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新大陸王ジルベールは捨て置けない  作者: 五月雨きょうすけ
第二章 放蕩生活には程遠く
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第十五話 嫉妬の火

 船内の会議室の机の上に木で作られた建物の模型が置かれている。

 実際のサイズの50分の1で設計されたというそれは5階建てで貴族屋敷のような大きさにも関わらず屋根や壁に意匠は凝らさず、直方体の箱に取ってつけられたような窓と扉が設置されていて、階段や廊下が建物の外に剥き出しで設置されていた。


 ジルベールは興味深そうに模型の周りをぐるぐると回りながら模型の製作者であるシウネに尋ねる。


「これがそなたが言っていた住居か」

「はい。集合住宅の一種ですが、全て木造です。

 この建物ひとつの中に30世帯が住めるように設計しています」

「大丈夫なのか?

 石造りでもないのに高層建築など」

「問題ありません。

 ここの構造を見ていただければ分かるんですけど、部屋を囲むようにして蜂の巣みたいな六角形の枠を作っています。

 これが掛かる重量を分散するので理屈上は10階建てだろうと問題ない筈ですよ」


 模型の屋根や壁を外しながら説明するシウネ。

 ジルベールは納得したように何度もうなづく。


「たしかにこの造りならば各部位の規格を統一して量産すればあっという間に材料は揃い、数を増やせるな」

「はい! しかもねぇ、集合住宅にしておけばトイレや食堂といった生活空間を共有できるので効率的なんですよ!

