さいごの言葉
水曜の午後に有給休暇を取得して自宅で過ごしていたら、事件は突然起こった。
血だらけの妻がパニックになっている。
「しっかりしろ」
妻の肩を掴むも、彼女の瞳は俺なんか映していない。
強盗犯に腹部を刺されてから、どれほど時間が経過しただろう。
本当に刺すつもりは無かったのだろう、昼寝をしていた息子が目を覚ます前に犯人が逃走したのは不幸中の幸いだったと思う。
犯人にとっては俺が在宅だったのが想定外だったに違いない。
もしも俺がいなかったとしたら、妻と息子だけなら一緒に昼寝をしていて怪我をせずに済んだかもしれない。
「ごめん」
俺が謝ると、妻は無言で首を横に振る。
為す術なくタオルで抑えている傷口から血がどんどん溢れてくる。
人間の体内にどれほど血液があるのか分からないが、全体量の30%以上を失うと生命に危険を及ぼすと聞いたことがある。
救急車が到着するまで意識がはっきりしていることを願う。
ペタペタと足音がして、息子が起きてきた。
寝起きで頭がぼんやりしている様子だったが、妻の様子を見て大きな声で泣き始める。
「しっかりしろ、母親だろ」
妻に対して声を荒らげたのは初めてだった。
びっくりしている妻の頭を撫でると、ようやく彼女の瞳に俺が映った。
「手洗って、オムツ換えてあげな」
床に倒れている俺から離れたくないようだったが、少し考えて息子を抱きに行った妻を見て安心する。
痛みを感じなくなってきた。
息子の泣き声が聞こえなくなり、ほっとして目を閉じる。
遠のいていく意識の中で救急車のサイレンが聞こえた。
妻が刺されたと思いきや、実際に怪我をしているのは主人公という話に挑戦しました。
視聴者や読者を誤解させて最後にネタばらしするのは映画でも小説でも大好きですが、自分で書くのは難しくて、上手につくれる方に憧れます。
尚、タイトルの「さいご」は、最後にも最期にも読めるように平仮名にしました。