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美学生 水咲華奈子Ⅲ -影の芸術品-  作者: 茶山圭祐
第3話 影の芸術品
1/4

事件編《前編》

元アニメ研究会所属 佐々木原(ささきはら) ののか

        1


 約7千人の生徒を抱えている、とある大学のキャンパスは、新学期を迎えて活気付いていた。

 各サークルに所属している学生は部員を増やそうと日々勧誘活動に鎬を削っていた。校舎の備え付けの掲示板には自分達のサークルの良さをアピールするビラがベタベタと貼られている。

 サークルによって勧誘に積極的なところと、そうでないところがあった。どんなに一生懸命、勧誘活動を行っても人が集まらないサークル。何もやらなくても自然と人が集まってくるサークル。あまりに強制的な勧誘で大学から警告を受けているサークルなど、人の性格のように千差万別だ。

 4月いっぱいはサークルの勧誘活動で学食やロビーは人が多いことだろう。

 勧誘活動は昼休みを中心に行われている。だからこの大学の朝は、やはりいつものように静かだった。ところが、大抵の学生は朝が苦手だというのに、既に明かりの灯った教室があった。

 銀縁眼鏡をかけたショートカットの小柄な女性、佐々木原(ささきはら)ののかは、今日もいつもどおりに1時限目が始まる30分前に大学に来て、教室の真ん中の席を陣取っていた。彼女はいつも席に着くと、教科書を開いて今日の授業の予習を始めるのだ。

 大学生とは思えないほど幼い顔をした佐々木原は、白のトレーナーにジーンズを履き、白の短いソックスに運動靴を履いていた。アクセサリーは時計のみで化粧は一切していない。傍らに置いてある白の布製のカバンはその体格に似合わないほど大きく重たそうだ。

 15分ほどで予習を終えるとカバンから雑誌を取り出す。目的のページを開くと、しばらくそこに描かれた絵を眺めていた。それはアニメ雑誌だった。

 彼女はそのページに載っているキャラクターを、持っていた白紙のノートに模写する。それはある種の才能なのかもしれない。授業が始まる前までには、大まかな下書きは描き上げてしまった。原物と瓜二つである。

「おはよう、ののか」

 唯一の親友である金織(かねおり)春香(はるか)が手を振って教室に入ってきた。佐々木原もそれに応えて手を振り返した。

 金織は佐々木原と同じく小柄な体格だった。ショートカットで眼鏡をかけているところも似ている。ただ、黒縁眼鏡なので佐々木原よりも表情にインパクトがあったが、姉妹のように思われてもおかしくはなかった。

 彼女は佐々木原のノートを覗き込むと、少し呆れ顔で隣りの席に座った。

「また描いてんの? 好きねぇ」

「どう? うまく描けてるでしょ?」

 子供っぽい声をしている佐々木原は自慢するようにノートを立てた。

 鉛筆で雑に描いたとは言え、それは下手な画家が紙を原物の上に置いて、そのまま写したよりも遥かに上手に描かれていた。

「ほんと、ののかって上手だね。間違いなくアニメーターが天職だよ」

「言っとくけどね、描けるのは2次元だけじゃないよ。3次元だってその気になれば描けるんだから」

「ならさ、この授業の先生の似顔絵、描いてみてよ」

「えっ? 似顔絵? これは難しいんだよねぇ。でもいいよ、やってみるよ」

 変なことを自慢するからすぐに突っ込まれた。

 昔、小学校の美術の時間に、隣りの男子の似顔絵を描くというのをやったが、そのときは満足したものが描けず似顔絵を描くことがトラウマになってしまった。だから正直な話、似顔絵を描くのは下手だと自覚している。

「ほら、噂をすれば影だよ」

 教授がやってきた。結構な年のいった男性教授である。教授はマイクのスイッチを入れるとすぐに授業を始めた。

 授業が始まって数分後に、佐々木原は似顔絵を描き始めた。だが、今回はあのときと違って、モデルは下は向くわ、横は向くわ、背中は向けるわで、断然難しかった。

 もうお願いだからじっとして。

 佐々木原と金織はいつもしっかりと学校に来ていた。類は友を呼ぶとはまさにこのことで、2人は遅刻したことはないし、授業をサボるということは絶対にしなかった。また、授業中は決してお喋りをしなかった。だから、似顔絵を披露するのは授業が終わったあとだ。

