第十二話 目覚めのスープ
「〜〜〜〜〜ッッ……よく寝た」
ディナリスは目を覚ますと、木張りの天井があることに安堵した。
「おはよう、よく眠れたみたいね」
耳に入った声を聞いて気怠げに体を起こすディナリス。
声の主はレプラだった。
「ん……どれくらい寝ていた?」
「丸一日とちょっと。
今は深夜よ」
「そっか、失敗したな。
みんな寝てしまっているよな?」
顔色を窺うディナリス。
するとレプラはかすかに笑ってテーブルを指さす。
スープとパン、そして果実が皿に盛られていた。
「冷めてしまっているけど、逆に食べやすいでしょう」
「ありがたい! さすが気が利くな!」
飛び起きて食事にありつくディナリス。
連日続いた徹夜生活の最後の方は胃にほとんど何も入れないようにしていた。
満腹感による眠気を抑えるためだ。
久しぶりの食事を堪能する彼女にレプラは告げる。
「ジルから聞いたわ。
とんでもない弓の使い手に襲われたと」
「ああ。長年冒険者やってるがあんな無茶苦茶な弓士は初めてだ。
いや弓士というより魔法使いだな。
あんなのがいるなんて聞いてなかったぞ。
たしか、人間は生息していないとか言ってなかったか?」
ディナリスの問いにレプラはベッドに座り込んで応える。
「人間は、いないと思うわ」
「だったらアレは魔性の類か?
私とジル様がイチャついているのを嫉妬して殺そうとしてきたと」
「かもしれないわね。
あなた達の浮かれぶりは目立つもの。
お可愛いこと」
クスリと笑うレプラ。
だがディナリスはスープ啜りながら彼女を睨みつける。
「秘密主義は程々にしようぜ。
一歩間違えればジル様は死んでいた。
情報を出し惜しみして取り返しつかないことになっていたら、私はアンタを許さない」
凄むディナリスの迫力は大の男であっても気圧されるものだ。
それをレプラは涼やかな顔で受け止める。
「そんなことになったら自決するわ。
実際、あなた達が帰って来られなかったら死ぬつもりだったもの」
「無断で命を背負わせるな。
まあ、良い。
とにかく、こっちも命を張ったんだ。
ジル様には体で返していただいたが、お前からはまだもらっていない。
美味いスープひとつで片付くほど安くないぞ」
レプラは数瞬考え込んだ後に、観念したように両手を投げ出した。
「あなた達を襲ったのは森の妖精。
妖精と言っても人とほぼ同じような形大きさをしていて、文明を築いているわ。
ただ、人間ほど高度でも大規模でもない。
少なくとも海の外に出るような技術は発展していない。
ここが天地解明の詔以降も隠された地であったことから分かるようにね」
「妖精……そいつらは魔法を使ったりできるのか?」
「ええ。あなた達を狙った狙撃者というのも魔法を使ったのでしょう。
でなければ森の木に阻まれた場所に向かって的確な射撃などできるわけがない」
自棄で言い放った冗談が真になったことでディナリスは頭を抱えた。
同時にそんな脅威が目と鼻の先に棲息していることに不安を覚えたが、
「でも大丈夫。彼らのテリトリーを侵さない限りは向こうから攻めてくることはないわ。
ああ……残念だけど、あなたの頑張りはかなり無駄だったってことね」
レプラの一言で安堵と落胆を覚える。
「少なくとも今、彼らと接触するのは下策ね。
今言ったことはあなたの胸に留めておいて」
「ジル様にもか?」
ディナリスの問いにレプラは苦笑する。
「褥を共にしている相手との間に隠し事はするべきでないでしょう。
いいわよ。下手に勘繰られて動き回られるよりは聞かれた方が」
「どこまでアンタは知っている?
この地のことを……そもそもここってどれくらいの大きさなんだ?」
「私も大したことは知らないわ。
王室で管理している古文書の一節に書かれていたのを覚えていただけ。
広さは中央大陸の4分の1程度。
気候は平野部は温暖で降水量も多い。
おかげで食糧や水の調達には不便しない。
人間という天敵がいないことからモンスターは繁栄を遂げている可能性が高い。
森の妖精以外に土の妖精がいる。
基本的に彼らは自分たちのテリトリーを侵されない限りは他種族と不干渉。
それくらいね」
一気に言い終えたレプラはディナリスの反応を窺う。
当然、ディナリスは納得しているわけではない。
とはいえ、腹芸の上手いレプラがボロを出すことも期待できないので納得したフリをした。
「要するに大渡海時代の侵略者の真似事をせず、守りに徹していれば当面の暮らしは守れるってことだな」
「そういうこと。
期待しているわよ。
『戦女神の化身』さま」
「……言うなと言っているだろう」
ディナリスが今よりも若かりし頃、自らの力に増長し、万能感で溢れていた頃に自称していた二つ名である。
その名で呼ばれる度に古傷を掻きむしられるような痛みに襲われるのだった。
「ところで、ジル様はどちらに?」
「航海中と同じ船室を使ってもらっているわ。
今は就寝中よ」
「ふうん……」
ジルベールの居場所を聞いてソワソワし出すディナリス。
レプラはクスクス、と笑って提案をする。
「お化粧のひとつでもしていきなさい。
女にとっては鎧兜みたいなものよ」
そう言って、自前の化粧道具を出してきてディナリスに化粧を施すのだった。