二日目
翌日、窓を開けると太陽が消えていた。しかし、不思議なことに空は依然として明るく青色に澄み渡っている。
「嘘……でしょ……」
タブレットを確認し、SNSを確認する。流石に解せないという意見が多く見受けられた。この日も町長が会見を行うとされ、陽向はタブレットを深刻そうな眼差しで見つめた。
「本日、太陽の消失が確認されました。昨日の停止に続き、またしても不可解な出来事が起こっており、我々としましても自体の究明に努めております……」
そう町長はどこか自信なさげに告げた。マスコミの質問に対してもあやふやな答えしか答えられず、どこか焦っているようにも見える。結局、町長がはっきりと回答することは叶わず会見は終了になった。
町ですらわからないのに、自分が考えてもしょうがないと陽向はリビングの棚に入っている一枚のファイルを取り出す。そして、そのファイルを一枚ずつ捲っていき一枚の写真を指の腹でなぞった。
「お父さん、お母さん……」
両親を偲びながらなぞった写真、それは陽向の両親の写真であった。
「町が今、大変なことになってるんだよ。太陽が動かなくなっちゃって、しかも消えちゃって。その内この町まで消えちゃう……なんて流石に無いよね」
呟きで無理に不安を潰そうとしたものの、不安というのはそう簡単に消えるものではない。不安で戦々恐々としたのか体が一瞬震え上がる。
「……寝よう」
冷え切った床を歩き、寝室まで来るとしっかりと布団を被り目を瞑る。しかし、陽向が休まった顔になることはなく、目を開いた。暖房器具は持っていないため、布団で体を包むくらいしか陽向にできる手立てはない。
「寒いなぁ」
この町にも年較差はあるとはいえ、そこまでひどくはなく穏やかなものである。ましてや、布団を被っても寒さで目を覚ますなど近年一回もなかった。
その後は敷布団の上をゴロゴロ転がったり、足をすり合わせてみるも体は一向に温まらない。それどころかより一層寒くなっているような気がし、目もすっかり覚めてしまった。
ならば仕方ないと、ヘッドボードに置いたタブレットの手に取り電源をつける。何か暇つぶしになるようなものはないかと気軽につけたものだったが、起動してすぐに出てきた画面に陽向は思わず目を見張った。
「はぁ?どうなってるの?」
『速報 空に穴が開く』
またしても信じられないような文言だが、太陽の停止や消失に慣れてしまったのか前者二つに比べればそこまでの驚きはない。
だが、驚きが弱いとはいえとてつもないことであることは疑いようもなく、凍えそうな寒さも寝ようとしていたことも忘れ迷わずその文章をタップした。空に穴が空くと同時に、夜空の星も一斉に見えなくなったという。そしてすぐに、穴の破片が町に落下した。厚さ数メートルもある巨大な物体が落下してきたとあって、衝撃は凄まじく付近の家屋が損壊。怪我人も発生した。その後は、穴の周辺が凍り、その冷気により地表面まで温度が低下したらしい。
陽向は文章を読み終わると急いでリビングへ向かい窓を開けた。夜空に浮かぶ星星は一つもなく、ただ穴にまとわりついた氷が浮かんでいるだけだった。
「意味分かんないし、何より寒い」
記事によれば数分であの穴が凍りついたということなので、かなり寒いことは明白。陽向は自らの体を抱きしめ、家の奥へと入っていった。しかし、穴から入ってくる冷気は生半可な壁では防げない。寝室も、決して寒くはないとはいえず更に奥へと入っていった。
「そういえば、この部屋入ったことない……」
ふと言葉を漏らした部屋。それは重厚な壁と扉に囲まれた部屋であり、両親が再三入ってはだめと言っていた部屋。そのため、両親がいなくなってからも言い聞かせを守っていた。しかし、異常な寒さが少しでも和らぎたいと陽向の手はドアノブに触れた。
「ごめんね」
陽向はそう言い残しドアノブを捻った。まず飛び込んできたのは大量の埃だった。普段からリビングにロボット掃除機を走らせている陽向からしてみれば、地獄も同然。思わず噎せてしまう。
やっぱり止めようと思ったとき、部屋に見覚えのある物が見えた。陽向は恐る恐るそのものに近づき、纏わりついているゴミを除けた。
「えっ?これって……お母さんの服?」
母親がいなくなる直前に来ていた服だった。直後にいなくなったこともありたまたま覚えていたのだが、全体的に黒く焦げていた。
気が動転し一心不乱に周りのゴミも除け始めるが、手が服の下にある硬いものに触れた。何かと思い服のゴミを全て除けて全体像を確認する。
「えっ……?」
最早紡ぐ言葉もなかった。そこにあったのは、骨──人間の死体だった。
