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ロゼ・ネバーダイ

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」


 森の中、元来た道を全力で走り抜けるエアリスは先程の出来事を思い出し涙を流していた。ラフィットにバモン、二人とも気さくで心優しく自身の夢に対しても真剣に受けとめてくれた。ほんの僅かな時間だったが間違いなく心の底から信頼できる仲間と呼べる存在に出会えたのだ。だがその二人はもういない……。


(ラフィットさん……バモンさん……これから沢山の冒険をする筈だったのにどうしてこんな事に……!! いや、泣いてる暇なんか無い!! 早くこの事を伝えなきゃ!!)


 今すぐにでも声を出して泣きたいと思うエアリスであったが今はそんな事をしている場合では無い。ルーベルが時間を稼いでいる間に一刻も早くこの事態をギルドに伝えなければならないのだ。先程のルーベルの言葉を思い出したエアリスは涙を拭い、悲しみを押し殺すと更にスピードを上げた。


「キャッ!!」


 だがその時、落ち葉に隠れて見えなかった木の根に足を掛けてしまったエアリスはそのまま盛大に転んでしまう。


「痛たたた……」


 足に痛みを感じ確認すると膝を擦りむいていた。だが走る事に支障をきたしていない為、すぐに立ち上がって再び走り出そうとする。だがその時、背後から先程と同様に大木が倒れる音が段々と近付いて来た。


「ッ!?」


 エアリスはまさかと思いゆっくりと背後を振り向いた。するとそこにいたのは先程のディアボロ・スコーピオンであり、エアリスを逃すまいと猛スピードでこちらに近付いて来た。


「そんな……まさかルーベルさんまで……」


 足止めをしていてくれている筈のルーベルの姿は何処にもなく、考え付くのは最悪の結末であったが今は悲しんでいる間も無い。目の前に迫って来る存在をどうにか対処しなければならないのだ。エアリスは杖を取り出すと相手の頭部に狙いを定める。幸いにも的が大きく、左右に移動もしない為に狙うのは容易かった。


ファイアボール(火球)!」


 杖の先端に現れた赤い魔法陣から放たれた数発の火球が一直線に飛んで行く。そしてディアボロ・スコーピオンの頭部に見事全弾命中するがその甲殻の前には焼跡一つ付かなかった。そうこうしているとエアリスとディアボロ・スコーピオンの距離は僅か数メートルにまで迫っており、ディアボロ・スコーピオンは鋏を振り上げると先程のラフィットと同じ様にエアリスの頭上めがけて鋏を振り下ろした。


「ッ!!」


 何とかそれをかわすが、鋏が地面に当たった衝撃でエアリスの体は大きく吹き飛ばされてしまう。そして地面に転がり落ちたエアリスは自分が杖を手放してしまった事に素早く気付き、周辺を見回した。幸いにもすぐ近くに落ちているのを見つけるとそこまで這って行き、杖を手に取る。


 だが杖を手に取るや否や背後から強烈な視線を感じ取り、恐る恐る振り返ると既に鋏が届く範囲にまでディアボロ・スコーピオンが迫っていた。


「ッ!? ファ、ファイアボール(火球)!!!」


 咄嗟に杖を構えてファイアボール(火球)を放つが結果は先程と変わらず、ディアボロ・スコーピオンには全く効果が無かった。


「そんな……」


 まるで蟻と人間ほどの圧倒的な力の差を見せ付けられたエアリスにはもはや絶望する事しか出来ず、杖を握るその手は次第に力が抜けて下がってしまった。一方のディアボロ・スコーピオンはエアリスの身体の中心に狙いを定めると尾の先端の毒針を一直線に突き刺す。


「……ッ!!!」


 エアリスはギュッと目を閉じて死を覚悟した。そして毒針は体を貫通し大量の血液が流れ出す。例え生きていたとしても針から分泌される猛毒が次第に全身に回り生存の可能性は絶望的であった……だがそれはエアリスではない。


