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新大陸王ジルベールは捨て置けない  作者: 五月雨きょうすけ
第二章 放蕩生活には程遠く
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第十七話 若きジルベールの悩み

 ぶしつけにも夜に女の家に訪問してしまったことが間違いだった。


 と、自室のベッドの上でジルベールは反省している。

 玄関を開けて出くわしたのは無防備な下着姿のシウネ。

 肌を露出させたり、身体の局部を強調した扇情的なデザインのものではなく、生地が伸び体型にフィットしていない野暮ったいシミーズ。

 だが、隙間からチラホラと見え隠れする彼女の肉感的な身体はジルベールの情欲をくすぐって止まないものだった。

 その上、羞恥に顔を赤らめキャンディのような甘い声で小さく悲鳴を上げるものだからなけなしの理性が何度も失われかけた。

 ほんの少し前にディナリスと飽きるほどに抱き合ったにも関わらず、ジルベールの若さは尽きない。


「シウネ……お前は頭がいいのに自分のことを知らなさすぎる」


 シウネ自身はジルベールの恋心に戸惑う自分の姿を醜態としてとらえていたが、ジルベールの目にはむしろ逆だった。

 あどけなさの残る顔立ちに羞恥の紅が頰に差し、みずみずしい唇は震え、瞳は濡れそぼる。

 モジモジと居心地悪そうな仕草をすれば、豊満であるにも関わらず男を知らず持て余している体がいやらしく捩れる。


 できる限り別のことに思考を使うようにして本能を追いやらねばどうなっていたか分からない。


 というのが、ジルベールの率直な気持ちだった。


「なまじ女を知ってしまったが故の葛藤か。

 バルトを笑えんな」


 若き日に王都で女遊びを堪能していた親友のことを思い出す。

 遅れてきた思春期の悩みを打ち明ける相手がそばにいないのは彼にとって鬱憤の溜まるものだった。




 ジルベールの忠臣といえば誰もが真っ先にレプラを挙げる。

 そして誰もがその次に挙げるのはサリナスである。

 彼はジルベールの元妻フランチェスカの護衛騎士だった。

 王家の血を時代に繋ぐ王妃は国王に次ぐ最重要人物であり、その護衛を任されるということは国内屈指の実力者であることを意味する。

 そんな彼だが、口に出すことを憚る過去がある。

 王妃の不貞を看過し、不倫相手たちを闇に葬り去っていたというものだ。

 悪事に対する罪悪感もさる事ながらジルベールを傷つける行為の片棒を担ってしまったことに強い後悔を抱いた。

 だが、ジルベールは彼を責めることはせず、逆に主人を裏切った彼の身を案じてくれた。

 義が故にサリナスはジルベールに従う。

 彼が死ねといえば無駄死にでも厭わず、殺せといえば子供でも躊躇わない。

 レプラはジルベールのためならその命令を裏切ることもあるが、サリナスにそれはない。

 質は違えど、彼の忠義もまた狂気じみたものである。

 そんな彼だからこそジルベールは信頼を置いていた。


「サリナス。酒に付き合え」


 ジルベールに誘われると昼間にも関わらず、自身の仕事を全て他人に丸投げ、ジルベールの家にワインと肴を持って馳せ参じた。