 衛生面の問題も却って管理する場所が限定されるので良好な状態を維持しやすいです」

「なるほどな。

 ただ、そこそこ裕福な暮らしをして来た者たちにとっては私的な空間がないのは不満が出そうだ」

「たしかに……どうしましょうか?」

「王国での階級制度などこの状況で遵守する理由がないが、完全に無視して良いものでもない。

 それに貴族階級は教養人が多いからな。

 現状は肉体労働をこなせる者達が有用だが、街づくりが進んだ後は彼らの力が必要となってくる」


 ジルベールは思案していた。

 この新大陸に連れて来た2000人の暮らしを守るのに最も適した解を模索する。


 真剣な彼の横顔を見つめてシウネは思わず口を滑らせる。


「やっぱりジルベール様はどこにいらっしゃっても国王様なんですねえ」


 彼女としては100%の称賛だったが、ジルベールにとっては隠居宣言を翻して権力者の真似事をしている自分を恥じた。


「……偉そうな事をしているな。

 すべて投げ出して国を追われた身分のくせに」

「そんな! あの事件は仕方のない事でしょう!」


 シウネは叫ぶ。

 ジルベールは力なく微笑んだが言葉は返さなかった。


 あの事件とはジルベールが王国を追放されたそもそもの原因となった事件、俗称『ジルベールの付け火』を指している。


 シウネが発明した写真撮影装置であるカメラは元々、精力的に政務を執り行うジルベールの姿を写すことが目的とされていた。

 マスコミと敵対し、根も葉もないデマを書き立てられている彼の本当の姿を知ってほしかったからだ。

 だが、その発明の成果は横取りされ、ジルベールの姿を写すより先に隠遁生活を送っていたレプラを写し、新聞とともに王都中に配られた。

 報道により悪女のイメージを付けられ、写真によって美貌が白日の下に晒された彼女が、怒りとその発散を娯楽とする下劣な人々の標的に上がるのは自然な流れだった。

 レプラの写真がばら撒かれた夜、彼女のいた修道院は暴徒によって襲撃された。

 その時のジルベールの怒りと悲しみは壮絶なものだった。

 辛くもレプラを救出したジルベールだったが、彼女は大怪我を負った上にその裸体を写真に撮られ世間にばら撒かれた。


 ついに我慢の限界を超えたジルベールは剣一本を握りしめ、記事と写真の発信元であるウォールマン新聞社を襲撃し、社屋を焼き、逃げ遅れた社員は焼け死んだ。


 これが『ジルベールの付け火』の全貌である。

 なお、社員の死の真相はウォールマン新聞社の幹部による謀略なのだがこの事を知っている者はほとんどいない。


 王国史上最悪の弾圧事件と非難され、法の裁きによりジルベールは王位を失い、流刑者の身になった。

 一方、発端の悪意ある報道を行ったウォールマン新聞社は罪を問われるどころか現国王を自称するダールトンとの蜜月を築き、権勢を振るっている。


 自分の作った発明が敬愛するジルベールを害したことに対するシウネの罪悪感は今も消えていない。



 それからまもなくして、話し合いは終わり、二人で部屋を出た。


「すまないな。時間をとらせてしまった」

「いえ……」


 気まずく重苦しい空気が漂っていた。

 そこに快活な声が割って入る。


「ジルベール! 奇遇だな、今仕事が終わったのか?」


 声の主はディナリスだった。

 聴き慣れた声、しかし今まで見たことのない彼女の姿にシウネは驚いた。


 亜麻色の長い髪を後頭部で束ねて盛るようにして整え、目元に墨を唇には紅を差している。

 着ている服も身体の線が浮かぶほどにタイトなドレスで日中着ているラフなシャツと短ズボンとは受ける印象が全然違う。

 ジルベール救出計画の初期からシウネはディナリスと絡みがあるが、このような格好を見るのは初めてである。

 そして、気安く放たれたジルベールという呼びかけ。


「仕事じゃない。

 無責任に口出ししているだけなのだから遊びみたいなものだ」

「ふぅん。あなたが言うならそうなんだろうな」


 ニンマリと笑ったディナリスの唇には妖しい色香が漂っていた。

 それにあてられたジルベールは勿論、シウネも胸がざわめいた。


 ちょっとちょっと!

 無骨な女剣士が女らしさを剥き出しにして迫るなんて反則じゃないですかぁ?

 てか元々、綺麗な人だとは思ってましたけど化粧をすると迫力がマシマシですね。

 大きな身体にはち切れそうな服が実にエチいです。

 ジルベール様も視線が釘付けで…………案外、単純なんですね。



 と、心の中で嫉妬の火を燃やすシウネ。

 そういう時の視線や雰囲気はどうしても棘のある物になる。

 当然、ディナリスは感じ取っている。

 だが彼女はシウネをあまり見ないようにしてジルベールの腕に絡みついた。


「ここからは私との時間ということで構わないな」

「ああ。行くぞ」


 言葉短にディナリスを連れて行くジルベール。

 二人がこの後、部屋に入って愛を交わし合うのはシウネでも容易に想像が付いた。

 耐えきれず、彼女は逃げるようにその場から離れた。




 ジルベールの立案した船の解体計画はスムーズに動き出した。

 沖合に停泊させていた船を無理やり着岸させ、解体して資材置き場に運んでいく。

 並行してまず、ジルベールの住む家が建てられた。

 極めて質素な二階建ての平屋で上の階に寝室や書斎があり、下は食堂となっている。

 急の作業だったので造りは粗いが船内の家具や生活用品の類が詰め込まれている。


「隠居暮らしには十分な家だ」


 と完成した家の中でジルベールは嘯いた。

 続いて集団の中心人物であるレプラ、シウネ、ディナリスの家を建てるという話になったのだが、


「私の家は森の中にしてくれ。

 ベッドがあって雨風がしのげればそれで良い」


 ディナリスはそう要求し、理由を述べる。


「モンスターにせよ、先住民にせよ。

 森を越えなければこちらにはやって来れないんだ。

 防人は必要だろう」


 危険からの防波堤となる事を志願したディナリス。

 ジルベールは不快感を隠さずに反論する。


「俺は反対だ。

 みんなの居住地から離れすぎている。

 いくらお前が強くても助けを呼べない状況は作りたくない」

「心配性だなぁ。

 大丈夫だよ。

 むしろ人里に住んで下手に誰かを守らなきゃいけない方がよっぽど危険だ」


 ディナリスは軽口のつもりでそう言ったが、ジルベールはムッとした表情で詰め寄る。


「それは俺が足を引っ張った事に文句を言ってるのか?」

「はあ? くだらんことで突っかかってくるなよ。

 みっともない」

「みっともないだと?

 お前の方こそ無頼気取りのつもりか!

 俺のそばで暮らせば良いだろう!」

「そういうのが嫌だから距離を置きたくて離れて暮らすんだ!

