第二十二話表 ピロートーク 〜シウネの願い〜
いや〜……こんな気持ち良くて満たされることを知らないまま一生を終えていたのかもしれない、って考えるとゾッとします。
ジルベール様が夢中になってディナリスさんの元に通ったのも分かる気がしますよ。
あ、申し訳ありません……
辱めるつもりはなかったのですが……
えっ? 敬語をやめろ、ですか?
ん〜、でも私の喋り方って誰に対してもこんな感じなんですよねえ。
ほら、私って王都の中では下層民に位置しますし、世の人は全員目上なんですよ。
まー、そこまで悲壮感もなかったですけどね。
ジルベール様のおかげで私は大学まで進学できましたし、有能さを見せつけていれば学問の世界は身分の低い者にもそれなりに優しかったですよ。
ええ。昔からお勉強は良くできました。
父親はあんなんですから、母親に似たんでしょうね。
私の母は学校の教師だったんですよ。
平民の中では良い家のお嬢様だったそうですが、親の決めた許嫁とは結婚せず、なぜか職を転々としていたダメ男と結婚してしまったらしいです。
ですから、幼い頃の私を育ててくれたのは主に父親でした。
当時は酒も飲まなかったので、母が働いている間、私の面倒を見てくれていたんですよ。
世間の風聞は悪いですけど、アレはアレで幸せでしたね。
ですが、母が流行病で亡くなると父は酒に溺れてクソ親父に変貌してしまい……
私は罵倒されて引っ叩かれて、負けじと嫌味で応戦したり最悪の家庭環境でしたね。
そんなんだったから、底辺から抜け出すために一層勉強に身が入ったのかもしれません。
変な話、母が元気で幸せに育っていたなら今の私はなかったと思います。
ああ……そうですね。
ジルベール様は私の父に一度お会いになられていますよね。
あの節はお見苦しいものを…………
たしかにクソ親父でしたけど、最後の最後で、ちょっとだけ見直したんです。
ジルベール様が捕まってしまった直後、ウォールマン新聞社のステファンという男がうちを訪ねてきて私を脅迫したんですよ。
目当ては私の研究成果と、おまけにカラダ。
童顔のくせに中身は脂ギッシュな中年オヤジという気持ち悪いヤツでした。
怖い顔しないでくださいよぉ……
大丈夫ですよ。
前者はあくまで頭の中にあるものの書き写しに過ぎませんし、後者はお確かめいただいたとおりです。
父が上手くあしらってくれましてね。
絶対面倒なことになるのは分かりきってるのに「今まで食わしてもらっていた礼」だとかなんとかいって私を逃がしてくれました。
たったその一瞬の善行だけで今まで娘の得た金で堕落した生活を送っていたあの人が許されるワケでもありませんけどね。
でも、なんでしょう……やっぱり、この人は私の父親なんだな、って思えてよかったです。
ところで、ディナリスさんに子どもを産んでほしい、とお願いされていたそうですが、私にはお命じになられないんですかぁ?
いっぱい産ませていただきますよ。
きっと、ジルベール様は素敵な父親になられますもん。
あなた様に似て、綺麗で優しい子どもたちにいろんなことを教えて、私もきっとたくさんのことを教えてもらって、そうやって世界は広がっていって……
そうしたら、一度くらい父に会いたいかもしれませんね。
私は、こんなに幸せになっちゃいましたよぉ〜って自慢して…………
ああ、帰りたいワケじゃありませんよ。
ただ、これから先、何があるかは分かりませんから。
今までがそうだったように……
だけど、何年経っても、年寄りになっても。
こんな風にジルベール様に抱かれて寝られればいいなぁ、って願わんばかりです。




