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それぞれの夢

 あれから1時間。すっかり日も落ちて草原全体が暗闇と静寂に包まれる中、エアリス達は焚火の炎を囲み先程狩ったグラスウルフの肉を使用して作ったシチューを食していた。


「美味しい……!」


 シチューを一口食べたエアリスはその肉の味の良さに驚きを隠せなかった。狼の肉はこれまで食べた事はなく、獣臭いのではないかと危惧していたが口に入れた瞬間にホロリと溶け、甘みのある肉汁が口の中全体に広がり尚且つ臭みは全く無かった。


「だろ? グラスウルフってちゃんと調理すれば美味いんだぜ。それに毛皮は防具や衣服の素材としても十分に使えるしな」


 そう言いながらラフィットはシチューを口に運ぶ。その言葉に同調する様にルーベルは頷いた。


「狩り取った命を粗末にする事なく使い切る。それがハンターや冒険者の掟であり常識なんですよ」


 ハンター及び冒険者の掟。それは『自然と生命を常に尊重し、生態系や自然を崩してしまう程の狩猟や乱獲、破壊行為の一切を禁止する』と言うもの。これは人間も自然の一部であり支配やコントロールをしようとせずに調和を保とうと言う考えから生まれ、ギルド設立当時から守られてきた掟であった。


「ハンターと冒険者ってやっぱり凄い職業ですね……!」


「はい。私とラフィットも子供の頃によく村に訪れる冒険者達から話を聞かされていました。この世界に数多く存在する未発見の遺跡やそこに眠る秘宝の数々。そこに到達するまでの冒険譚。そういった話に憧れて私達は冒険者になったんです」


「まぁ冒険者になった今では新しい目標が出来たがな」


「新しい目標? 何ですか? 是非聞かせてください!」


「えっと……それは……」


 バモンのその一言に興味を示したエアリスだが、ルーベルは恥ずかしがる様に言葉を詰まらせた。


「言っちまえよルーベル。エアリスちゃんはもうチームの一員なんだしよ」


「これは俺達、チームブレイブの目標なんだ。共有しておく必要があるぞ」


 ラフィットとバモンの言葉を受けてルーベルも「それもそうだな……」と呟く。


「私たちの最終目標は……『最果ての到達者(ワールドオーバー)』になる事なんです」


最果ての到達者(ワールドオーバー)……ですか?」


 どこかで聞いた事がある単語にエアリスは自身の記憶を遡る。そして辿り着いたのは冒険者登録をする際の説明を受けていた時の記憶だった。


「それって確か冒険者とハンターの最高位の階級でしたよね」


「そうです。第一級よりも更に上。誰も成し遂げる事が出来なかった偉業を成し遂げた者のみに与えられる最高位の称号。それが最果ての到達者(ワールドオーバー)です」


「いい目標じゃないですか! けど何で恥ずかしがる必要があるんですか?」


 先程のルーベルの反応を見てエアリスは一つの疑問を抱いた。冒険者やハンターは常に今のランクよりも上を目指す事を信条としている。その為、最高位のランクを目指す事のどこを恥ずかしがる必要があるのだろうと不思議に思ったのだ。そんな不思議そうにしているエアリスを見てラフィットが「ハハハッ」と笑った。


「それはなエアリスちゃん。誰も最果ての到達者(ワールドオーバー)に成れないからだぜ」


「え? どう言う事ですか?」


 その言葉の矛盾にエアリスはイマイチ理解しきれずに首をかしげる。するとバモンが隣から説明を始めた。


「通常、階級はその者の実力がギルドに審査されて決定する。簡単に言えばハンターなら危険度の高いモンスターを狩り続ければ、俺たち冒険者は危険なダンジョンや未発見の遺跡を攻略すれば階級は自動的に上っていく」


「それならいずれは……」


 エアリスがそこまで言った時、言葉を遮る様にバモンは「いいや」と首を振る。


「自動的に階級が上がっていくとしても第一級が限界。最果ての到達者(ワールドオーバー)になるにはギルド以外にある存在から認められる必要があるんだ」


「ある存在って……?」


「世界さ」


「世界……ですか?」


「そう。最高階級に上がる為には世界中に認知される程の偉業を成し遂げる必要がある。だがそんな事、頻繁に成せれる訳がない。だから現在でも最果ての到達者(ワールドオーバー)に認定されているのは歴史上たったの二人だけしかいないんだ」


「たった二人!? そんなに少ないんですか!?」


 これまでの長い歴史上でたった二人だけ。その情報にエアリスは驚愕する。冒険者やハンターはここソフィア共和国だけでもかなりの人数がいる。他の国を合わせればそれこそ一国の軍隊以上の数になるであろう。それでも歴史上でたった二人だけしかいないとなると、それがどれだけ狭き門であるかというのが理解できる。


「それに加えてその二人は未だに現役ときた。まさに生ける伝説ってやつだよ」


 バモンはそう言うと手に持つ皿の中に残っていたシチューを口に掻き込む。一方のエアリスは最高階級に上がる為の条件の難しさと壮大さに呆然としており、その様子を見たラフィットは再び笑った。


「これで分かっただろ? 今の時代、最果ての到達者(ワールドオーバー)に成りたいなんて夢見て良いのは子供までなんだよ……こんなこと口にしただけで大笑いされるしな」


 そう言うラフィットはある苦い思い出があった。それは彼が冒険者になりたての頃、ギルドでその夢を語ったところギルド内にラフィットを嘲笑する様な笑い声が響き渡り、その後にエアリスと同じ説明を受けて初めて最果ての到達者(ワールドオーバー)を目指すという事がどれだけ不可能に近いという事かを知ったのだった。それ以来、ラフィットは人前でその夢を語る事はしなくなったが諦めはしなかった。


