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新大陸王ジルベールは捨て置けない  作者: 五月雨きょうすけ
第二章 放蕩生活には程遠く
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第十八話 愛のままに我儘に

 その日、シウネは自宅の居間で食糧の増産計画を立てていた。

 今のところ、この地の狩猟や採集の成果は順調であり、食料問題は発生していない。

 だが今後も2000人の人間を飢えさせないためには食糧供給の主軸を耕作に切り替えていかなくてはならない。


「机上の空論はいくらでも描けますけど、現実は簡単じゃないですからねぇ……」


 シウネがぶつかっている問題は人間が予定通りには動かないことだ。

 国から亡命してきた時点で彼らは身分制度から脱却している。

 平等といえば聞こえはいいが、その実、不明瞭な上下関係が諍いを生むことが頻発していた。

 まともに進んでいたのは住居の確保計画までだ。

 あの時はジルベール直々に船の解体を推し進めていた。


「やっぱり、ジルベール様が上に立ってくれたらなあ」


 何の気無しにボヤいた一言。

 だが、ふと自分の発した言葉を思い返すと顔から火が出るほど恥ずかしい気分になった。


 ちがうちがう。人々の統率者としてジルベール様が欲しいという話で、わ、私がジルベール様を欲しているとかそういうわけではなく————


 と、彼女が心の中で言い訳をしていた矢先、


「ジルベールだ。シウネ、邪魔をして良いか?」


 玄関のドアの向こうから当人の声がした。

 シウネは慌ててドアを開ける。


「ジルベール様! きょ、今日はどういったご用件で」

「ん……用というか、そなたと話をしたくてな」


 どこか歯切れが悪いジルベール。

 だが、そのことを特に問い返すでもなくシウネは彼を自宅に上げた。


 資料の散らばったテーブルの上を見てジルベールは口を開く。


「食糧供給を農業主体に切り替えるのか」

「はい。この地は温暖ですが同緯度の国の基準で考えますと冬は訪れます。

 それまでにある程度は進めたいと」

「多くの人間を動かすのは難儀な話だろう。

 学者であるそなたにいろいろと任せすぎてしまっているな」


 申し訳なさそうに言うジルベール。

 シウネは慌てて弁解する。


「いえ! 私は好きでやっているから構いませんよぉ!

 ジルベール様が楽しく日々を送れるようにするために私はついて参りましたので!」


 忠臣ぶりをアピールするシウネを、まっすぐジルベールは見つめる。

 彼の光を堪えた大きな瞳に自分が映っているのを見てシウネの胸が熱くなる。


「なあ、シウネ。

 そなたは俺のことを好いてくれている。

 そう思って間違いないか?」


 突然の胸の内を抉るような問いかけにシウネはビクッと身体を震わせた。

 どう答えればいいのか逡巡したが、やがて思考は不要という結論に落ち着く。

 息を整えて、思いの丈を打ち明ける。


「はい。身分違いにもほどがありますが、お慕いしております。

 多分、初めてお会いした時からずっと」

「そうか…………ありがとう」


 ジルベールの感謝の言葉は取り繕いではない。

 嬉しかったのだ。シウネが自分を想ってくれていることが。


「なあ。この先、お前はどうしたい。

 俺のために働き一生を終えるのか。

 それとも俺と————」

「ダメですって! そんなことあなたの口から言わないでくださいよぉ!

 気持ちが……溢れて取り返しがつかなくなってしまいますから……」


 望んではならない。

 胸に秘めた願いが叶うということはディナリスさんからジルベール様を横取りし、ジルベール様自身をも罪で汚すことだから……


 内心で自分に言い聞かせ、涙目になるシウネを見てジルベールは、自分がどれだけ彼女を苦しめていたかを思い知った。

 

「俺がディナリスの元に通うのは、嫌だったか?」

「やめてください!

 ど、どうしちゃったんですか!?

 からかっているんですか!?」


 動揺するシウネ。

 ジルベールは強引に彼女に詰め寄り、壁に追い込み逃げ場をなくす。


「考えたんだ。

 お前のことをずっと。

 良くないと分かっている。

 俺はディナリスを愛しているし、実際、恋人として結ばれている。

 そんな男が他の女のことを思うこと自体が裏切りだと」

「だったらなんで————」

「俺がダメなら、いったい誰がお前を幸せにするんだ!?

 他の男がお前を抱くことなんて考えたくもない!

 お前が想いを燻らせたまま老いていくのだって嫌だ!

 だから俺は————」


 ドン、と音を立てて壁に手を突くジルベール。

 モヤモヤしていた心の奥を吐き出すようにシウネに告げる。


「お前を俺のものにしたい」


 この結論に至るまで何度も何度も堂々巡りを繰り返し眠れぬ夜を過ごした。

 だが、シウネからすれば突然のことで疑いや不安が先に立つ。


「わ、私は……ディナリスさんを裏切るようなことは」

「お前じゃない。ディナリスを裏切るのは俺だ。

 誰にもお前を責めさせやしない」


 迫るジルベールの息の熱っぽさと肌を刺す視線にシウネは彼の劣情を感じ取っていた。


「い、いけませんってば!

 私は……その、男女のこととかぁ……よくわからなくって……

 ジルベール様が、遊びのつもりでも私はそう思えなくてご迷惑を」

「遊びのつもりはない。

 してたまるか。

 今夜だけじゃない。

 何度も何度もお前を抱く」

「それじゃあディナリスさんはどうするんですか!?

 ジルベール様はあの方のことを」

「愛している。手放すつもりもない。

 どうしようもないんだ。

 俺が望むかたちにお前たちを押し込もうとするにはこうするしか……

 無茶苦茶でワガママなことは分かっている。

 それでも俺は、お前のことを愛したい」


 ジルベールの手がシウネの頬に触れる。

 お互いの肌が火傷しそうなほどの熱を発しているのを共感する。

 それが合図だった。


「だ、ダメ————んっ!……ぅん……」


 ジルベールは言葉を遮るようにシウネの濡れた唇を唇で塞いだ。

 衝撃に崩れ落ちそうになる彼女の腰に手を回して支えると、捕食するようにそのカラダを求めていく。

 何の経験も知識もないシウネはなされるがままジルベールの熱に侵されてしまう。

 はじめは戸惑うばかりだった彼女もジルベールの肌が触れるうちに火が燃え移るように情欲を求め始めた。

 渇き枯れそうだった花に水が注がれるようにシウネの心は瑞々しく立ち直り、鮮やかな花弁を開かせる。

 善悪の呵責もしがらみも忘れて二人は身体を強く結び合った。



 その夜、ジルベールは自宅には戻らなかった。

 レプラは帰らない主人のことをかすかに心配したがすぐに思い至ってシウネの家に向かった。

 案の定、厚くもない木造の壁を突き抜ける彼女の甲高く甘い喘ぎ声を耳で拾った。


 シウネ、ジルベールさま、と互いの名前を呼び合いながら上り詰めていく二人。

 まるで世界に二人しかいないかのように盛り上がっている二人の様子にレプラは呆れていたが、非難するつもりはなかった。

 

 彼女が考えていたことはただひとつ、ジルベールの幸せをいかにして守るかというだけ。

 そっと、夜に溶け込むように彼女はその場を後にした。

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