 一対一で飲むのは初めてであるが、サリナスは心から嬉しそうにジルベールを見つめている。

 尻尾を振る犬のように、主君が何を言い出すかを楽しみにしている。

 そんな彼の期待に対してジルベールが放った言葉は、


「性欲を抑えるのはどうすればいい?」


 とても下世話でくだらない問いかけだった。

 しかし、サリナスは極めて真面目な顔で、


「……性欲ですか。

 一番良いのは満たしてやることと存じますが。

 特に陛下は若く情熱を持て余しがちな時期であります故」


 正論を吐いてきたサリナス。

 引かれる覚悟を決めて尋ねたジルベールは少しだけ拍子抜けする思いだった。


「満たしているとは思うのだ。

 そなたらも知ってのとおり、俺はディナリスと」

「存じ上げております。

 毎夜足繁く森の中にある彼女の家にお渡りされていることも。

 故に私はお二人の邪魔が入らぬよう夜の森の中でモンスターを我が身に寄せつけるように稽古をしております」


 初めて聞いたサリナスの献身にジルベールは顔を引き攣らせる。

 しかし、ここからが本題だった。


「ここだけの話……ディナリス以外の女にも欲情してしまうことがある。

 その者の家で二人きりでいる時、劣情を隠すのが大変なのだ」

「はあ……まあ、恋人がいようと妻がいようと男は元来スケベな生き物であるが故に。

 娼館に通っている男だって大抵は妻帯者です。

 女を愛する感情があれば、見境ない性欲は切り離せないかと存じます」

「……堅物かと思えば、案外話せるな。

 気に入ったぞ」

「勿体なきお言葉……!!」


 サリナスは打ち震えながら跪き、ジルベールがそれを止める。


「だ……だが、当たり前のことであろうとそれは不誠実ではないか?

 愛していない女に劣情を抱くということは」

「それは……順序が逆になることもありましょう。

 世間では結婚など家と家を繋ぎ後の世に血を残すために周囲が相手を決めるもの。

 愛していない女であろうとまず抱かなくては子は為せません」


 サリナスは言及しなかったが、ジルベールは元妻フランチェスカを思い出した。

 悪妻ではあったが美しい彼女との初夜は夢中になるものだった。

 愛情と性欲は別物という感覚はジルベールは理解している。


「ですが、男と女というのは色々あるもので、抱いて初めて互いを知り、愛着や愛情が生まれることもあるのです。

 女遊びにおいては関係を持つことはゴールでしょうが、真面目に男女の愛を育むのであればそれは通過点の一つだと考えます」


 サリナスは堂々と自論をジルベールに語り聞かせる。

 彼自身、武の道にかまけた無骨者。

 このような色事混じりの話をすることは珍しく、だからこそ饒舌になってしまう。

 故に、ジルベールは彼の言葉の裏に物語が見えた。


「そなたが、そうだったようにか?」

「ハッ…………!」


 言葉を詰まらせるサリナス。

 だが、それも不敬と自らを叱りつけ白状する。


「ご慧眼のとおりにございます」

「慧眼も何も、そなたが分かりやすいのだ。

 ああ……ならばすまなかったな。

 私についてきたせいでその者と別れることになってしまっただろう」

「いえ! 逆でございます!

