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新大陸王ジルベールは捨て置けない  作者: 五月雨きょうすけ
第一章 新世界の隅で愛を紡ぐ
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第八話 強さが欲しい

 それからの二人の進行は一変した。

 自分たちがいつどこで狙撃されるか分からないからだ。

 近づくモンスターはディナリスが瞬殺するか、近寄って来なければ無視した。

 食事の時であっても彼女は片時も抜き身の剣を離さず、寝ずの番もすべてディナリスが引き受けた。

 ジルベールではあの矢は捌けない。

 有り体に言えば彼はお荷物だった。



 襲撃を受けてから三日が経過した日の昼過ぎ。

 強い雨が森に降り注ぎ、あたりは白くけぶり、濡れた草木の匂いが立ち込めた。

 ジルベールは大木の根元にできた空洞の中に押し込められるようにして休息を取った。

 ディナリスはあれから一睡もする事なく、今は蓋のようにジルベールを木の中に隠して座り込んでいる。

 雨の雫は無遠慮に彼女の全身を流れていった。


「ディナリス……頼むから眠ってくれ」


 こけた頬に落ち窪んだ目元。

 肌も荒れ、目は血走っている。

 常に神経を張り詰めて三日の不眠を続けるのは人間業ではない。

 人間離れした能力を見せていても、それでも目に見えてディナリスは衰弱していた。


「ディナリスっ!」

「あー……聴こえてるよ。うるさいなあ。

 レプラたちと合流して安全な場所まで行けたら眠ってやるさ」


 ジルベールはいたたまれなかった。

 自分の力不足のせいでディナリスを休ませてやる事すらできない。

 男なのに、守られるばかりの自分が情けなくて仕方なかった。


「……どうしてお前は俺なんかに尽くすんだ。

 今の俺には何もないんだぞ。

 国王の地位もなければ民も捨てて逃げただけの男だ」


 泣き出しそうな顔でディナリスの背中に顔を埋める。

 自分を置いて逃げてほしいと言わんばかりの落ち込みようだった。

 だが、ディナリスに釘を刺される。


「くだらない自己犠牲を考えるんじゃないぞ。

 私たちに雑事を任せて好きなように生きるんじゃなかったのか?」

「好きなように生きるなら、どう命を賭けるかも自由だろう。

 奴は追いかけてきていない。

 その可能性が高い。

 お前の脚ならもう一日足らずで海岸線には辿り着けるだろう。

 レプラたちが来ている可能性も高い。

 そこで休息を取り、改めてここに戻ってきてくれれば————」

「ダメだ。私があなたを守る。

 勝つと決めた戦いで逃げを打ったことは一度もないんだ。それにな————


 ディナリスは儚げに笑いかけるとジルベールを抱き寄せた。


「見た目はしんどそうかもしれないが、気力十分なんだぞ。

 この状況が嬉しいとすら思える」

「嬉しい?」

「私がいなければジル様は死んでた。

 サリナスやサーシャでは怪鳥からの救出すら間に合うまい。

 私だけしかできないことをしている。

 強くなって良かったと心から思うよ」


 自分に捧げられている想いの重さにジルベールは感謝しながらも申し訳なさが先に立ってしまう。


「お前は強い……本来なら大軍でも手に負えないモンスターを倒したりして幾万もの民を救う人間のはずだ。

 私一人が独占しては……」

「まーた、そんなことを言う。

 自分を見下げ果て、責任から逃れるなんて良い男のやることじゃない。

 私が見初めたんだ。

 無力な何百万の民を守る英雄になるより、ジル様の女になりたい、と思ってついてきたんだ。

 あなたには価値がある。

 だから『何百万人の分も幸せに生きてやる!』って、全力で幸せになりにいけばいいんだ」


 ジルベールは国王の嫡子として生まれ、早世した父に代わって王となった。

 個人としての幸せを犠牲に国と民を生かすシステムの一部に組み込まれた。

 自分の幸せは民が幸せに暮らしてくれることだと言い聞かせながら。


 権力者というものは自分勝手で欲深く、それで当然と考えていたディナリスにとってジルベールは美し過ぎた。

 報われることのない戦いに傷つき続ける彼を救いたくて、その欲求はいつしか恋慕に変わっていた。


 最強の剣として彼を護り、敵を斬る。


 他の誰にも真似できない彼女の愛情表現は苛烈であるが純粋だ。


「ディナリス……」

「またそんな物欲しそうな顔して……

 安全な場所に辿り着いたら、いっぱいしよう。

 それを楽しみに私も頑張るから」


 ディナリスはジルベールの頬に短いキスをすると、すぐに背を向けて眠るように促した。


 横になったジルベールの目から涙が溢れていた。



 強くなりたい。

 ディナリスは戦う役目は自分のものだと思っている。

 たしかに彼女は最強の剣でこの世に勝る者はいないとすら思える。

 だけど、強かろうがなんだろうがディナリスは女だ。

 俺が愛しくて仕方のない女なんだ。

 愛しい女を護りたいと思うのは当然のことだろう。

 だけど、今の俺ではできない。

 強くならなければ……


 葛藤するジルベール。

 心の喚きが漏れないように拳を握り込んで、瞼を閉じる。

 少しでもディナリスの負担を軽くするために、ジルベールは早く眠ることに集中した。



 さらに二日が経過した。

 森の中を歩くジルベールは空気に湿り気を感じた。

 また雨が降るのか、と嫌気を覚えながら先へ先へと進む。

 後ろからついてくるディナリスは無言だった。

 背を曲げてうつむき気味に歩く姿は一見弱々しいが、余裕がなくて殺気が溢れ出している。

 幽鬼の如き禍々しい姿だった。


 ガサガサと落葉を踏み潰しながら無言で二人は進むと、



「誰か……いる」


 ディナリスが掠れた声を出した。

 ジルベールは警戒を強め感覚を研ぎ澄ます。

 すると耳に女の叫び声のようなものが飛び込んできた。


「この声は……!」


 弾かれたようにジルベールは走り出した。

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