「……?」


 いつまで経っても訪れない痛みと衝撃に不信感を覚えたエアリスはゆっくりと目を開ける。すると最初に視界に入ったのはよく知る者の背中であった。


「!? ……ルーベルさんッ!?」


 そこに立っていたのは体に毒針が突き刺さりながらもエアリスを守るボロボロのルーベルであった。先程の戦いでディアボロ・スコーピオンに瀕死の重傷を負わされながらも何とか追い付き、毒針がエアリスに突き刺さる直前で身代わりとなったのだ。


「グッ……ガハァ……!!」


 ルーベルは口から大量の血を吐き出し、その場でよろめく。最早身体に力など入らずただ倒れ行くのみのルーベルだったが、最後の力を振り絞って手に握りしめていた閃光弾をディアボロ・スコーピオンの眼前に向かって投げつけた。


 瞬間、閃光弾が炸裂して眩い光が周囲に立ち込める。目の前で突然発生した光にディアボロ・スコーピオンは錯乱し、その場でジタバタと暴れ出して手当たり次第に木を薙ぎ倒しだした。それと同時にルーベルの身体に突き刺さる毒針が抜け、ルーベルはその場に倒れ込む。


「ルーベルさん!! 待っててください、今すぐ治療をッ!!」


 エアリスはルーベルを仰向けにさせると傷を確認した。腹部に直径5センチ程の穴が貫通しており、そこから血が耐える事なく溢れつずけて地面に流れた血は次第に大きな水溜りとなって行く。エアリスは自分の服の一部を破くと傷口をそれで押さえつけた。そして杖を傷口に向け回復魔法を唱えようとするが、その杖をルーベルがそっと下ろさせた。


「エアリスさん……私のことはもういいです……早く逃げて下さい……」


「何を言ってるんですか!? 私の回復魔法ならきっと助かります!! だから……!!」


 エアリスは涙を流しながらも必死に作った笑顔で励ましの言葉を送るがその実、これほどまでに大きな傷を治せるという確かな自信は無かった。更には体内に入った猛毒は傷口を完治させたとしても取り除く事までは出来ず、どの道助かる見込みは何処にもないのが現実であり、ルーベル自身もそれを理解していた。


「例え傷が治ったところで……全身に毒が回ってどの道もう助かりません……さあ、奴の目眩が治る前に……早く!!」


 ディアボロ・スコーピオンは既に落ち着きを取り戻しつつあり、次襲ってくれば間違いなく助からない。だが、もしここでルーベルを置いて逃げればまだ助かる可能性は十分にある。ルーベルを置いて逃げるかどうか、普通であれば葛藤するかも知れない。だがエアリスの考えは既に決まっていた。


「嫌だ……誰かを見捨てて逃げるなんて絶対に嫌だ!! 例え助からないとしても……死んでしまう運命だとしても……独りぼっちで死なせるなんて……そんなの私は絶対に許さない!!!」


「エア……リスさん……」


 その言葉はエアリスの心の叫びであり、覚悟の証であった。そしてエアリスは地面に落ちていたルーベルのロングソードを拾うと、ルーベルを庇うように前に立ち、ディアボロ・スコーピオンに向けて剣を構える。剣術など今まで一度も習った事はなくズブの素人である筈のエアリスだが覚悟を決めたその姿には何処か力強さを醸し出していた。しかしそんなエアリスをよそ目に混乱が治ったディアボロ・スコーピオンは最後の仕上げと言わんばかりに鋏を開閉させながらジリジリと距離を詰めていた。


「ふぅ……ふぅ……!!」


 ディアボロ・スコーピオンが徐々に近付いて来るに連れて、エアリスの恐怖心も増してゆく。だが決して逃げようとはしなかった。そしてディアボロ・スコーピオンは射程距離内に入った瞬間、右腕の鋏を突き立てるとエアリスに向かって一直線に降り下ろした。


「ッ!!」


 だが、エアリスに鋏がぶつかる直前に森の奥から何者かが猛スピードで走って来たと思えば、跳躍して鋏の上を飛び越えると地面に着地する。すると次の瞬間、鋏の部位がズルリと滑り落ちて大量の紫色の体液が噴出した。