 しかし、その真面目な学生も、今日ばかりは真面目な学生ではなかった。



授業が終わり、ついにお披露目の時間が来た。

「できた?」

「できたよ。見る?」

 佐々木原は自信を持ってノートを立てた。

 金織はしばらくそれを見ても何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。笑うのに必死だったからだ。

「チョーうける! そっくりじゃん、それ!」

「ね? どうよ」

「参ったね。恐れ入ったよ」

 こんなに笑ってもらえるとは思わなかった。あの時とは違って、やはり着実に腕が上がっているということだろうか。これであの時の屈辱を果たすことができたと共に、トラウマも消えた気がした。

 佐々木原は満足顔でノートをしまった。

 彼女らは一息つくと、金織は思い出したように呟いた。

「たまにはさ、サークルに遊びにおいでよ」

「えっ、いいよ。私はもうやめたんだから」

「いいじゃん。別にやめたからって、他人行儀になることないんだから」

「違うよ。あのサークルのやり方が嫌だって言ってやめたんだから、今さらあの部屋には行けないよ」

 アニメ研究会を脱退した佐々木原は、今はどこのサークルにも所属していなかった。

「まあ、確かにねぇ、部長も子供っぽい人だから。わがままなんだよね」

「春香はやめないの?」

「私は今のままでも我慢できるから。でも、部長とはあんまし、しゃべんないけどね」

 彼女らは教科書類をしまうと、次の授業の準備をした。引き続き、その教室で授業があるのだ。

「ところで、ののか。あれ、できた?」

「あともう少し」

 佐々木原はカバンから1冊のノートを取り出す。それをパラパラと捲っていくと、ノートの真ん中辺りに2枚の紙切れが挟まっていた。その紙切れは縦76ミリ、横150ミリの和紙だった。

 佐々木原はその和紙をこっそりと金織に見せた。

「ほんと、すごい上手ね。もうアニメーション学院の院長になれるよ、これは。これなら絶対わからないよ」

 評価は上出来のようだ。佐々木原は彼女の褒め言葉が嬉しくて仕方がなかった。そして、少しだけ自分の技術に自信を持った。

「あとね、『大蔵省印刷局製造』って文字と、『夏目漱石』の文字だけ」

 その和紙とは紛れもない、本物そっくりに描かれた2枚の千円札だった。

 小学生の頃から漫画をそっくりに描き写すのが得意だった。中学では、美術の時間に風景画を描いて賞をもらったこともある。次第に自分には、そっくりに描き写すことができるという才能を自覚し、何でも模写するようになった。

 先々週のテレビで、お札をそっくりに描き写している画家がいる、という話をやっていた。それを見た直後、自分もお札を描いてみたいと思ったのだが、お札を複写するのは法律で禁じられている。だから、本当はやってみたいのに勇気がなくて、描きたいという欲望は抑えることにした。

 ところが、その放送の翌日、金織もその番組を見ていたらしく、「ののかもやってみなよ。ののかなら絶対うまく描けるって」と、お札を描くことを持ちかけてきたのだ。最初は勿論断った。だが、よく考えてみると、別に模写したお札を公表するわけではない。こっそりと自分達だけで楽しんでいればいいのだ。だから、再び描きたいという欲望が盛り返してきたのだ。

 こうして、金織に促されてお札造りが始まった。

 まず1枚目の表が完成した時点で一度金織に見せてみた。金織からは百点を貰えた。これでかなり自信がついた。佐々木原も金織もその気になってきた。だから1枚目が完成したとき、2人はそのお札を使ってみたい衝動に駆られた。

 人間の欲望は底無しである。1つの欲望が満たされると、また更に次の欲望を満たしたくなるものだ。

 2人はそのお札を学食で使うことに意見が一致した。学食なら、あの慌ただしい中、描いたお札を使ってもバレないと思ったからである。しかしどうせやるなら、2千円にしようということになった。こうして、佐々木原はもう1枚描くことになったのだ。

