恋人の幼馴染がある日から中二病を患った。
高校に上がって一ヶ月くらい経ったあるうららかな春の日のことだ。
幼馴染で恋人の雪菜が唐突に姿を眩ませた。
俺たちは必死に街中を探したが見当たらず、警察に届け出たりもした。
三日間、寝ずに探し回っても見当たらなかった。
のに、三日後、気がついたら俺たちが同棲している部屋に戻ってきていた。
俺はホッと安堵のため息をついて雪菜に声をかける。
「今までどこに行ってたんだよ? メチャクチャ探したんだぞ」
そう言いながら俺は彼女に近づこうとして――。
「ダメですッ! 近づかないでください!」
いきなりそう叫ばれてしまった。
そのことに、俺は何かしてしまったのか。
だから彼女は消えたのかと思った。
しかし彼女の続く言葉で俺は呆気にとられる。
「私は――もう人間じゃなくなってしまったのです! ほら、今もまだ右手が疼いています! この力は誰にも抑えられないのです!」
な、なんか中二病になってる……。
一体どういう状況だ、これ。
「人間じゃないって……どこからどう見ても人間じゃないか」
「違います! 闇の魔術が私の右腕に取り憑き、今もまだ暴れようとしている。魔王ガラフィスの魔力は強大すぎて私にも制御しきれないのです。今近づかれたら、何をしでかすか分からないんですよ!」
……ヤバい、本格的に中二病だ。
恋人が中二病を患ったケースというのはあまり聞いたことがなく、どう対処すればいいのか困惑してしまう。
俺はすかさず現代の知識の宝庫、インターネットの知恵袋を開いてみた。
『恋人が中二病になってしまった場合、どう対処すれば良いですか?』
そんな質問をしてみると、すぐさま答えが返ってくる。
『私も中二病を患っていたから分かるのですが、こう言う場合はちゃんと乗ってあげると喜ばれますよ。場合によりけりですが、恋人でしたら仲間的な役割が良いと思います』
なるほど、雪菜の仲間をロールプレイすれば良いんだな。
それなら得意だ。
何せ数多のゲームをプレイしてきた俺だからな。
「……雪菜」
俺はわざと俯き加減で表情を隠しながらポツリと言った。
「ど、どうしたのですか、急に?」
いや、それはこっちが聞きたいが。
と、待て待て、今はロールプレイが優先だ。
「お前の苦しみはよく分かる。闇の魔術……それは確かに恐ろしく打ち勝つのは容易くないだろう……」
「も、もしかして、徹君って……」
「そう。苦しんでいるのは雪菜だけじゃない。俺だって昔、闇の魔術を食らい、それを退けてきた経験がある」
俺が言うと、雪菜は大きく目を見開いた。
「それは、本当なのですか……?」
「ああ、本当だ」
雪菜の問いに俺はしっかりと頷く。
すると彼女は納得したような表情でこちらを見てきた。
「なるほど……向こう側でとある大英雄の話を聞きましたけど、それは徹君の事だったのですね……。ということは、貴方も超大陸アベルの人々のために強大な闇の魔術師たちと戦い、そして勝利を収めてきたのですね……」
しみじみと言う雪菜を俺はただ言葉もなくジッと見つめるだけだ。
どうだ、結構雰囲気を演出できているだろう。
雪菜も心なしか安心しているというか、嬉しそうだ。
「それで、闇の魔術を払うにはどうすれば良いんですか……?」
ぐっ……来てしまった、恐れていた質問が。
その答えはもちろん用意していない。
「まずは……そうだな、心身をともにリラックスさせることだ。そうしないと闇の魔術には対抗できない」
俺が言うと雪菜はなるほどと頷いた。
「確かに魔術を使う際にメンタルというのはとても重要になっています。流石は徹君です。魔術のことも理解しているし、とても冷静で頼りになります。――それで、リラックスさせるにはどうすれば良いでしょうか?」
こうなったらもうやけっぱちだ。
なるようになれ!
