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新大陸王ジルベールは捨て置けない  作者: 五月雨きょうすけ
第一章 新世界の隅で愛を紡ぐ
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第一話 これまでのジルベールは……

 聖オルタンシア王国という長い歴史を持つ国にジルベールという王がいた。

 かの王は15歳の若さで即位したが、聡明で逞しく、また歴代のどの王よりも民に優しかった。

 国王の権力が制限されていく時代の中、自分の身を削るようにして民の暮らしを良くするために尽力し、国を発展させていた。

 しかし、国中のほとんどの人間がジルベールを愚王と罵り、同時に恐怖していた。

 なぜならば、王国最大の報道機関であるウォールマン新聞社の社長ジャスティンの策略により、偏向報道を受けていたからだ。

 善行は報道されず、悪行を捏造され続けるジルベールを褒める者はほとんどいない。

 そんな中でも三年間、王として君臨し、責務を全うしていたのだが……



————————————————


「ジルベール! 貴様はもう国王ではない!!」


 ジルベールにとって叔父にあたるダールトンは勝ち誇ったように言い放った。

 突然のことに驚き、言葉を詰まらせるジルベール。

 そこに彼の妻、フランチェスカが現れて彼を糾弾する。


「そうよ! 私の友人を問答無用で打ち倒すなんて!

 いくら国王だからってひどすぎるわ!」


 フランチェスカはガマガエルのような顔を引きつらせて涙を流している。

 もちろん、ウソ泣きだ。

 このフランチェスカは王妃でありながら男遊びを繰り返し、その現場を目撃したジルベールが間男を叩きのめしただけの話。

 しかし、心優しいジルベールは泣きじゃくるフランチェスカを前に、弁解する言葉が出てこなかった。


「我が娘を泣かせおって……兄の子だからと大目に見てやったが我慢ならん!」


 フランチェスカはダールトンの娘でもある。

 この場にいるのは二人だが、一連の騒動をジルベールの乱心として書き立てたウォールマン新聞によって何十万という民が王宮の門の前に詰めかけていた。



「この記事を読んで怒りのあまり気を失いかけました。

 こんな邪智暴虐な王を生かしておいてはなりません」

「どうしてこんなに恥を晒しているのに王の座を退かないんだろ?」

「俺が王だったらもう少しマシな政治するわ。

 学はないけど地頭は良いから」

「はい、この国はおわりです!

 ジルベールが全部ぶっ壊したんです!」



 新聞の取材を受ける民は誰もが自分を正義と信じ、知的であると胸を張り、それらを根拠づけるために思い思いの言葉でジルベールを罵った。

 やがて巻き起こる退位を求める大合唱。


「ジール! ヤメロ! ジール! ヤメロ! ジール! ヤメロ!」


 その大音声は王宮の壁をも突き抜けてジルベールの耳に届くほどだった。



 結局、ジルベールは国王の座を追われ、裁判によって王国から遠く離れた孤島に島流しにされることになった。

 国を追われたジルベールは深く傷ついていたが、どこか安心していた。


「これで人々に責められながら政に携わる日々は終わる。私は自由だ」


 船の上でそう呟くジルベール。

 だが、彼の受難はまだ終わらなかった。


 夜の闇に船が包まれた頃。

 ジルベールの護送を担当する憲兵達が彼を押さえつけて自由を奪った。


「なっ!? 貴様ら! 無礼であるぞ!」

「へへへ……アンタはもう王様じゃないんだ。

 つまり俺たちが好き勝手していいって事なんだぜ」


 ビリビリィーーッ、と音を立ててジルベールの服が破かれた。

 姫と見紛うほどに美しく涼やかな顔立ちに細身で陶器のような白い肌。

 夜空のような黒髪を乱して床に押さえつけられる顔には悔しさが滲み、それが屈強な男達の劣情を誘う。


「くっ! 殺せ!」

「ああ、お望みどおり天国に行かせてやるぜ!

