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美学生 水咲華奈子Ⅲ -影の芸術品-  作者: 茶山圭祐
第3話 影の芸術品
3/4

解決編

        4


 4時限目はまだあと15分あった。

 佐々木原は金織が授業を受けている教室の前の廊下で待つことにした。この授業はいつも時間一杯やっている。何かに集中している15分と、何もしていない15分とでは時間の感覚がかなり違う。今はどうやら後者のようだ。

「お友達待ってるの?」

 聞き慣れた女性の声だった。それは自分に向けて発せられたようだ。

 爽やかな顔をした水咲がゆっくりとこっちへやって来た。それはまるで、さっきの考え事が解決したように見える。

「でも、まだ終わりそうにないね」

 水咲はドアの隙間から教室の中を覗き込んだ。

「ああ、寝てる人もいる。この授業も退屈そうね」

 水咲は振り向くとにこりとした。佐々木原は表面的に合わせる為、無理矢理笑顔を作った。

「佐々木原さんは、授業中寝たりなんてしないでしょ? さっき一緒に授業を受けてよくわかったよ。佐々木原さんは真面目な人です。どうしてあんなことしちゃったの?」

 残りの15分は早く過ぎそうだ。

「どういうことですか?」

「ごめんなさい。やっぱりわたし、佐々木原さんのことずぅっと疑ってたの。だって、状況証拠が揃いすぎてるんだもん」

 水咲はその状況証拠を指折り数えていった。

「佐々木原さんはフライドポテトとアメリカンドッグを今まで食べたことなかったでしょ、今日のお昼は豪勢だったし、お友達のお昼も豪勢だった。そして、何よりもまず絵が上手」

「…………」

「今日のお昼、各自でお金を払ったっていうのはウソでしょ? ほんとはあれ全部、佐々木原さんがおごってあげたんじゃないの?」

 水咲は顔を傾げて佐々木原を下から覗き込んだ。佐々木原は彼女と目を合わせられなかった。

「あの千円札がニセ札であること、知ってたんじゃないのかな? だから今日のお昼は豪勢だった。ってゆうか、佐々木原さんがお札を描いたんだよね? なら、知ってて当然。自分で描いたんだもん。だから、今まで食べたことのないものを食べてみたいと思うし、お友達にもおごりたくなると思うし」

 いよいよ本題に入ってきた。彼女は佐々木原が犯人であるとハッキリと断言してきた。だが、佐々木原は素直に認める気はなかった。まだ水咲の推測の域だからだ。その域から抜け出たときに、初めて水咲の真価が明らかになる。彼女は果たして、実力でサークルの会長になれたのかを。

「そんな根も葉もないことを言わないで下さい。私は本当に知らなかったんですから」

「本当に知らなかったの? ニセ札だってこと」

「はい」

 水咲は2枚のニセ札とレシートを見せた。

「この紙切れ3枚がね、佐々木原さんは嘘をついてるっていう証明をしてるの」

 水咲はその紙をヒラヒラさせて佐々木原に見せた。

「まさか、指紋とか?」

「わたしは警察じゃないから、そんなことできないよ。それに指紋が出てきても、わたしはそれ見ても何にもわかんない。でも、そんなことしなくてもわかっちゃった」

 随分と余裕がある。自分にかなり自信を持っているようだ。その証明というのを見せてもらいたい。

「このレシート見て。これ、お札に挟まっていたそのままの状態で保存してたんだけど、これ反り返ってるよね? これは何を意味しているのかわかる?」

 佐々木原の頭の水路は、このときから急に濁り始めて流れが悪くなっていた。

 反り返っている? そんなことが偽札とどういう関係があるのだろうか。

「佐々木原さん、お財布を買い替えたって言ってたよね? 2つ折り財布から長財布にしたって。それを思い出したの。このレシート、2つ折り財布に入れていたからこんなふうに反り返っているんだよね。お札もみんな、2つ折り財布に入れると曲がった癖がついちゃう。だからわたしは、使いにくいから長財布の方が好きなんだけど」

 彼女の言わんとすることがわからない。だから何だというのか? 