「リラックスさせる方法はいくつもある、瞑想や、ストレッチなんかがそうだろうな」
「それだけで良いんですね……。ではまずはストレッチから始めたいと思います」
そう言った雪菜はさっそくベッドの上で身体をほぐそうとしていく。
しかし上手くいかないのか、右腕を押さえていった。
「くっ……やはり右腕が疼く……。闇の魔術が対抗しようとして暴れます!」
マジかよ、闇の魔術そんな対抗しようともできるのか。
俺は思わず焦って素に戻ってしまった。
「そ、それだったらどうすれば良い……?」
「お願いします。ストレッチを手伝ってください」
「手伝う?」
「そうです! 腕を固定させ、背中を押したり、足を広げるのを手伝って欲しいのです!」
な、なんて破廉恥な……。
でも俺たちは恋人同士だ。
それくらいは別に構わないだろう。
「じゃ、じゃあ、行くぞ……」
俺は雪菜の腕が動かないように手首同士をガムテープでグルグル巻きにしながら言った。
背徳感がヤバい……。
しかも雪菜は真剣な表情をしていて、それが余計に居心地の悪さを作り上げていた。
「はい、お願いします」
そして俺は雪菜の背中に手を当てて、ゆっくりと押していく。
しかし何故か雪菜は苦しそうな声を上げた。
「うぐっ!」
それに狼狽えながら俺は思わず声をかけていた。
「ど、どうした、大丈夫か!?」
「ええ、平気です! 闇の魔術が反抗してきただけです! 続けてください!」
なんてこった。
闇の魔術とやらはとても反抗心が強いらしい。
それから十数分間もストレッチをしていたが、ずっと雪菜は変な声を上げていた。
……中二病ってこえー。
「どうだ、少しは落ち着いたか?
「はあはあ……はい、おかげで闇の魔術の抵抗力が落ちた気がします」
疲れた様子の雪菜だったが、ストレッチってここまで疲れるものだっけ?
おそらく運動不足がたたっているのだろう。
後でちゃんと運動はしておくように言わないとな。
「それで、今度は瞑想ですか」
「あ、ああ。瞑想のやり方は分かるか?」
「はい、何となくですけど」
そして何故か俺も雪菜と一緒に瞑想することになった。
ベッドの上で足を組んで、呼吸に意識を集中していく。
「くっ……! やはりここでも抵抗してきますか、闇の魔術!」
「頑張れ、雪菜! お前なら勝てる!」
俺は苦しむ雪菜をしっかりと励ましていた。
ここはちゃんと演技に力を入れるところだ。
雪菜の演技力は圧巻で、冷や汗までもかいていた。
凄いな、これは本物の女優になれるのでは……?
「すいません、徹君。私の手を握ってくれますか?」
「あ、ああ。分かった」
その手は何故か震えていた。
俺はそれを温かく包み込む。
「何だか安心感があります……。これなら闇の魔術にも勝てそうです!」
それからまた十数分ほど瞑想していたが、それでも勝てないらしく――。
「まだ居座りますか、この闇の魔術は……!」
「お、俺はどうすればいい!?」
何か必死になって俺は聞いていた。
それに対して雪菜も必死に言ってくる。
「もうこうなったら最終手段しかありません! 徹君、私にキスをしてください!」
「き、キスぅ!?」
いきなりすぎる。
「ど、どうしてだ……?」
「どうしてって、言わせないでくださいよ! それが一番リラックスするからです!」
な、なるほど……。
それならやるしかないのか?
「じゃ、じゃあ、いくぞ……」
「はい、お願いします!」
そして俺は目を瞑っている雪菜の唇に自分の唇を近づけた。
唇と唇が合わさり、そして――。
ポンッという音とともに雪菜の腕から黒猫が飛び出してきた。
「……え?」
「ようやく姿を現しましたね、魔王の眷属! 成敗です!」
そして空中からどういう仕組みか剣を取り出すと、その黒猫を切り刻んだ。
そいつは悲鳴を上げながら粒子となって消えた。
「……え?」
「あれ、どうしたんですか、徹君。やっと倒しましたよ、魔王の眷属!」
「……何だあれ?」
俺は不思議そうに首を傾げていると、雪菜も首を傾げて言った。
「あれ、徹君、異世界アベルに行ったのではないのですか?」
「異世界アベルって何だ?」
何を言っているのだろうか、雪菜は。
「……え?」
「……え?」
そんなわけで、俺たちはよく分からなかったし、何か問題も解決したみたいだったので、その日は眠ることにしたのだった。
ちなみにその後、ちゃんと話を聞くと――。
雪菜は本当に異世界に転生し、長い旅をして魔王を倒したと思ったら、その眷属に呪いをかけられてこの世界に戻ってきた、ということらしかった。
……なんだそれ。