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新大陸王ジルベールは捨て置けない  作者: 五月雨きょうすけ
第一章 新世界の隅で愛を紡ぐ
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第十三話 書き換えられる未来予想図

 停泊した船の甲板の上。

 水平線から昇る太陽の光を身体に受けてジルベールは剣の鍛錬をしている。

 その姿をディナリスはまどろみながら見守っている。

 まだ誰も起きて来ておらず、昨晩に引き続き二人きりの時間を過ごしている。

 

 身体を重ねるごとに二人はお互いの理解と愛しさを深め、わずかにあったぎこちなさは消え去り、ひとつの心臓を共有しているのかと錯覚するほどに結びつきが強まっていく。

 まるで、こうなることが神やによってあらかじめ決められていたかのように。


 強烈に求め合った甘く熱い夜の香りが朝の爽やかな風に吹かれ薄れ、二人の間には優しい陽だまりのように温かな愛しさが漂っている。


「随分、気合が乗っているな。

 やっぱり何もしない隠居生活は性に合わなかったか?」

「いいや、もう俺は一生分働いた。

 ここが人類未到の地だろうが妖精が住んでいようが関係なく隠居生活を堪能するさ。

 俗事は……お前達に全て任せてなっ!」


 気合一閃。大木をも一太刀で両断するほどの渾身の一撃を放つ。

 それを見て微笑しながらディナリスは尋ねる。


「剣の鍛錬も俗事のうちじゃないのか?」

「何もしないとは言ったが剣の腕くらいは鍛えておかないとな。

 女一人守れないのはカッコ悪すぎる。

 もう二度とあんな思いをするのはゴメンだ。

 それに……いつまでもお前に頼っていられるわけじゃない」


 ジルベールの言葉に首を傾げるディナリス。


「どう言う意味だ?

 私は片時も離れずあなたを守るつもりだぞ。

 心変わりを疑うのか?」

「そうじゃない。

 俺が言っているのはさ……」


 気恥ずかしそうに頭を掻いてジルベールは言葉を絞り出す。


「お前が子どもを身籠った時、護れる自分でありたい。

 俗事ではないし、他人に任せられないだろう」


 微笑みの中に照れや誤魔化しは一切なかった。

 ただただまっすぐに、ジルベールは未来を描き、それを示した。

 ディナリスは自分の胸の中にさあっ、と強い海風が吹いたような気がした。


 愛する男の子どもを孕み、産み、育む。

 凡庸でありふれた女の生き方とは無縁だと思っていたディナリスの未来予想図が書き換えられていく。


「私は……母親になんか」

「なってほしい。

 お前は俺にとって大切な女なんだ。

 ずっとずっと、求めていた愛情を俺にくれて、俺を受け入れてくれた」

「……あなたはいい男だよ。

 早い者勝ちだっただけで、私がいなくても良い人と巡り会うのは時間の問題だったさ」

「それは俺がお前を諦める理由にはならない」


 まっすぐ見つめてくるジルベールにディナリスは思わず気圧される。

 比べ物にならないほど力の差があり、歳も体格も経験も全部ディナリスの方が上なのにも関わらず、伊達男の色気に当てられた生娘のように一方的に胸を高鳴らされてしまっていた。


(まいったな……思っていたより私はこの方に惚れ込んでいるみたいだ)


 ディナリスはシャツの胸元を指で握り込み、空を見上げた。

 頭上には爽快な青空が広がっていた。

 海の水面には朝日が当たり巨大な魚の鱗のように光る。

 彼女にとって今までの世界が灰色だったというわけではないけれど、目に見える光景すべてが眩しく感じられた。


「本当にいいのか?

 六つも年上なんだぞ」

「多分、俺は年上好きだ」

「若い女に目移りしたなら、思いっきり殴る」

「もしそんな事があれば首をね飛ばしてもいい」

「……良妻賢母など期待するなよ。

 話したけど、生まれが悪ければ育ちも悪いんだ。

 まともな親になれるか」

「親になるのはお前だけじゃない。

 俺も一緒になるんだ。

 子どもを作る時だけ仲良くしてその後は放置なんて恥知らずな真似できるか」


 ジルベールは昨夜ディナリスを抱きながら、抱き終わった後もずっと考えていた。


 王の使命を全うできず、何もかも失ったにも関わらず、ディナリスはそんな自分でも構わないと愛情深く接して、女を教えてくれた。

 そんな彼女を頼もしい護衛の一人なんかにしておけるだろうか。

 誰よりも強い彼女であっても腕の中にいる時は可愛い女以外の何者でもない。

 自分が女を知って男である事を自覚したように、彼女を一人の女にしたい。


 そのためならばなんでもする、とジルベールは強い決意を持ってディナリスに詰め寄った。

 彼女はふと目を逸らして呟く。


「あなたは————ジルベールは、バカだなぁ。

 せっかく国から解放されたのにわざわざ厄介ごとを抱え込もうとしているんだから」

「かもしれないな。

 こんな俺じゃダメか?」

「…………ふふっ!」


 ディナリスは笑って、ジルベールを抱き締めた。


「良いよ。あなたの子どもを産んであげる。

 ————だけど」


 彼女は背中に回した手で奥襟を掴み、ジルベールを投げた。

 甲板にそっと寝かせられたようにして彼は空を仰いだ。

 ディナリスが亜麻色の長い髪をたなびかせて笑顔を見せる。


「私を組み伏せられるようになってからだ」

「それはやんわりとした拒絶か?」

「いいや。本気で期待している。

 美しく強い男が好きだって言ったろう」


 ディナリスは見てみたくなった。

 欲しがることに怯えていたジルベールが是が非でも欲しいものをチラつかせられたら、どれくらい強く走り出すのかを。

 そして自分を捕まえてくれる日の事を。


「……わかった。頑張るよ」



 こうしてジルベールは新たな目標を得て、この地で生きていく事を始めた。


 だが彼は、彼について来た人々も知る由もない。


 既にジルベールの子どもが宿っていることを。


 それはディナリスの腹ではなく、故国、聖オルタンシア王国にいる元王妃フランチェスカの腹である事を。



 王の座を降ろされ、追放されてもなお、ジルベールは舞台から降りられていなかったのだ。

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