 佐々木原はきょとんとしていた。

「けど、この2枚の千円札は全く曲がってない。ということは、どういうことかわかる?」

「古いお財布に入れてないってことですか?」

「そういうこと」

「だからって、どうして私が?」

 意味がわからない。私って頭が悪いのかな? どうもそういった論理的な問題は苦手だ。

 水咲も首を傾げていた。別に困っているわけではないらしい。どうやって分かり易く説明しようか考えていたようだ。

「いい? 2つ折り財布から長財布にお金を入れ替えたら、お札はみんな折れ曲がってないといけないの。なのに、この2枚の千円札は折れ曲がってない。ってことは、新しいお財布に替えてから、このお札が佐々木原さんの前に現れたってことだよね? だけど、古いお財布から新しいお財布にお金を入れ替えてから今日のお昼までの間、お金は1円も入ってこなかったし、出てもいかなかったって言ってた。それじゃ、いつこの千円札が佐々木原さんの前に現れたの?」

 佐々木原は、頭の水路が徐々に躍動し始めたのを感じた。

 やはり、水咲は名探偵研究会の会長になるべくしてなった人間のようだ。それが今やっと明らかになった。

「ごめんなさい。私がお札を描きました。もう二度としません」

 佐々木原は素直に頭を下げた。何度も何度も頭を下げた。

「わたしは別に、誰かに言うわけじゃないから安心して。魔が差したんでしょ? 佐々木原さんはそんなに悪い人に見えないもん。多分、あのお友達がやれって言ったんじゃないの?」

 まさに図星だった。しかし、確かに金織は言い出しっぺではあるが、自分もやってみたいと思っていたので、それに促されて結局やってしまった自分も悪いのだ。

「悪気はなかったんでしょ? これ見ればわかるよ。ほんとに悪気があるなら、1万円札を描くもんね。はい、これ返します」

 水咲は2枚の千円札とレシートを差し出した。一体どういうつもりなのだろうか? レシートはともかく、どうしてお札まで。またこれを使って悪用するとか思わないのだろうか? いや、水咲はお札をそのように見ていなかったようだ。

「大事な芸術品なんだから、ちゃんととっておかなくっちゃ。日の当たらない芸術品だけどね。あっ、でも、お昼のお金はちゃんと払わないとだめよ」

 やがて、4時限目終了のチャイムが鳴った。金織が受けている教室も活気付き、学生がちらほらと出てきた。

 佐々木原は、最初は自分のしたことの恥ずかしさで一杯だった。しかし今は、自分の授業が終わって、さっさと水咲の下から離れようとしていた自分が恥ずかしかった。

 だけど、何て心が広くて格好いい女性なのだろうか。今までこんな女性に出会ったことはなかった。水咲には自分に持っていないものを幾つも持っていた。そして、飛びぬけた推理力と洞察力。

「あの、水咲さん。お願い聞いてもらえますか?」

 彼女は不思議な表情をしてこっちを見た。

 佐々木原は些か緊張した口調で尋ねた。

「さっき水咲さん、私とは気が合いそうって言ってくれましたよね? だから、そのぅ……友達になってくれませんか?」

 水咲の返事が返ってくるのが非常に長く感じられた。

 彼女はゆっくりと答えた。

「わたし、水咲華奈子。よろしくね」

 水咲は手を差し伸ばした。佐々木原は笑顔でその手を握った。

「私、佐々木原ののかです。長い名前だけど、よろしくお願いします。あっ、あとそれから……」

 佐々木原は言葉をつまらせた。お願いついでに、こんな差し出がましいことを言ってもよいものかと思ったからだ。

「……名探偵研究会に入部しても……」

 水咲をもっと知るにはサークルに入部するのが一番の近道だ。

 しかし、水咲は佐々木原が言い終わらないうちに口走った。

「だーめ」

「えっ?」

「だめに決まってるじゃん、その敬語をなおすまでは。わたし達、友達なんだから」

 だめと言った意味が徐々に分かると、驚き顔の佐々木原にゆっくりと笑顔が訪れた。

「うん、わかった」

「よし!」

 教室から金織が出てきた。何も知らない彼女は初めに水咲と目が合うと、慌てて目をそらして佐々木原の下へやってきた。

「ごめん、待った?」

「ううん、大丈夫」

 すると、金織は手を合わせると申し訳なさそうに言った。

「せっかく待ってくれて悪いんだけどさ、なんか今日サークルやるみたいで、行かなくちゃいけないんだ。だから先帰っていいよ」

 しかし、佐々木原はがっかりすることはなかった。

「そうなんだ。じゃ、ちょうどよかった。私も行かなきゃならない所があって」

「えっ、どこ?」

 バドミントンをして遊んでいる学生が窓から見える。

 太陽は夕日となり、空は赤く染まり始めた。

「もちろん、名探偵研究会に決まってるじゃん!」

 そしてこの日、佐々木原から元アニメ研究会という肩書きが消えた。



 第3話 影の芸術品【完】

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