最悪の可能性を想定してしまい、絶望に打ちひしがれた顔になる。だが、別人であってほしいと願いながら周囲も確認する。
そして、もうひとり。陽向の父親の服を着た遺体が見つかった。複雑な感情を胸に抱きつつも、全てのゴミを払い除け二人の全体像が見えた。
そこには変わったところがあった。父親も、母親もどちらの遺体の衣服が焦げていた。
そして、目の前には灰色の埃を纏った巨大なひどく錆びついた機械が鎮座している。その機械は息を吹きかければ消えてしまいそうな灯火のようにか弱い朱色の電源ランプが薄っすらと点灯していた。
「何かの機械?」
高度に情報化、機械化、小型化が進んだ今日において、このような大きい機械は時代遅れの象徴であり陽向も画像でしか見たことがなかった。
機械へ近づき、改めてその巨大な機械を捉える。
両親が死の直前に何をしていたのか。そして、なぜ死んでしまったのかを解明するために機械のすぐ近くまで来ると、電源ランプが朱色から白色へと変わり空中ディスプレイが表示される。その空中ディスプレイには、音声ファイルの再生画面が表示されており陽向は覚悟を決めて再生ボタンをタップする。
「陽向……陽向なのか?もしも別人がこれを聞いているのであれば、いい間違えを許してほしい」
埃が溜まっているのか、或いは劣化してしまったのか。その音声にはノイズがまじり、音声も所々欠けている。何より聞き慣れない儚げな声。だが、間違えるはずがなかった。実際、陽向もその声を聞いた瞬間に悟ってしまう。亡き父の最後の言葉であると。
「父……さん……?」
久しく声など聞いていない。しかし、いざ聞いてしまうと情緒を平穏に保つことなど到底出来ず声が出てしまう。もういないとわかっているのに。
「陽向に教え込んだ工学の技術、活かしているか?陽向のことだ、きっといいように活かしてくれているに違いない。そんな研鑽された技術を持つ陽向に使命を告げる」
儚げにも関わらず優しかった父親の声は、息子の成長を期待した言葉を紡いだ後、凛となった。
「この部屋に入って来れたということは、即ち太陽が止まり消えたということ。空に穴でも空いているのかもしれないな」
陽向は理解できなかった。なぜ今町で起こっていることを数年も前に予知できたのか。なぜ告げる必要があるのか、そして自らに課された使命。呑気に父親との思い出に耽っている場合ではない。
「平穏が脅かされた原因。それは、町管理システムの不具合だ」
聞いたことがない言葉だった。だが、陽向は工学に造詣が深い以上、システムという言葉と文脈からおそらく何らかの機械なのかと推察する。何の機械かはわからないがよほど重要なものなのだろう。
だが、太陽が止まるというのは意味がわからなかった。システムが停止したことによりインフラなどの人工物に影響が影響が出るというのであればわからないことはない。まるで、太陽が人工物であるかのような言い方だ。
「意味がわからないとでも言うのだろう?では、この世界とは何だ?」
まるで陽向を見ているかのように、父親は語りかけた。
「世界?それは、この町。壁に隔たれた空間が町であって世界……だよね?」
町民皆が同じ考えのはずだ。小学生ですら軽々と答えてくれるだろう。だが、なぜこんなことを聞いたのか陽向には意図が読めていない。
「この町が世界だとでも思っているのだろう?だがな、世界はもっと広い。世界の外にも世界はあるんだ」
父親から聞かされたのは今までの、陽向が生きてきた十数年で会得した常識をひっくり返すものだった。陽向は驚く間もなく、父親は言葉を続けた。
「私は、この壁を妻と一緒に管理していた。保守ロボットの管理などはしっかりやっていたのだがな、どうしても老朽化には抗えなかった。そして、ついに漏電して二人もろとも感電したんだ。おそらく、私は間もなく死ぬ。だからこそ、最後の力を使いこの音声を残した。世界の出口が部屋にある。陽向が世界を救うヒーローになることを願っているぞ」
「お父さん!!」
ディスプレイには再生終了のマークが無慈悲にも表示された。元々一生会えないことは薄々感じていた。しかし、いざ今生の別れを実感するとやるせない気持ちになる。
「何だよ。何なんだよ!……」
失踪したと感じていても、悲しいとは思わなかった。どこかで元気にしていたり、仕方なく疾走しているのかもしれないと、心のどこかでかすかな望みがあったのだ。望みが潰えたことで両親ともに死を実感せざるを得なかった。
二人の遺体についた埃を涙ながらに除け、整えると二人の前で目を瞑り合掌した。