 ジルベール様に付き従ったが故に彼女と再会し、想いを遂げられたのです!」

「なに? じゃあここにいる者に相手が」

「はい。公言はしておりませんが、隠れて逢瀬を楽しんでおります」

「そうか。それは良かった」


 ジルベールは胸を撫で下ろした。

 どこまでいっても彼の性格は責任感や罪悪感を捨てきれない。

 自分のために己の幸せを投げ捨てるようなことをされるのは身を切られるように辛いと感じてしまう。

 そういう人間である。


「公言はしていないのか」

「はい。成り行きではありますが、私は剣の腕と経歴故にこの集団の中で有力者扱いされています。

 彼女も同様に稀有な才と立場の持ち主で重宝がられております。

 そういう関係にあることが公になればどうしても好奇の目に晒される。

 それを避けてあげたいのです」


 ジルベールは感心した。

 彼はディナリスとの関係を隠していない。

 夜ごと足繁く彼女の家に通うところを見られれば二人がナニをしているかは明白。

 そうすることで良からぬ噂が立ったり、いやらしい目でディナリスを見る者も現れる事を考えていなかった。


「そなたは男として立派だ。

 それに引き換え俺は……王国で人の目の怖さを思い知ったのに反省なしだ」

「王都とここは違います。

 ここに集いし者たちはジルベール様に忠誠を誓っております。

 あなたの言うことならば絶対に信じますし、くだらぬ噂などで苦しめはしません」


 サリナスはまっすぐ目を見つめ熱を込めて言葉を放つ。

 ジルベールは少し呆れながら酒を呷った。




 その夜、ジルベールはディナリスの元には通わなかった。


 シウネに劣情を抱くのは生理現象として仕方がない、ということにしておこう……

 だが、欲望に身を任せてしまうのは男として不実だ。

 ディナリスに愛を捧ぐと誓っている。

 誓いを違えてディナリスを失いたくない。


 自室のベッドの上で寝転がって想いに耽っていた。


「ジルベール様、入りますよ」


 レプラが沸かした紅茶のティーポットを盆に乗せて部屋に入ってきた。


「根を詰めて何かされているかと思いきやお暇なようですね」

「良いだろう。別に今の俺は何の仕事もしていないんだ」

「もちろん。あなた様が気を張らずにお過ごしできることが我々皆の望みですから。

 シウネが頑張った甲斐があります」

「何故唐突に彼女の名前を出す?」


 苛立ち気味のジルベールの問いにレプラは微笑む。

 盆をテーブルに置くと彼女はベッドに腰掛け、寝転がるジルベールに語りかける。


「彼女はあなたのことを恋慕っているんですよ。

 王都にいた頃からずっと。

 当時は王に対する忠誠心だと彼女自身思い込んでいましたけど」

「俺には……ディナリスがいる」

「ええ。彼女もあなたを愛しています。

 剣のように無骨に尖った彼女が女を剥き出しにするなんて驚きでした」

「だったら————」

「私にとっては二人ともよき友人なんですよ。

 向こうはどう思っているか知りませんが。

 できれば二人とも幸せになってほしいものです」


 レプラの言葉は責めているようにも、願っているようにもジルベールには聴こえた。


「どちらかしか選べないだろう。

 父上だって正室のフリーダ殿よりも側室の我が母を愛して————」


 口走った言葉が失言だったと気づき言葉を詰まらせたジルベール。

 レプラはジルベールの父の子ではないが、フリーダの娘であることに変わりはない。

 母親を侮蔑するようなことを言ってしまったことを謝ろうとしたが、


「それについては、事実誤認がありますね」

「誤認?」

「ええ。母フリーダは、全く蔑ろにされていたわけではありませんよ。

 マリアンヌ様を娶られた後も、リヒャルト陛下は母の元に来られていました。

 まぁ、何をしていたかまでは娘の知るところではありませんが。

 少なくとも母は陛下を愛されていましたよ。

 それこそ亡くなる直前まで」


 昔を懐かしむようなレプラの声にジルベールは胸を締め付けられた。

 そして清廉で生真面目な父が二人の妻の間を渡りながら心を満たしていたことに少なからず驚きを覚えた。

 その反応を楽しむようにレプラはジルベールの顔を覗き込んで語りかける。


「あなた様は自由を謳歌するために自分のことばかり考えようと努力されていますが、そのやり方では半分の力も出ませんよ。

 根がお人好しで他人のことを気にかけなければ気が済まない世話焼き気質なのですから」

「それは貶しているのか?」

「もちろん褒めていますよ。

 そのせいで苦しむことだらけでしたでしょうが、それもあなたという人間ですから。

 あなたらしく他人の身になって考えてみてはいかがでしょう?」


 レプラの指がジルベールの髪を撫でた。

 ジルベールは分かっている。

 レプラとの繋がりは何があっても変わらない。

 だがディナリスやシウネとは何かの拍子に関係性が変わってしまう。

 それを恐れている。

 しかし、何もしなければ変わらないというわけではない。


「レプラ。一人にしてくれ」

「かしこまりました。おやすみなさい」


 ポン、ポン、と肩を柔らかく叩いてレプラは部屋を出る。

 彼女の足音が遠ざかった後に、ジルベールは体を起こし、項垂れた姿勢のまま思考を深くしていった。

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