「多分、そういう小さい文字は描かなくても大丈夫だと思うけど、念のために描いておくね」

 佐々木原は授業中にもう1枚の千円札を完成させた。


        *


 2時限目を終えた彼らは学食へ向かっていた。

「2枚もよく描いたね。大変だったでしょう? あの夏目漱石の顔のしわといい、裏側の鶴といい」

「1枚描くのに1週間かかったもん」

 ところが、実はこの2枚のお札には大きな問題点が1つあったのだ。極めて致命的な問題点。

「でもね、困ったことに欠陥があってね。お札の真ん中」

「なになに?」

「ほら、お札ってさ、真ん中を透かすと夏目漱石が出てくるじゃん」

 そこはいくら模写すると言っても無理な話である。しかし、金織は明るかった。

「大丈夫だって。お金を渡すときだけなんだから、一番ヤバイのは。そこさえ乗り切れば、例えバレたとしても誰がやったのかはわからないんだから。肝心なのは渡すとき」

 確かにそうだ。レジの中に入ってしまえばこっちのものだ。

 学食はいつものようにごった返している。金織はすぐに空いている席を見つけると、荷物を椅子の上に置いて確保した。

「じゃ、行こうか」

 金織を先頭に人の群れの中を突き進み、メニューが展示してあるショーケースに辿り着いた。

「何にしようか?」

 金織はそう呟きながらショーケースの中を覗き込む。

「勿論、この一番高いヤツいくよね?」

 自問自答した金織は笑顔で振り向く。佐々木原もそれに同意した。学食で一番高価なステーキ定食だ。

 あのお札は今までで最高の作品になったと思う。それもそうだ。絶対にバレてはいけない一心なので、作品に対する力の入れ具合は半端じゃない。だから、その作品を手放してしまうのは勿体無い気もするが、もし、自分が描いたお札を使って物を買うことができたとしたら、こんなに凄いことはない。それが成功するということは即ち、作品が認められるということなのだ。

「でもさ、ほんとにバレないかね?」

 佐々木原はいざ本番となると、ちょっと不安になった。

「何言ってんのよ今さら。大丈夫だって。そっくりじゃん。バレるわけないよ」

 金織の強気な発言で少し安心した佐々木原は、笑顔で声を張り上げた。

「よーし、じゃもっと他のも頼もう。限度額は2千円だから。今日はおごりね」

「そうこなくっちゃ」

 2人はもう一度ショーケースを覗き込んだ。



 2人のトレーに乗った昼食は他の学生よりも多かった。

 考えを改め直した結果、ステーキ定食はやめてうどん定食にした。ランクを下げた代わりに、定食以外の食べ物も買うことにした。おにぎり、サラダ、フライドポテト、アメリカンドッグ、そしてお菓子。しめて1700円だった。

 レジ前には長い列が伸びて勘定を済ませるのに少し時間がかかりそうだ。

「今日は豪華だねぇ。ののかの才能にバンザイだよ」

「もし、これが成功したら、今度は1万円札に挑戦しようかな。なーんてね」

「いいじゃん、やってみてよ。そんでさ、学食で5千円に両替してもらってさ」

 2人は別に本気ではなかった。だからお互いに笑い合った。

 やがて、レジがまわってきた。人生で最も緊張する瞬間だ。

「これ、一緒にお願いします」

 金織がレジのおばさんにそう言うと、おばさんはレジを打ち始めた。計算どおり1700円だった。

 佐々木原はピンクの長財布を取り出すと、夏目漱石が精巧に描かれた2つの芸術品を渡した。芸術品はおばさんの目にも留めず、レジの中へしまい込まれた。代わりに3枚の百円硬貨が姿を現した。

 佐々木原はそれを受け取り、2人は何事もなかったようにレジを去った。トレーを持った2人は席に着くまで黙って歩いた。やがて、自席に辿り着くと、ニヤリと笑い合った。

「あんたは天才だよ」

「ありがとうございます」

 2人は財布から1円も減らすことなく手に入れた昼食を頬張った。そして、すぐに話題は変わっていった。

 こうして、見事に偽造を成し遂げた佐々木原だった。


        2


 昼休みも終わり、3時限目が始まった。学食はさっきのごった返しが嘘のように静まっていた。学生はまだ何十人か残っているが、空席が目立っているので慌ただしい感じがしない。

 佐々木原と金織は共に次の授業はなかったので、いつも4時限目までそこに座っていることにしていた。

 佐々木原は例のアニメ雑誌を取り出し、2人とも好きなアニメの話題となった。

「春香はさ、宮崎駿作品の中ではどれが一番好き?」

「そりゃ『ラピュタ』よ。神秘的で冒険的な話だから好きなんだ。なんか、インディ・ジョーンズみたいだよね。パズー達はラピュタを捜そうとするけど、軍隊も必死になって捜してて。あの捜し求めてる過程が好きなんだよね」

