第二十一話 長い休暇の終わり
ジルベールがディナリスに殴られてから五日後————
「では……改めてよろしくお願いします。
ディナリスさん」
「ディナリスでいいよ、シウネ。
私たちは対等に、同じ男を共有する身になった。
なっ、ジルベール」
テーブルの上座に並んで座るディナリスとシウネ。
一方、ジルベールは肩身狭そうに下座に座らされていた。
「はい、そのとおりです……」
ディナリスに殴られて気を失った日からずっと、半日おきにジルベールはディナリスに繰り返し謝罪と交渉を持ちかけ、その度に殴られたり罵倒されたりを繰り返していたが、ディナリスの方が根負けした形でこの問題は解決した。
連日の謝罪で胃をすり潰していたジルベールには疲れ果てていたが、自分の要求を通し、三人で食事を摂る機会を設けられたので文句は出ない。
ジルベールの家の食堂で行われた調停の結果、三人の関係は以下のとおり、と定められた。
一、甲は乙と丙の二人を分け隔てなく愛し慈しむ事とし、努力の限りを尽くす事。
二、乙、又は丙が自らの脱退により、この関係を解消したいと申し出た際、甲は了承する事。
三、乙、又は丙が他の男性と関係を持ちたいと希望した場合は上記二に則り、脱退を申し出る事。
四、甲が乙、丙、以外に肉体関係を持つことを固く禁ずる。
五、本約定の効力は生涯続くものとし、これを違反するときはどのような場合であっても甲が全責任を負うこと。
「ああっ、よかったですよぉ。
私のせいでディナリスさんが姿をくらましたらどうしようってずっと気が気でなかったですから」
「それは私も同じさ。
まー、ジルベールも一応元王族だし。
複数の嫁をもらうのもおかしな話じゃないだろう。
それに、独占はできなくとも一番のお気に入りになることはできるからな」
「おっ! 宣戦布告というやつですかぁ!」
「フフ、根っからが戦闘民族だからな。
競争というのは何だって燃えるぞ」
「なにをっ! 私だって学者界隈における競争社会のトップですからね。
負けませんよぉ!」
不平等な約定を結ばされてはいたが、和やかに言葉を交わす二人を見てジルベールは安堵と感謝の気持ちを抱いていた。
そこにレプラがデザートを運んでくる。
彼女はジルベールの耳元で囁く。
「で、今夜はどちらにお相手させるんですか?
ディナリス? シウネ?
それとも両方?」
「だまってくれ」
苦虫を噛みつぶすような顔のジルベールを見て女性陣は笑った。
話題を切り替えるように彼が言葉を発する。
「俺はこれで念願叶って、お前たちにも一応は納得してもらえたように考えている。
だが、ディナリスもシウネもずば抜けて有能な上に目を見張るほどに綺麗な女性だ。
それを放蕩生活を送っている俺が独占していては人々の不満も募るだろう」
面と向かって綺麗と言われた二人は髪の毛を弄ったり、頬を押さえたりして気恥ずかしさを堪えている。
レプラはその様子を微笑ましく思いながらジルベールに問う。
「何もせず、面倒ごとは私たちに丸投げするのは————」
「何もしないというのは逆に疲れるというのが分かった。
それに、俺が動いた方が上手く回ることも多いだろう」
ジルベールの言葉にシウネが跳ね起きるようにして食いつく。
「そうですよぉ!
身分の縛りがないせいでグダグダになりつつある我々を統率できるのはジルベール様しかいらっしゃいませんって!
ジルベール陛下の復活ですね!!」
盛り上がるシウネにジルベールは苦笑する。
「今さら未練がましく王を名乗るのはどうかと思うがな。
そもそも、国王とは神の代行者として国を治める者に対する称号だ。
国教会もないここで冠するものでもないだろう。
だが、統率者として民の先頭に立つつもりだ。
国を捨ててついてきてくれた皆を幸せにする。
その報酬として最高の女性二人を我が妻とする権利をいただくことにしよう」
食事が終わると、ディナリスは早々に自宅に戻ることにした。
玄関を出たところでジルベールが呼び止める。
「家まで送ろう」
「いらない。
今夜はシウネに譲っておく。
最初の一夜以外、彼女に指一本触れていないんだろう」
お見通しだ、と言わんばかりにディナリスは自分の鼻を指差す。
ジルベールはディナリスの気遣いに対して、心苦しい気分になった。
「……俺は、まともな人間ではないと分かっている。
正しい人間であれば、どれだけ胸を焼かれる気分だろうと愛する人がいるのに他の人を愛したりしない。
正しくない人間ならば、複数の相手を抱くことはあっても、その気持ちは軽薄だろう。
なのに俺は、お前たち二人をどうしようもなく強く愛してしまっている。
誤魔化しや逃げが打てないくらいに大事で、失いたくないから」
「ふふふ、強欲だなあ。
でもそうだな。
国を抱え、幾万もの民を幸せにすることを考えていた男が、自分のそばにいるたった二人の女の幸せを捨て置けるわけがない。
いいよ。私はあなたのそういうところはむしろ歓迎する。
幸せにしてくれよ。
私たちも、みんなも」
ディナリスはこの後を務めるシウネに気遣って、軽いハグだけをしてジルベールと別れた。
その後、ジルベールはシウネを自宅まで送り、彼女の家の中に入ると、すぐに玄関を閉めて口づけを交わした。
「んっ……ちゅ……ジ、ジルベールさまぁ……」
「シウネ……愛しているぞ……」
「知ってますよぉ……
あ、もちろん私もですから!」
ほおを赤らめたまま笑顔を咲かせるシウネをジルベールは抱き上げて、ベッドに向かう。
その後はただひたすらに愛し合った。
初夜とは違い、背徳感に苛まれることはない。
それでも昂る情欲の火は二つの身体を突き動かし、溶け合っているように濡れて、絡み、繋がり、果て尽きる。
沈んだ太陽が再び昇るように、何度も何度も繰り返される愛情のたしかめあい。
やがてシウネはぬるま湯に浸かり続けているような心地よい脱力感を抱えたまま、ジルベールの胸板を枕に寝転んだ。




