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新大陸王ジルベールは捨て置けない  作者: 五月雨きょうすけ
第一章 新世界の隅で愛を紡ぐ
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第二話 雲の上

 船が陸を離れておよそ三週間。

 ジルベールはその間、怠惰な日々を送っていた。

 睡眠時間を削って公務にあたっていた頃に比べて睡眠時間は三倍以上になり、起きている間も乗組員と談笑したり、本を読んだりして過ごしている。

 航海に関わる事は一切しなかったし、レプラがさせなかった。

 責任感の強い彼が他の乗組員の命を背負いたがるのは明白だったからだ。



 ある朝、船首の方で手を空に掲げるようにして昇る朝日を見つめているレプラをジルベールが見つけた。

 都合よく周りに誰もいない、と声をかけた。


「この船はどこに向かっている?

 そろそろ教えてくれてもいいだろう」

「まだダメです。

 ジルベール様には何も教えずにしておいて、辿り着いた瞬間の感動を存分に味わってもらうつもりなので」


 畏まった言葉遣いはジルベールにとっては聞き慣れたものだが、それがどうにも居心地が悪い。


「俺に敬語を使わなくていいだろう。

 むしろ使うな。

 俺はもう国王ではないし、そなたの主君でもない」

「その「俺」と言うの、なかなか馴染まないですね」

「ほっておけ。自分の事をどう呼ぶかは自分で決める」

「ならば、私もあなた様への敬語はなくしません」


 プイ、と顔を背けながらも小さな笑みを漏らすレプラ。

 王国にいる頃にはろくに見せなかった悪戯好きの子どものような仕草を目にしてジルベールは苦笑する。


「まあ……そうだな。

 俺が存分に気を遣われているということには気づいているよ。

 あんな出来損ないな小説を書いてみたり、ディナリスやシウネをからかってみたり。

 賑やかそうと必死だな」

「出来損ない……ですか?」

「お前の偏見が強すぎる。

 たとえばフランチェスカを醜女と描いてたりな。

 あれはとんでもない女だが見てくれだけは美人だったぞ」

「私の目には潰れたガマガエルのようにしか見えませんでしたが」

「心が見た目に現れたならそうだったかもな」


 彼の妻、フランチェスカは絶世の美姫だった。

 同時に稀代の悪女だった。

 王妃であるにも関わらず、王を軽んじ、数多の浮気相手と肌を重ね、飽きると側近の騎士に殺させることを何度も繰り返した。


 彼女がそんな事をした理由は、自分のことが大嫌いだったからだろう、とジルベールは考えている。

 彼の見た目は18になった今でも中性的で、男らしくはない。

 好みではない男の元に嫁がされ、暮らしを国中に監視されるのに耐えきれなかった、といえば同情できなくもない。

 もっとも、彼女の悪事を許すにはまるで足りないが。


「今、フランチェスカのことを考えていましたか?」


 図星を突かれ、ジルベールは狼狽えてしまう。

 するとレプラはため息混じりにからかう。


「さっさと再婚なさるなり愛人を作るなりしてください。

 後悔を上書きするにはそれが一番です」

「バカな事を言うな。

 今の俺は国王じゃない。

 相手に何の利も返せない」


 そう言い返せばさらに大きなため息をつかれた。


「そういうところは王族根性極まれりですね。

 世の男女が利益だけを考えて結ばれているという発想が大間違いです。

 御両親のことを思い出して下さい」

「まあ……そうだろうが……」


 言葉に詰まるジルベール。

 政略結婚であろうと彼にとっては悪妻フランチェスカが初めての女だったわけで、それが寝取られる様を二度も見てしまった。

 彼女への失望以上に自分の不甲斐なさに傷ついた。

 利を介さない信頼関係を築くことに自信が持てない。

 船団の中にも彼に好意を寄せている年頃の女性は数多いるのに深入りせずに逃げ回っているのはそこに起因している。


 言葉が途切れる。

 時を刻むように波音が同じリズムで繰り返す。

 気まずい沈黙に観念したようにレプラが口を開く。


「……すみません。

 出過ぎた事を申し上げました」

「構わない。

 お前の言うことがいつだって正しい。

 もはや何の責任もないのだ。

 相手のことなど考えず、自分勝手に女性に対しても振る舞っていいのだよな」

「その通りでございます。

 ですが……できますか?」

「バカにするな。

 俺だって若い男子だ。

 その気になれば、お前だって————」


 レプラに詰め寄ろうとジルベールが足を踏み出した瞬間だった。

 ゴォォォォォォォッ————と空気を押し出すような音が上から近づいてきたのは。


「っ!? レプラっ!!」


 反射的にレプラの手首を掴み、船の中腹にめがけて投げ飛ばした。

 彼女は驚いた顔をして船首から遠ざかっていく。

 一方、その場に残ったジルベールは上からのしかかってきた何かによって甲板に叩きつけられ、打ちどころ悪く意識を失ってしまった。





 ジルベールが目を覚ました時、視界に飛び込んできたのは見たこともない光景だった。

 足の下に雲があった。

 それが川の水のように高速で後方に流れていく。

 足はぶらりと垂れたまま地についておらず、体はくの字に曲がっており腹が巨大な鉤爪でしっかりと掴まれている。


「うわっ!」


 驚いて顔の向きを上方に向けると見えたのは鳥の腹らしき物だった。

 らしき物としたのはそれがあまりに巨大で全貌をジルベールの視界では捉えきれなかったからだ。

 翼を広げた全幅の長さは10メートルを優に超える。

 爪の長さはジルベールの胴を囲ってもまだ余りある。


 動物ではなくモンスター、に分類して然るべき怪物だ。

 一瞬、爪を引っぺがして逃げることがジルベールの頭をよぎったが、そうすれば雲の下に向かって落下する。

 途切れる前の記憶と今の現状を繋ぎ合わせたジルベールはこのモンスターにさらわれて、生殺与奪を文字通り握られているということを悟った。


 …………それにしても、寒い!!


 暖かい洋上だったのでズボンとシャツしか着ていなかった。

 凍てつくような風が布を貫いて肌に突き刺さる。

 ガチガチと歯を小刻みに噛み合わせるジルベール。

 雲の上に来るほどの上空。

 地上との温度差は凄まじく、速度も相まって吹雪の中に放り込まれたも同然の状態である。


 長くは保たないと判断したジルベールは一か八か飛び降りることも考えたが、それより先にモンスターによって解放された。


「うわぁあああああああ!!」


 ドサッ! と音を立ててジルベールが叩きつけられたのは干し草のような物で作られた巣の上だった。

 天然のベッドの柔らかさと太陽の香り、そして暖かさに息を吐く。

 頭上では彼を投げ捨てたモンスターがぐるりぐるりと旋回している。

 それは巨大な鳥型のモンスターだった。

 ただ鳥というには嘴が異常に長く、頭頂部や後頭部が尖って突き出しており禍々しさを漂わせている。

 ここが奴の住処であるならば今から私を晩餐とするのだろうか……と暗い予想をしていたジルベールだったが、怪鳥は遠くの空に飛んでいった。


 寒さにやられて全身がかじかんで動けなかったジルベールはひとまず安堵した。


「ここも寒いが、太陽がよく当たる。

 じきに動けるようになるだろう」


 独り言を呟いて、こごえきった体を自ら抱きしめるジルベールだった。

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