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悪魔の蠍

 周辺の探索をバモンに任せた三人はそれぞれ思い思いの休憩をとっていた。エアリスは魔術書を読み、ルーベルとラフィットは自身のロングソードと弓矢の手入れをしている。


「……ん?」


 するとある異変に気が付いたラフィットは突然立ち上がるとある一点を見つめる。その目線は先程バモンが進んで行ったのと同じ方角だった。そして何の脈絡も無しに立ち上がったラフィットに対しルーベルは不思議そうに見つめた。


「どうしたんだ? いきなり立ち上がって」


「静かにッ!」


 ラフィット人差し指を顔の前で立てる。その様子から何かただならぬ事態が発生したのだと察したルーベルとエアリスも慌てて立ち上がり、ラフィットと同じ方角を見つめる。


「ラフィット……どうした?」とルーベルは小声で囁く様に声を掛ける。


「分からねぇ。だけど何かがこっちに近付いて来てる……」


「バモンが戻って来たんじゃないのか?」


 ルーベルは単にバモンが同じ道を通って戻って来たのだと考えたのだが、ラフィットはそれを否定する様に首を横に振る。


「いや人間のサイズじゃねぇ……もっとデカイ!!」


 ラフィットはそう言いながら警戒して弓矢に矢を掛けた。ルーベルも同様にロングソードを構え、慌ててエアリスも杖を取り出した。すると何処からともなく巨大な地響きと共に大地が揺れ始めた。それと同時に三人の向いている方角の奥から何かが木を薙ぎ倒しながらこちらに向かって来る。


「来るぞ!!」


 そして目の前の木が薙ぎ倒されたと同時にその正体が明らかとなった。全長20メートルはあろうその巨大な体は赤黒い甲殻に覆われ、その巨体を支える六本の強靭な脚、巨大な岩石をも握り潰せる程の巨大な二本の鋏、そして強固な甲殻に覆われながらもしなやかに動く細長い尾とその先端にギラリと光らせる鋭利な尾針。その姿を見た瞬間、ルーベルとラフィットは戦慄した。何故なら絶対にいる筈のない存在が目の前に現れたからだ。


「嘘だろ……!!?」


「ディアボロ・スコーピオンが何故こんな所に……!?」


 現れたのはディアボロ・スコーピオンと呼ばれる危険度1に指定されている凶暴なサソリ型のモンスターだった。並の武器では全く攻撃を通さない強靭な甲殻を全身に包み、その尾の先端にある針には体内に入ると数分で死に至らしめる程の猛毒を備えている。そんな怪物が突如として目の前に現れたのだから戦慄するには十分な理由だった。だがいつまでも臆している暇はない。ルーベルはすぐさまどう行動すべきかを模索する。


(どうする……!! コイツに勝てる様な実力は俺たちには無い……かと言って簡単に逃げられる様な相手でも無い……!!)


 ルーベルはふと隣にいるエアリスを見る。ディアボロ・スコーピオンを目の前にしてその表情は恐怖に染まっており、体や杖を持つ手も小刻みに震えていた。


「(せめてエアリスさんだけでもこの場から逃がさなくては……それにバモンが戻って来れば何とか撃退できる可能性もある!!)ラフィット……エアリスさんを何とかこの場から逃す……俺たちで時間を稼ぐぞ……」


 ルーベルは小声でそう話しかけるがラフィットは恐怖心に駆られているのかディアボロ・スコーピオンを見つめたまま全く反応しなかった。そんな姿を見たルーベルはラフィットの肩を掴むと大きく揺らした。


「おいしっかりしろ!! バモンがもうすぐ戻って来る!! それまで……」


「バモン……」


「え?」


 ラフィットがそう名を呟くとディアボロ・スコーピオンのある一点に向かって指を差す。ルーベルはその指さす方へと視線を移すとそこには……。


「そんな……」


「嘘……」


 その先にあったのはディアボロ・スコーピオンの尾針に胴体が突き刺さったまま息絶えているバモンであった。尾針が刺さる傷口からは絶える事無く血が流れ続けており、串刺しにされたその体は完全に力が抜けてゆらゆらと揺れていた。するとディアボロ・スコーピオンは長時間突き刺していたバモンの遺体を邪魔に感じたのか埃を払う様に尾を勢いよく振って地面に叩き落とした。