「私はね、やっぱり『トトロ』だな。おっきいトトロもいいけど、ちっちゃなトトロが可愛くていいよね。最後は感動したなぁ」

「あと、猫バスとかね」

「そうそう、あれ乗ってみたいなぁ」

 佐々木原はカバンから他のアニメ雑誌を取り出して、これから更にアニメ討論会を繰り広げようと思ったときだった。突然、脇から滑舌の良い、透き通った声をかける者がいた。

「あのぅ、すみません。佐々木原さんですか?」

 頭に黒のサングラスをのせた、とてもスタイルのいい女性だった。スタイルばかりではない。まゆ毛と目が左右対称に整っているその顔立ちも美しかった。彼女は光沢のある長い黒髪を耳にかけながら、金織に向かってそう語りかけてきた。

「いえ、彼女ですけど」

 金織は佐々木原に手を差し伸べた。

「あっ、ごめんなさい。こちらの方でしたか」

 ピンクのニットのワンピースを白いベルトで締め、引き締まったウェストを強調していたその女性は、佐々木原に向くとにこりとした。

「よかった。わたしの記憶に狂いはなかったみたい」

 彼女のワンピースはVネックで大きく開いている為、綺麗な両肩と鎖骨を出していた。襟元から覗いている胸の谷間から判断すると、かなり大きな胸だ。そして、ワンピースのスカート部の丈はマイクロミニスカート並みに短い。

 花柄の刺しゅうの入った黒のストッキング、黒のハイヒールを履いた謎の美女は、佐々木原と金織の隣りのテーブル席に座ると、自慢するかのように太ももを露出させた長い脚を組んだ。

 人間、外見で判断してはいけないというが、申し訳ないが外見で判断してしまうと、色んな男の人と遊んでいるように見える。自分とはあまり仲良くなれないタイプだな、と思ってしまう。しかし、よく見ると化粧は簡単で、薄っすら塗ったピンクのアイシャドウと真っ赤な口紅くらいだった。口紅の上にグロスを塗っているので、唇が光を照り返して色っぽい。派手なアクセサリー類も身につけていない。左手に時計、右足首にシルバーのアンクレットが輝いているだけであって、落ち着いているようにも見える。何だかよくわからない女性だ。

 それにしても、どうしてこの人は私の名前を知っているんだろう? そしてまた、どうして私のことを捜してたんだろう? 面識はないはずなのに。しかも、記憶に狂いはなかった、とはどういう意味だろう。

「あ、あの。わ、私になにか?」

 佐々木原は勇気を出して聞いてみた。すると、その女性はにっこりして答えた。

「突然、こんなこと言うのはちょっと失礼だと思うんだけど……」

 それを聞いて佐々木原は胸騒ぎがした。謎の美女は左手にダークブラウンの長財布を持っている。もしかして、あのお札がバレた? 実は彼女は学校関係者? そんな考えが脳裏を過ぎった。

「……今の生活に満足してますか?」

 何を言い出すのかと思えば、いきなりそんなことを言ってくるとは。何か企んでいるのだろうか? 何だか宗教の勧誘のように聞こえる。だから思わず聞いてしまった。

「ど、どういうことですか?」

 ところが、彼女は佐々木原の為に噛み砕いて説明してくれるわけではなく、自己紹介を始めた。

「わたし、名探偵研究会の会長やってる水咲です。よかったら是非のぞきに来てね。いつでも歓迎するから」

 すると、それまで真剣な眼差しで見つめていた金織がクスクスと笑い出した。どうやら金織もお札がバレてしまったと思い込んでいたらしい。緊張が解れて安心したのか、彼女は笑い出したのだ。そして、その笑いを堪えながら金織は水咲に尋ねた。

「もしかして、サークルの勧誘ですか?」

「うん、そう」

 その言葉を聞いて金織は本当に安心したようだった。しかし、佐々木原は安心することなどできなかった。

 本当にサークルの勧誘でやって来たの? しかもこの人、さっき私の名前を呼んだ。どうして勧誘するのに、わざわざ名前を調べてくる? それに、どうやって私の名前を知ったの? どう考えても勧誘というのは怪しく聞こえる。もし仮に勧誘が目的でないとするなら、何しに私の所へやってきたの? 余計に謎が深まっただけだ。