 ギャハハハハハハハ!!」


 下卑た笑い声を上げる男達にジルベールは塗りつぶされそうになった————その時だった。


 シャラン、シャラン、と楽器のような音色とともに放たれた斬撃によってジルベールに群がっていた男達がバラバラに斬り刻まれ、あたり一面に転がった。

 解放されたジルベールは立ち上がろうとするが、腰が抜けて立てない。

 だが颯爽とその場に現れた女は軽々とジルベールの背中と膝を抱えて持ち上げる。


「ジル様! 遅くなりました!」

「ディナリス!? そなた、どうしてここに!?」


 亜麻色の長い髪をなびかせる女傑の名はディナリス。

 世界最強を自負する名うての冒険者。


「アンタを私のモノにするというクエスト、まだ途中だったんでね。

 惚れ直してくれたかな?」


 キラリと光る白い歯を見せて彼女が笑いかける。

 そこに、


「んほほほ! 抜け駆けは許しませんぞぉ〜〜」


 奇声を上げながら現れたのはシウネ・アンセイル。

 学術において王国史上最年少記録を数多打ち立てた天才女性学者である。


「シウネ! そなたまで!」

「んほほほほ。陛下は今日までよく頑張られました!!

 これからは私たちが陛下を幸せにするために全てを捧げるんですよぉ!!」


 シウネはそう言ってジルベールに抱きついた。


「ずるいぞ! シウネ!

 陛下を助けたのは私なのに!」


 ジルベールを奪い返すディナリス。

 だが、シウネもその手を離そうとしない。


「いたたたた! そなた達! 離せ離せ!」

「「ジルは私のモノなのよぉおおおおおおお!!」」


 ————————————————



「……なんだこれ?」


 目を点にしているジルベールの感想がそれだ。

 彼の目の前に立っている金髪碧眼の貴族美人ノーブルビューティは自信ありげに口を開く。


「ジルベール様のこれまでの苦難の日々をもとに私が書いた小説です。

 巷で流行っていた追放モノや後宮ハーレムモノを参考にいたしました。

 よく書けている、と思うのは自画自賛でしょうか?」


 自画自賛そのとおりだと言いたいが、珍しく上機嫌な彼女の顔を見つめると言葉に詰まるジルベールだった。


 彼女の名前はレプラ。

 国王だった頃のジルベールの側近であり、彼が王位を追われた今も付き従っているが恋人や愛人の類ではない。

 二人の関係を定義づけるのであれば家族というのが一番適切だろう。

 事実、二人は姉弟として育てられていたこともある。

 ジルベールにとってはこの世界に唯一残された家族であり、最も大切にしている人間である。


「まあ……よく書けているのではないかな」

「そうでしょう。そうでしょう。

 特にこの小娘達がジルベール様を奪い合うあたりは————」


 嬉々として自作の自慢を始めるレプラ。

 王国にいるときは多忙と陰鬱な宮廷闘争に明け暮れていて、このような無駄話を楽しむ余裕も二人には無かった。


 まあ、私一人が読むだけのものならば、いちいちめくじらを立てるほどのものではないか。


 と、ジルベールが柔らかい笑みを浮かべたその時、


「レプラァァァアアアアアアアッ!!!」


 彼らの乗っている船に併走している船から大声が発されると、勢いよく飛び出した人影が乗り移ってきた。

 併走していたとはいえ数十メートルの距離がある。

 それを一飛びでやってくるのだから人間離れした身体能力の持ち主と言える。


「どうした? ディナリス」

「どうしたもこうしたもあるか!

 おい、レプラっ!」


 亜麻色の長い髪をした美女、ディナリスは頬を赤らめながらも鋭い目でレプラを睨みつけた。


「なんで私がジル様にベタ惚れしていることになっているんだっ!

 しかもなんだこのクサイセリフ!!