「あ……あぁ……!!」


 地面に転がり落ちるバモンの遺体を目の当たりにしたラフィットは瞬間的に脳裏にこれまでの思い出が過ぎる。仲間となって初めて依頼を達成した時の喜びや三人で夢を語り合ったことや喧嘩をした日の事。そのどれもがかけがえのない記憶であり、新たな仲間が加わったこれからも続いて行くものだと信じていた。だがバモンはもうこの世には居ない。その事実を改めて認識したその瞬間、ラフィットの中でプツリと何かが切れた。


「てめぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」


「ラフィット!? よせッ!!」


 ラフィットは弓矢を地面に投げ捨て、腰に携えて居た短剣を抜くとディアボロ・スコーピオンに向かって走り出した。だがあの巨体に加えて強固な甲殻を備えているディアボロ・スコーピオンに対して短剣で挑むなど余りにも無謀であるが、今のラフィットにそんな事を考える冷静さは持ち合わせておらず完全に怒りに身を任せていた。そしてその暴挙を見たルーベルが止めようと背後から声を掛けるが、怒りに身を任せている所為か言葉は全く届いていない様子であった。


「くたばれ!! クソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 短剣を突き立てて突撃するが現実は決して甘くはなく、ディアボロ・スコーピオンは自身の鋏を振り上げるとまるで地面を這いずる蟻を潰す様にラフィットに向かって鋏を降り下ろした。そして振り下ろされた鋏は地面に小さなクレーターを作り上げ、ラフィットはそれをまともに食らってしまった。


「ラフィットォォォォォォォッ!!?」


 ルーベルの叫びも虚しく、クレーターの中心には鋏の下敷きになる血塗れのラフィットが即死していた。遺体の右腕や左足は千切れかかっており先程の一撃がどれ程の威力だったのかを物語っていた。


「クソォッ!!」


「そんな……バモンさんもラフィットさんもあんなに簡単に……」


 つい数分前まであれほど元気に動いていた二人が今やモノ言わぬ死体となった。その事実を目の当たりにしたエアリスは自身の心臓が早鐘を打つのを感じており足元が次第に覚束なくなっていた。するとルーベルがエアリスを庇うようにディアボロ・スコーピオンの前に立ち塞がるとロングソードを構えた。


「エアリスさん。私が何とか時間を稼ぎます……その間にこの森から脱出してギルドにこの事を知らせてください!」


「でもルーベルさんは!?」


「私なら大丈夫です……奴を撹乱させてすぐに追いかけますから!」


 ルーベルはぎこちない笑顔を見せるが、剣を握るその手はカタカタと震えていた。実際のところルーベル自身、目の前にいる怪物に敵う訳が無いと悟っており今すぐにでもこの場から逃げ出したいという恐怖心が心の中を支配していた。だが最後の仲間となってしまったエアリスを救いたいというリーダーとしてのプライドがその恐怖心を押し殺したのだ。そしてその覚悟を受け取ったエアリスは大きく頷く。


「分かりました……!! けど絶対に生きて帰ってきてくださいね!!」


「……はい。約束します!! さあ、行ってください!!」


 その掛け声と同時にエアリスは走り出した。そしてその姿が見えなくなるのを確認したルーベルは改めてディアボロ・スコーピオンを睨み付け、そのまま既に亡くなっている仲間たちの遺体に視線を移した。


「ラフィット……バモン……待っていろ、お前たちの仇は俺が取るッ!!!」


 そんなルーベルを嘲笑うかの様にディアボロ・スコーピオンは自身の鋏を交互に研ぎながらゆっくり近付いて行った。

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