青の呪い 09
この時期のルヴァランは真夏とまでは言わないが、気温が高く日中の園遊会には向かない時期だ。夏に行われる催し物は、一般的には太陽が沈む二時間程前に始まり、庭の装飾と日没の美しさを楽しみ、夜会へ繋げる形式が多い。
しかし、今回の交流会は昼を挟んだ時間帯に開催される。会場の庭園にはいくつもの天蓋が設置され、その中にはカウチが置かれている。また、庭園全体は心地良い気温が保たれていた。おそらく、魔術学ぶ生徒達の協力があるのだろう。強い陽の光が降り注いでいるが春のような気候だ。
「アルティリア様、お飲み物はいかがいたしますか?」
「冷たいものをお願い」
生徒の半数近くが成人しているが、学園の催し物ではアルコール類は一切提供されない。未成年者への配慮と、間違っても酔っ払って問題を起こす事のないようにという学園側の意向だ。お茶や果実水が殆どだが、季節ごとに変わるブレンドティーやアレンジを加えた飲み物があり、参加者からの評判は良い。
レネが選んでくれたレモンとライムの果実水には砕いたゼリーが加えられており、不思議な口当たりだった。爽やかな酸味と蜂蜜の甘さ、ツルンとした喉越しが面白い。
しばらくすると、ヒルデガルドとエンジュリーが背の高い一人の令息を連れて来た。誠実そうな空気を持つ眼鏡をかけた青年だ。
「ごきげんよう、ヒルデ、エンジュリー」
彼女達はアルティリアに挨拶をすると、その令息を紹介した。三学年上の彼は、二人の遠縁の青年で魔術関係を学んでいると言う。
「主に研究に従事しております。どうかお見知り置き下さい」
「確か、魔力効率の良い野外温度調節用の魔道具が開発されていると、以前、エンジュリーが話していたけれど」
「はい、この度の交流会で魔道具の開発と提供をさせて頂きました」
「素晴らしいわ、まるで優しい木漏れ日の中にいるみたいよ」
学園の催し物は学生達の成果を示す機会でもある。この魔道具が一般活用されるようになれば、夏の社交会も変わるだろうし、使い方によっては遠征などで騎士団でも活用されるかもしれない。
「広範囲に継続的に使用できれば、農業にも利用出来そうね」
このように優秀な貴族子女達と親睦を深めるのが交流会の目的だ。ヒルデガルド達の後にはケイトが再従兄弟の青年を紹介してくれた。彼はボルドー一族の中で、物流関連の部門を行う家の出身との事で、鍛えられた体躯の持ち主だった。交流会の後でナイトレイ達が「筋は悪くなさそうだ」と話してしたので騎士を目指したとしても可能性があるかもしれない。
また、その後は顔見知りになった同学年の女子生徒達が、兄弟や親戚を伴って挨拶に来る。アルティリアは男子生徒とは関わりが少ないため、この場で顔繋ぎを求める者が多数いるであろうと予想はしていた。
学園はあくまで学びの場である。通常の学園生活で、無闇に上位の者と繋がりを求めるのは、ここルヴァラン皇国立学園では無作法と言えた。特に異性間の交流は安易には出来ないというのが生徒達の共通認識だ。恋愛は禁止事項ではないが、逸脱する者には厳重な注意があり、悪質な場合は罰則もあり得る。異性間で人脈をつくるには非常に繊細な振る舞いが必要だ。
幾人かの令息と話していると、彼らは「ご挨拶されたい方もおられるでしょうから」と言ってその場から離れた。
ざわめきの中にいたのは、青みがかった銀色の髪の少女。その顔立ちは一年ほどしか経っていないが、随分と幼さが消えてしまった。ほんの少ししか関わる事はなかったが、深海を思わせる群青の瞳に懐かしさを覚えた。
「お久しぶりで御座います。アルティリア皇女殿下」
メールブール王国の未来の君主、テティス王女。
王女の周辺には数人の子女の姿がある。恐らくは、未来の女王の側近と王配候補だ。テティス王女の婚約者が決まったという話はない。まだ、情勢が安定しておらず、令息達の能力も審査されているのだろう。
王配候補者の中で抜きん出ているのは、人好きのしそうな顔に柔らかい微笑みを浮かべている青年だ。彼はテティスよりも二歳歳上で、メールブールの宰相の子息アンリ。しかし彼は昨年の騒動により罰せられた元王太子トリトスの側近ヴェントの弟であった。いくら優秀だとしても、他の候補者よりも評価は厳しく見られているだろう。
「やっと、お会い出来ましたね。嬉しいわ、テティス王太女殿下」
テティス自身も、アルティリアが帰国した後、正式に立太子するまで骨を折ったと想像出来る。手紙のやり取りはあったが、そのような気配を微塵も感じさせなかった。だが、せっかくの再会だ。労いの歓迎をしたい。昨年の別れの際に、案内すると約束した皇都の商店や劇場、ヒルデ達に教えてもらってお勧めの素敵なカフェも見つけた。そんな事を感情のままに会話を始めたいところだが、保護国の後継者は、ここ学園の生徒達を通して皇国貴族に見定められる。アルティリアがテティスの邪魔をしてはならない。
「ルヴァランはいかがかしら……?」
アルティリアが慎重に話題を考えつつ口を開きかけた時、右側から影が差しこむ。見上げるとレオンハートの背中があった。その視線の先には、無作法に近付いてくる一人の男子生徒。
制服は着用しているが、学園内では見かけない顔だ。緩くウェーブがかった金髪にどこか女性的な甘さのある顔立ち。特に印象的なのは翡翠を思わせる瞳のそばにある泣き黒子。
「これ以上は、お控え下さい」
彼はレオンハートの言葉にほんの少し目を見張った。受け入れられない事に真底驚いているのだと分かる。優遇されて当然の人生を歩んできたのだ。彼は貴族ではない、王族だ。今期、留学してくる王族はテティス王女以外には一人だけ。
キアンヒュドリオン王国ネファリオ王子。彼の熱を帯びた瞳がアルティリアを捉えた。
これは、とても、とても、いけない。
ネファリオ王子はこの状況を分かっているのだろうか。このまま二人の会話に割って入れば、アルティリアだけでなく、テティスへの無礼にもなってしまう。彼の側に控えている騎士は王子を止める様子はなく、それどころかレオンハートへ怒りの表情を見せていた。この主従は同じ思考をしているようだ。
しかし学園の交流会とはいえ、ここで国際問題など起こさせてはいけない。
「テティス殿!茉莉花のお茶をお飲みになった事はございますか?」
そうなるとアルティリアには戦略的撤退しか道はない。
「え?い、いえ御座いませんが……」
テティスもネファリオの動向に気付いており、突如として話題を変えたアルティリアに戸惑いを見せた。
「とても香りの良いお茶なのです、是非召し上がって頂きたいの、すぐにサロンに準備させますわ」
生徒達が固唾を飲んで見守る中、努めて明るく、声を張り上げる。だが、周辺にいる目敏い者は、皇女がメールブール王太女を侮辱から守ろうとしている事に気が付いていた。また、その中にはテティスも含まれる。メールブール王太女はルヴァラン皇国第三皇女に合わせて、殊更、愛らしく微笑んだ。
「まあ、それは楽しみですわ」
「さ、参りましょう」
コロコロと少女らしい笑い声をたてながら二人の姫君は庭園を後にする。
しかし、察しの悪い者がいたようで……
「アルティリア様!」
皇女の思惑は崩れさったのだった。