「キシャァァァァァァ!!」


 ディアボロ・スコーピオンは今まで経験した事のない激痛に金属を擦り合わせた様な金切り声を上げるとその場でのたうち回る。そしてその光景を見ていたエアリスは驚愕と再び助かった事への安心感でヘナヘナと力が抜けて地面に座り込んでしまう。あれ程までに強固だった筈の甲殻で包まれた鋏を斬り落とすなど一体どうやったのか。その疑問からエアリスの視線はディアボロ・スコーピオンから先程の人物へと自然に移り変わる。するとそこにいたのは昨日ギルドですれ違ったあのローブ姿の人物だった。


「あの人は……」


 ローブの人物はエアリスの視線に気付くとこちらに歩み寄って来る。そしてすぐ手の届く範囲まで近付くとエアリスに手を伸ばした。


「アンタ、大丈夫かい?」


 エアリスはその手を取ると立ち上がる。


「はい……あの……助けて頂いてありがとうございます…」


「礼ならあの野郎をぶっ倒してから言いな」


 ローブの人物は背後で悶えているディアボロ・スコーピオンを親指で指差しながらエアリスにそう言う。すると地面に倒れているルーベルの存在に気が付いた。


「そいつ……アンタの仲間かい?」


「はい……」


「他に仲間は?」


 その質問にエアリスはすぐ答える事が出来ず、グッと唇を噛み、言葉が詰まってしまう。


「二人いました……けどもう既に……」


 その言葉と表情で察したのかローブの人物は「そうか……」と小さく呟いた。


「そいつの側に付いといてやりな。すぐに終わらせてくる」


 ローブの人物はそう言うと、自身の肩に手を掛けてローブを剥ぎ取った。その下から現れたのはエアリスより少し年上の女性で、桜色のラインが入った白髪のポニーテール。真っ黒な瞳に右目の周りには赤色の紋章の様なタトゥーが入っている。服装は上下を黒で統一した侍の和服に、白を基調とした生地に紅い髑髏マークが背中に描かれた羽織りを肩に羽織い、足には素足に草履を履いていた。そして腰には一本の刀を携えている。


 侍の様なその女性の容姿は歴戦の戦士の如く勇ましく、そしてそれと同等に余りにも可憐であった為にエアリスは一瞬、見惚れてしまう。そんなエアリスを横目に女性は刀を抜くとディアボロ・スコーピオンに向かって歩いて行き、一方のディアボロ・スコーピオンも自身の鋏を切り落とした恨みが募っているのかその女性を見るや否や残された鋏を天に掲げて全力で威嚇する。


「さあ、やろうじゃねぇか怪物。このロゼ・ネバーダイ様が相手してやるよ!」


 侍の様な風貌のロゼ・ネバーダイは走り出すとすぐさま懐に入り込み、六本ある脚のうちの一本を切り落とした。再び体の一部を奪われたディアボロ・スコーピオンは残っている方の鋏で何度もロゼを叩き潰そうとするが、それらの攻撃をロゼは流れる様にかわし続ける。


「そ〜らもう二本!!」


 攻撃をかわし続けながら反対側へと移動し、今度は脚を二本連続で切り落とした。脚の数が半分になった事でバランスを失ったディアボロ・スコーピオンの胴体は垂直に落下し地面へ伏してしまう。そんな姿を正面から見ていたロゼは鼻で笑いながら刀を肩に掛けて余裕の表情を見せ付けた。


「なんだい、もう終わりか? 張り合いのない奴だねぇ……」


 その態度に激怒したのかディアボロ・スコーピオンは残っているもう一本の鋏を開いてロゼに掴みかかるが、それを想定していたロゼは握っている刀を振り下ろすと鋏を縦方向に真っ二つに斬り分けてしまった。


