東の森
翌朝、比較的ぐっすりと眠れたエアリス達は焚火の後始末をし、荷物を纏めて東の森へと再出発した。その道中ではここ最近の名のある冒険者やハンターの話題で盛り上がっていた。
「この近くにも有名な人達が沢山いるんですか?」
「まぁな。少し遠いがここから西に進んだ所にこの国の第二の都市と言われてるサルランタの街があってな。そこに腕の立つ冒険者やハンターのチームが大勢いるんだぜ」
「へぇ……その中でも特に有名な方は?」
「そうだなぁ……やっぱりよく話題になるのはハンターチーム『ジーニアスワイルド』冒険者チーム『ガロウ』の二つだな。特にガロウは凄いぜ! なんたって第一級の冒険者チームだからな!」
「第一級……現状で上がれる最高階級ですよね……」
昨日の話を思い出したエアリスはそのチームの実力が如何に高いのかを考える。するとその話を聞いていたルーベルとバモンも会話に参加する。
「けれどジーニアスワイルドだって第二級ハンターチームですよ。特にその内の一人がかなりの実力者だと聞きます」
「それに風の噂で聞いた話しだが、この近くの村にも相当な手練れが何人かいると聞く。まぁ噂だがな」
「この付近だけでもそんなに凄い方々がおられるんですね……」
今聞いたのはこの周辺に滞在している者達の話であり、世界に目を傾ければもっと凄い者達が大勢存在するのだ。エアリスは自分のレベルが如何に低いのかを思い知る。するとその時、ふと昨日ギルドの入口ですれ違った者の事を思い出した。すれ違った際にラフィットとバモンが何らかの話をしているのを見ていたエアリスはあの者は有名な人物ではないのかと疑問に思ったのだ。
「そう言えば……昨日ギルドの入口ですれ違った方が誰なのか皆さんはご存知なんですか?」
「昨日すれ違った……? あぁ。アイツの事か」
「お知り合いですか?」
エアリスの言葉を否定する様にラフィットは首を横に振った。
「いいや……だがここらじゃ最近話題になる奴さ。素性は全く分からないが、たった一人で危険度1のモンスターを何体も狩りまくってるらしい」
危険度とはその名の通りギルドが定めたモンスターの危険度を表すものであり1〜5までのランクに分かれている。例を挙げるとすれば五〜八人前後の第三級ハンターチームで危険度1のモンスターをようやく討伐できるレベルであり、それ以上の危険度のモンスターは第二級や第一級のハンターチームが対処する必要があるのだ。
だがその危険度1のモンスターをたった一人で討伐すると言う事はその者は一人で五〜八人分の実力があると言う事になる。
「そんなに凄い方だったんですね……」
「あぁ、だけどそれだけじゃない。そいつにはある噂があってな」
「噂ですか?」
噂と聞いてエアリスは一瞬、何か悪いものではないかという考えが脳裏を過ぎる。だがラフィットの口から出た言葉は予想を大きく超えたものであった。
「不死身らしいんだぜ。そいつ」
「……へ?」
一瞬、ラフィットが自分を揶揄っているのでは無いかと思い、笑って過ごそうかと考えるが彼の真剣な眼差しを見るからに揶揄っている訳では無さそうだった。
「……プッ! ハハハッ!!」
どう返せば良いのかと考えていると、横から話を聞いていたルーベルが笑い声を上げた。
「ラフィット! まだそんな噂を信じてるのか? そんな話がある訳ないだろ?」
「本当だって! この前、他のチームのダチに聞いたんだよ! 奴が危険度1のモンスターと戦ってる最中にモンスターの爪が胴体に突き刺さっても何事も無かったみてぇに戦い続けるのを見たってな!」
「それって突き刺さった様に見えただけじゃないのか?」
ルーベルの言い放った言葉にラフィットは「うっ」と言葉を詰まらせる。どうやらラフィット自身もその可能性があると考えていた様であった。
「それは……俺が見た訳じゃねぇから分からねぇけど、ともかくそう言う噂が流れるって事は……つまり……そう言う事だ!」
「いやどう言う事だよ」
話を有耶無耶に終わらせたラフィットに的確な突っ込みを入れるルーベルであった。一方のエアリスは噂が本当かどうかはともかく、昨日すれ違った人物がかなりの実力者であったのだと言う事実に驚いていた。
「おい! 盛り上がってる所悪いがどうやら着いたみたいだぞ!」
すると少し離れた場所からバモンの声が聞こえ、見ると先程まですぐ近くにいた筈のバモンが少し先の丘の上に立っており、こちらに向かって手招きをしていた。
三人は駆け足で丘を登る。すると三人の目に飛び込んで来たのは深緑の木々で覆われた広大な森。そして遥か彼方に連なる巨大な山々であった。
「ここが……」
「はい、ここが調査対象である東の森です」
「凄く綺麗ですね……!」
「あの奥に見えるのがハイ・ウォール山脈って言って、マグラベート帝国の国境になってるんだぜ」
壮観な景色にエアリスは目を輝かせる。するとラフィットが森の奥に見える山々を指差してそう説明した。一方でルーベルは森全体を見渡すが目立った変化は見当たらなかった。
「ここから見たところ特に異変は見受けられない……やはり森に入って直接調べる必要がありますね」
「ならとっとと調べちまおうぜ」
ラフィットはそう言うと丘を降って行き、他の三人もそれに続く。そして森のすぐ手前まで近くと先程まで小さく見えていた木々がまるで嘘であったかの様に四人の前に聳え立つ。森の奥は日の光が葉で遮られている為に薄暗く、何処までも続いる様であった。更に奥から吹いてくる風がこの森に入る者達を拒んでいる様でエアリスは一瞬不安に煽られる。
「大丈夫ですよ。この森には危険な生物は生息していませんから」
そんなエアリスの様子を見て案じたのかルーベルが声を掛ける。彼の言う通りこの森にはおよそ二百種類もの生物が生息しているが、危険度が高いモンスターの存在は確認されておらず比較的安全な森とされている。それを聞いたエアリスは少し安心した様子で微笑みながら頷いた。
そして一行は探査能力に優れるラフィットを先頭に森の中へと入って行った。だがこの時、彼らは知る由も無かった。自分達の遥か後方からこの森に近付いて来る者がいる事を。