 少しは頭を冷やせ!」


 声を荒げたディナリスは外に出ていった。

 苛立つジルベールは残ったレプラとシウネに対して、


「そなたらも今日は帰れ」


 と言い放つ。

 シウネは慌てて荷物をまとめて外に出る。

 だが、レプラが出てこないことに気づいて、ドアの隙間から中の様子を窺う。

 ジルベールはテーブルの上に肘を置いて頬杖を突いていた。

 レプラはそんな彼の傍に立ち続けている。


「帰れと言ったはずだが」

「ここは私の家でもありますので。

 つまりすでに帰宅済です」

「聞いてないぞ……そんなの」

「いろいろ効率的ですので。

 あなた様にはご友人もいませんし、話を聞く相手がいた方が良いでしょう」

「……勝手にしろ」


 ため息を吐くジルベール。

 レプラは椅子に腰掛け彼に語りかける。


「珍しくワガママを言いましたね。

 好き勝手に生きる計画の遂行ですか?」

「好きな女と一緒に暮らしたいと思うのは当然だろう。

 できることなら片時も離れたくない。

 アイツもそうだろうと思っていたのに……」

「随分のぼせ上がっていますね。

 あのクソ王妃の本性すら何年も見抜けなかったあなたがどうしてディナリスの心の内は完全に分かっていると思えたんですか?」


 レプラの辛辣な一言にジルベールは閉口する。

 彼女は続ける。


「彼女にはこの集団の最高戦力として担っていただかなくてはならない役割がある。

 私の立場としてもただの愛人になりさがられては困るんですよ。

 色事を愉しむのは結構ですが、節操は持ってください。

 私はあなた様の幸せのために動いています。

 だからタメにならないと見えきったことにはノーを突きつけさせていただきます」

「……そんなにタメにならないか?」

「なりません。

 恋愛感情というものは畑の作物のようなもの。

 収穫したら畑を休ませて活力を戻してやらねば荒地になるだけです。

 特に今の状況では結婚制度のような互いを縛るものもありませんからね。

 しつこくしすぎて嫌われたら相手してもらえなくなりますよ」


 ピシャリ、と言い切るレプラ。

 ジルベールは頭を抱えながら呟く。


「なんでお前は恋愛経験もないくせにそれらしい事を言えるんだろうなぁ……」

「作家ですから。

 今は『ジルベール伝記〜恋愛篇〜』の執筆中です」

「まだ続けていたのか……」


 苦笑するジルベール。

 雰囲気が和らいだところでレプラは弟を見る目で語りかける。


「でも、ワガママを言えたのは進歩だと思いますよ。

 あなたは自分のことで感情を露わにするのが苦手でしたから。

 王国にいた時は私とバルト様くらいでしたからね。

 あなたの本音を聞かせてもらえるのは」

「それはそうだ。

 ディナリスは私にとって特別で、そう扱うようにすると決めたからな」

「多分、伝わっていますよ。

 だからこそ彼女はあなたとの関係を大事にしたがっているんです。

 汲んであげてください」


 レプラは心の底からジルベールとディナリスの関係を維持したいと願っていた。

 歪に幼いところのあるジルベールを受け止められる包容力を彼女は備えていて、その上有能。

 有象無象の娘たちが群がってハーレムを作り、穀潰しのような愛人と子供を量産される事を危惧していたが、彼女とならそういう心配はない、と判断していた。


 一方、二人の会話を立ち聞きしていたシウネは心中穏やかでない。

 自分の目が届かなかった数日の間にディナリスはジルベールと特別な関係になり、さらには身体だけではなく、心を通わせてより深く長く結びつこうとしている。


 さらに彼女が最悪だと感じているのは今のジルベールの姿や仕草がいじらしくて愛おしいと思ってしまっていることだ。


 あの愛情を自分も受けたい。

 だけど叶わない。

 何万冊もの書物の知識が頭に入っていても、黒板一杯の数式を瞬時に暗算する処理能力を持っていても、なんの役にも立たない。


「これが恋って、やつなんですかねえ……ヒヒっ、わっけわかんねえですわ」


 小さく引き笑いするシウネ。

 彼女は自覚していた。

 ジルベールに対する憧れや崇敬はいつしか恋愛感情にすり替わってしまった事を。

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