 捏造するんじゃないっ!!」

「ネツゾウ? はて? 何を言っているのか……」

「すっとぼけてるんじゃねえ!!」


 ディナリスの手に握られているのはジルベールが読んだものと同じものである。

 あの小説? はレプラによってところどころ事実に手を加えられているが、大まかな流れは事実に沿っている。

 キザなセリフは吐かなかったが、ジルベールが憲兵に殺されかけたところをディナリスが救ったのは事実。

 彼女が規格外の強さを持つ剣士なのも事実。

 富や名声を無視して流刑にされるジルベールについてきたのも事実。

 もっとも、それは恋慕によるものというわけではない、とジルベールは考えていた。


 ディナリスはジルベールの親友バルトロメイ・フォン・シュバルツハイム辺境伯の側近だった。

 国外追放される友の安全を守るために遣わされたという経緯がある。

 諸国を旅する武芸者という立場から、王族に対する敬意は持ち合わせていないが物怖じせず自分と対等な目線で話をしてくれる彼女のことをジルベールは少なからず慕っていた。


「ジル様もちゃんと怒れよ!

 なんで男に輪姦されそうになってるんだ、って!」

「あー、まあ、剣で切り刻まれて殺されるのも、いろいろされて殺されるのも似たようなものだし。

 結局、未遂に終わってるから」

「もっとプライド持てよ……

 散々、お国で偏向報道や事実の捏造に苦しめられただろうに」

「お陰で些細なことはどうでも良くなったのだ。

 それに仲間内で冗談話をばら撒くくらい余興の一環だ。

 しばらくは退屈な船暮らしなのだから」



 ジルベールが叔父であるダールトンやウォールマン新聞社の社長ジャスティンにより王位を追われて国外に追い出されることになったのも事実。

 裁判の結果、流刑にされたところを救われ、今、こうして支えてくれる仲間と共に彼方に向かって航海をしている。

 目的地は未だ彼に知らされていない。


「まあ、ディナリスも違うがシウネに至っては酷い書かれぶりだぞ。

 彼女は『んほほほほ』なんて笑い方はしない」

「ハハハ。たしかに特徴的な喋り方や笑い方はしてたが、んほほほ、は無いな。

そんな笑い方する女はいない」


 私とディナリスの意見に対し、レプラは、


「キャラクターを立たせるには非現実的な特徴をつけるのが手っ取り早いのですよ。

 それにあながち間違っては無い————」

「ま、間違いだらけですよおおおおっ!!」


 怒鳴り声を上げたシウネが息を切らせながら立っていた。

 彼女も別の船にいたのだが、その手にあるカギ縄らしきものを見て皆は状況を察した。

 頭脳派なのになかなか行動的だな、とジルベールは感心している。


 目の下に濃いクマができており、またろくに寝ていない。

 彼女が天才的な学者というのも事実。

 王国教養大学に通う学生の身でありながら、既にカメラや信号弾と言った画期的な発明を生み出しており、人類の科学史を引率する存在だと褒めそやされている。


 化粧っ気はなく髪の毛を後ろに縛り、男物のシャツとズボンを纏っていて女性らしさを匂わせないようにしているが、はっきりとした目鼻立ちや豊満な体つきのせいで美女であることを隠しきれない。

 レプラにしがみつくようにして抗議する姿も熱い息を吐いたり、シャツの裾がはだけておへそが見え隠れしたり、豊かな胸がたゆんたゆんと揺れていたりと、無防備な色気があふれている。



「あなたに文芸の才は無いのだから自分に合った仕事をしてください!

 こんな駄文を読まされるみんなの気持ちに考えてくださいよ!」

「割と好評よ。特に男性陣には。

 ジルベールへの好感度も上がっているし狙い通りね」

「くそぅっ! 男ってのは度し難いなぁ!」


 頭を掻きむしるシウネ。

 国王だった頃は毎朝、新聞が配られるたびに民に嫌悪されていたジルベールにとっては複雑な心境だった。


「ちょっと待った!

