の男がベラベラと話し始めた。
「あんな方に“覚えているかしら?”なんて言われたらなあ」
「俺だからな」
「叙任されて“素晴らしい”って、“おめでとう”って。たまらんなぁ」
「俺が言われたんだからな」
「“戻ってきてくれて、嬉しい”なんて、なぁ。生涯捧げるわ、あー狂った。俺の人生計画狂ったわ」
「だから、全部、俺が言われたんだぞ。お前は予定通りの人生を送ればいい」
「でも、俺もクレイトンだから“レン”って……冗談だ!殺気向けるなよ!悪かったよぉ、レン君」
「俺が“レン”だが、お前は“レン”って呼ぶな!」
【少女漫画風状況解説】
レオンハート
大好きな元カノと再開したら、彼女にベタベタしてくる男がいる!誰だお前!ムカつく!
フェルディナンド
彼女の元カレが現れた!嫌いになって別れたんじゃないらしいので仲良しだ!ムカつく!
【クレイトンについて】
彼は幸福度を自力で上げる才能に長けてるだけですので、アルティリアは魅了などの能力はありませんよ。