 しかし、佐々木原にはその疑問を聞く勇気がなかった。知らない人間と話すのは得意ではなかったからだ。人見知りしてしまう性格なのである。

「あっ、なに見てるの?」

 謎だらけの水咲はテーブルの上に広げていたアニメ雑誌を覗き込む。その瞬間、水咲が噴き付けている香水が漂ってきた。なんだか心地のよい香りがする。

「へぇー、アニメ好きなんだ」

「私、アニメ研究会に入っているんです。ののかも入ってたんだけど、最近やめちゃった」

「ちょっと春香、余計なこと言わなくていいのよ」

 金織は人見知りすることなく初対面でもバンバン話すことができる人間だ。だから、自分にとって金織は友情の架け橋みたいなところがある。彼女がいるおかげで自分にも友達ができたと言っても過言ではない。その点については感謝すべきところだが、お喋りが過ぎるゆえに、相手が初対面だろうと何だろうと、何でもかんでも話してしまうのがたまに傷だ。

「アニメ研究会って、どんなことやってるの?」

 水咲のその質問には勿論金織が答えた。

「みんなでアニメの話したり、ビデオ借りてきて学校で見たり、それからカルトクイズを出し合ったり。みんな楽しそうにやってますよ。だけど、活動のメインはアニメを製作することなんです。キャラ考えて、脚本書いて、原画動画を書いて、声入れて音楽入れて。それで毎年コンクールにその作品を発表するんです」

「すごーい。アニメ作ってるんだ。見てみたいなぁ」

「残念だけど、それは見せられません」

「どうして?」

「どれも入選しなかったから」

「残念」

 水咲は太ももをポンと叩く。

「でも、今年もまた製作してるから。まだまだ諦めてませんよ、私達は」

「頑張って」

 佐々木原は2人のやり取りをただじっと聞いているだけだった。

 春香も素性のわからない人間とよくペラペラと喋られるものだ。

「それじゃ、お2人とも、絵を描いたりするのは得意なんだ?」

「特にこの子はすごいのよ」

 金織は佐々木原の肩を叩く。

「この子はほんとにうまいの。サークルの中では一番上手でしたよ。似顔絵描かせたら世界一なんだから」

 と、金織がそう言ったとき、水咲の表情が一瞬変わったのを佐々木原は見逃さなかった。

「へぇー、上手なんだ、絵を描くの」

 水咲は佐々木原を見つめていた。すると、金織は気を利かして言った。

「ほら、ののか。なんかしゃべんなよ。自分の特技を自慢してやんなよ」

 佐々木原は渋々答えた。

「む、昔から、絵を描くのは、す、好きだから」

「風景画とか得意なの?」

 一体、水咲のその質問にどんな意味があるのだろうか? もしかして……。

「は、はい、得意ですけど」

 水咲は脚を組み直す。それにしても、同性から見ても恥ずかしくなるくらい際どい体勢だ。もう脚という脚は全て出し尽くしているという感じがする。佐々木原にとってスカートなど履いていないに同然だった。

「佐々木原さんは何かを描き写すのって得意?」

 その発言で佐々木原は何となくわかってきた。彼女はどうしてそんなことを聞いてくるのかを。さっきの「まさか」が「恐らく」に変わりつつあった。

 それは金織も感じ取っているようだった。あまりいい雰囲気ではない。

 単刀直入に尋ねたら、単刀直入に答えが返ってくるのが怖かったので、佐々木原はできる限り遠回しに聞いてみることにした。

「ど、どういうことですか? そ、その質問には何か意味が?」

 しかし、水咲の返事は素っ気ないものだった。

「ううん、ただそう思っただけ」

 ところが、それを聞いていた金織はたまらず口をこぼした。

「本当にそうですか? 聞いてると、なんかそんな気がしないんだけど。何か隠してません?」

 うわー、だめだよ春香。そんないい方したら悟られちゃうじゃん。どうも彼女の言い方は直接的過ぎる。

 だから、佐々木原は言い方を軽くして、さっきから気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。

「あ、あのぅ、ど、どうして私の名前を知ってたんですか? お、お願いします。ほ、本当のこと教えて下さい。ほ、ほんとに水咲さんは、サークルの勧誘に来たんですか?」

 すると、水咲は観念したのか、こめかみをかきながら真実を語り出した。

「実は、ちょっと気になるものを見つけちゃって」

 水咲は手に持っていた財布を開いた。それを見ていた2人は思わず見つめ合った。

「こんな物が……」

 水咲はピンクのマニキュアをつけた細い指で、財布から2枚の新札の千円札を出してテーブルの上に置いた。



 第3話 影の芸術品~事件編《前編》【完】

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