 この小説?はみんなに配られているのか?」

「ええ。各船に一枚ずつ。

 概ね良い感想を頂いていたのでジルベール様にお見せしたのですが」

「え!? みんな読んでるってこと!?」

「はい。なんて言ったってこの船に乗っている人間は皆、ジルベール様のこと大好きですから」


 しれっと言われたものだからジルベールは呆気に取られて言葉が出てこない。

 代わりにディナリスとシウネが詰め寄る。


「ジル様にまで何も知らせてないとか何考えてるんだっ!」

「これ侮辱罪ですよね? ジルベール様、裁判の開廷を願います!」


 熱くなっている二人に対してレプラは涼やかな顔を崩さない。


「まあまあ、落ち着きなさいよ。

 せっかく良い役で出してあげてるんだから。

 この後すぐ二人ともジルのお手つきになるのよ」

「おい、事実の記録ではなかったのか」


 風評被害を招きかねない描写にジルベールは怒り気味に詰め寄るが、


「そ、そ、そんな餌で釣られませんからねぇっ!」


 と少し浮かれ気味に騒ぐシウネを見て「餌になるのか………」と呟き脱力した。

 ディナリスはため息混じりにレプラに問う。


「つーかさ、なんでこの物語にアンタは出てないんだよ。

 王国にいる時はジル様の側近で、ジル様の怒りが爆発した原因な上に救出作戦の首謀者。

 出さない方が不自然だろうが。

 鉄火場にだって立っているんだし、華々しく登場しろよ」


 この指摘は的を射ている。


 ジルベールの生涯を物語にするならばレプラを除いて描くことはできないだろう。

 王国を追放されたのはジルベールが新聞社を放火したからだ。

 動機は新聞社がレプラの裸の写真を国中にばら撒いたことに対する復讐。

 そして、今、総勢2000名の船団で王国を離れ航海しているのも彼女が長年温めていた計画であり、その手腕と人脈があって初めて成せた荒技である。

 当然、彼女の存在を書かなければ大きなピースが欠けたパズルのように不自然で出来の悪い物語になってしまうのだ。


「私……俺もそう思うぞ、レプラ。

 他人を勝手に描くより自分をまず描くべきだ」


 ジルベールがそう言い聞かせるとレプラは沈痛な面持ちで、


「こんな軽薄な物語の登場人物になるなんてまっぴらゴメンです」


 と吐き捨てるように言い返した。

 次の瞬間、ディナリスに胸ぐらを掴まれ高く持ち上げられた。


「コイツ海に投げこもーぜ!

 メガロシャークとか漂っていないか?」

「だ、だめですよぉ〜!

 今、レプラ様を失えばこの船団が漂流者に早変わりですよ!

 ……シメるのは陸についてからにしましょう……ウェヒヒヒ……」


 わちゃわちゃと三人の女性がかしましく騒いでいる。

 ジルベールの目に映るその光景はとても平和なもので国の外に逃げて得た自由を実感できた。

 だから、彼は心からこう言った。


「ありがとう、みんな」


 彼女たちはずっと心配してくれたのだ。

 健在を示すことがせめてもの報いになるだろう、とジルベールは大袈裟なまでの笑顔を作り、笑い声を上げる。


「ハハハハハハハ! あんな王国なんてダールトンにくれてやる!

 もう二度と国王なんてやるものか!

 これからはお前達に全て任せて楽して暮らしてやるからな!

 覚悟しておけよ! 本当に好き放題やってやるからなああああああ!!」


 背負うものなど何もない。

 今までずっと我慢して生きてきたのだ。

 生まれ変わったつもりでワガママに生きていこう。

 それを許してくれるほどに、ここにいる人たちは暖かい————



 国を追われた王はそのようにして第二の人生を歩み始めた。

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