「ギジャァァァァァァァァァァァ!!?」


 甲高い咆哮を上げるとディアボロ・スコーピオンは今度こそ完全に地面へと倒れこんでしまった。


「凄い……あんなに大きなモンスターをいとも簡単に……」


 エアリスはルーベルの傍で傷を少しでも癒そうと治療を行いながら、その戦いの全容を見ていたが何よりロゼの強さに驚愕していた。あの巨体を持つディアボロ・スコーピオンをいとも簡単に倒してしまうとはラフィットの言ってた噂は本当であったのだと今になってエアリスは思う。


「クソッ! 血が口ん中に入っちまった……」


 ロゼは最後に鋏を斬り裂いた際に顔にかかってしまった体液を拭いながらエアリスの元へと歩み寄る。


「傷の具合はどうだい?」


「……駄目です。全力を尽くしましたけど……もう……」


 ロゼの問いにエアリスは俯きながら涙を零す。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ルーベルの呼吸は次第に小さくなっていた。回復魔法を掛け続けていたおかげで傷は僅かながらに塞がっていたのだがそれでもやはり出血が酷く、それに加えて猛毒が全身に回りつつあった。そんな状態のルーベルを救う為には大量の輸血用の血液と毒を浄化させる血清が必要となるのだが、そんな物はこの森の何処を探しても見つかる筈がなく、もはや諦める以外の選択肢は無かった。すると朦朧とする意識の中でルーベルが僅かに目を開き、ロゼの姿を見る。


「はぁ……はぁ……あ、貴女は?」


「単なる流れ者の旅人さ。この森を通り過ぎていたら偶然アンタ達を見かけてね」


「や、奴は……ディアボロ・スコーピオンは……?」


「安心しな。まだ息はあるが奴にもう動く力は残ってないさ」


 ロゼ達の背後には瀕死の状態のディアボロ・スコーピオンが僅かながらに体を動かして立ち上がろうとしていた。だがそんな気力は残されておらず、それを聞いたルーベルは安心してようやく笑みを浮かべる。


「そうですか……良かった……」


 そんなルーベルを見たロゼは神妙な面持ちとなり、刀を鞘に納めると傍に寄って地面に膝を着いた。


「すまない……もう少し早く辿り着いていればアンタを助けられたかもしれねぇ……」


「謝らないで下さい……エアリスさんだけでも救って頂いてなんとお礼を言えばいいか……。!? ガハッ!!」


 その時、ルーベルは口から大量の血を吐き出した。猛毒が全身を回りきり、こと切れる間近であったのだがルーベルは最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。


「はぁ……はぁ……最後に一つ頼みを聞いて貰っても良いですか……?」


「何だい? 言ってみな」


「彼女を……エアリスさんを無事にギルドまで送り届けてくれませんか……彼女は冒険者になってまだ間も無いんです。ディアボロ・スコーピオンがこの森に現れた今、何が起こるか分からない……だからッ……」


 ルーベルは枯れた声で必死に懇願する。そしてそれに対してロゼは大きく頷いた。


「分かった。約束するよ」


「ありがとう……ございます……」


 ロゼに感謝の言葉を贈ったルーベルは最後にエアリスの方を向く。


「すいませんでしたエアリスさん……怖い思いをさせてしまって……」


「そんな……謝るのは私の方ですよ! 二度もルーベルさんに助けて貰って……私が足手纏いなばっかりだからこんな事に…」


 エアリスは泣きながら首を横に振って否定する。するとルーベルはエアリスの手をそっと握り締め、微笑みかけた。


「いいえ。あなたは強い人だ……ディアボロ・スコーピオンを前にしても私を見捨てて逃げなかった……本物の勇気と覚悟をあなたは持っている……あなたならいつかきっと……夢を……叶え……られ……る……」


 ルーベルがエアリスに贈る最後の言葉は賞賛であった。そしてその言葉を最期にルーベルは瞳をゆっくりと閉じ、エアリスが握る手もスルリと地面に滑り落ちた。


「ルーベルさん!? ルーベルさん!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!!」


 エアリスが大声で声を掛けるが返ってくるのは静寂のみであった。そしてルーベルの遺体に擦り寄ると今まで溜め込んでいた悲しみが爆発した様に大声で泣き叫ぶ。そんなエアリスをロゼは何も言わず黙って見守り続けていた。

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