「だが俺たちはその大笑いされる様な夢を目標にしてる。そうだろ?」


 ルーベルの言葉にラフィットとバモンは静かに頷く。


「そうだな……けどガキの頃からの憧れなんだ。こればかりは変えられねぇだろ」


 そんな三人を見てエアリスは俯きながら「ふふっ」と微笑む。


「そっか……皆さんも私と同じ様な夢を持ってたんですね……」


 エアリスの呟いた言葉を聞き逃さなかったラフィットは何かを思い出した様子だった。


「そういえばあの時、聞き損ねちまったけどエアリスちゃんはなんで冒険者に?」


「あぁ、そう言えばそんな話をしてましたね」


「すっかり忘れていた」


 先ほどのグラスウルフとの戦闘に入る前の会話を思い出した三人はエアリスを見た。


「私にも夢があるんです」


「夢? どんな夢なんだ?」


 ラフィットが興味津々に聞き返すとエアリスは恥ずかしがる様に少し頰を赤くした。


「私の夢は……『アクア・スフィア』を見つける事なんです」


 アクア・スフィアというどこかで聞き覚えのある言葉に先ほどのエアリスと同じ様に今度は三人が記憶を遡らせる。


「アクア・スフィア……って何だっけ?」


「はて、どこかで聞いた様な……」


「確か子供の頃に……」


 思い出す事が出来ない三人を見兼ねたエアリスは咄嗟にバッグの中からある物を取り出し、三人に見せた。


「これは……絵本ですか?」


 三人の目に入ったのは『空からの贈り物』というタイトルが書かれているかなり年季の入ったボロボロの絵本だった。するとそれを見たラフィットが「あ! 思い出した!」と声を上げる。


「その本、昔からある有名な絵本だろ? それで確かアクア・スフィアってのはその物語に出てくる宝石の名前だったよな」


 エアリスは笑顔で「はい」と頷き、持っていた絵本を見詰めながら表紙にそっと手に触れる。


「小さい頃によくお母さんが読んでくれたんです。遠い昔に空から降ってきた世界一綺麗な宝石の話を……」


『空からの贈り物』とは大昔からグランドアイランド内で語られる伝説であり、子供から大人まで知らぬ者は殆どいない程に有名な物語であった。


「なるほど、子供の頃からの夢……確かに私たちと似ていますね。いい夢じゃないですか」


 ルーベルはその夢を称賛するがエアリスはその言葉を否定する様に首を横に振った。


「そんな事ないですよ……皆さんの夢は諦めなければきっと叶えられます。けどアクア・スフィアは絵本の中で語られる伝説……存在するかどうかも怪しい存在なんです……」


 次第にエアリスの絵本を持つ手に力が入り、顔を俯ける。いくら多くの人間に知られている物語と言えど、所詮は絵本の中の絵空事でありアクア・スフィアの存在は歴史上一度も確認された事はなかったのだ。


「こんな話、ギルドで話したらきっと大笑いされちゃいますよね……」


 そう話すエアリスにはある理由があった。それは彼女が魔法学校を卒業する間際に教師や友人に自身の進路を聞かれ、冒険者になりアクア・スフィアを見つけたいと答えた。するといつも一緒にいた二人の親友以外からは猛反対され、きっと恥をかくと忠告されたのだ。それ以来、エアリスはその事が軽いトラウマとなり自身の夢を人前で語る事を控えていた。


「いいや笑ったりしねぇさ」


「え?」


 ラフィットが発した言葉はエアリスが考えていた物とは異なり、思わず顔を上げる。すると三人は笑顔を浮かべていた。


「エアリスちゃんはさ自分の夢の為に冒険者になった。そうだろ?」


「はい……」


「ヴァーリアス魔法学院なんて名門校を卒業すれば、いくらでもいい職に就けた。それでも夢の為に冒険者になるなんて生半可な覚悟で出来る事じゃない。そんな覚悟を持ったエアリスちゃんを笑うなんて少なくとも俺たちはしないぜ」


「ラフィットさん……」


「それに、アクア・スフィアが架空の存在だなんて誰かが決め付けた訳じゃないですしね」


「その通りだ。大昔から誰もが知っている物語。つまり言い換えれば、そんな物語が作られたルーツが存在するって事だ。可能性は0じゃない」


「ルーベルさん……バモンさん……」


 魔法学校の二人の親友以外で初めて自分の夢を肯定してくれる三人にエアリスは感激する。するとラフィットがある事に気づき、ふと考え込む。


「ん? ちょっと待てよ……世界中の誰もが知ってる物語って事は……あぁッ!! これだッ!!」


「どうしたんだ? いきなり立ち上がって……」


 突然声を荒げて立ち上がったラフィットに驚く一同であったがラフィットは自信満々で満面の笑みを浮かべている。


「あるじゃねぇか! エアリスちゃんの夢と俺達の夢が同時に叶う方法が!」


「えぇ?」


「どう言う事だ? 詳しく聞かせてくれ」


「簡単さ。俺達も一緒にアクア・スフィアを見つければいいんだ!」


「俺達がアクア・スフィアを?」


「そうさ! それでエアリスちゃんの夢は叶うし、アクア・スフィアは世界中の人間が知る程有名な伝説の宝石だ。それを発見すれば瞬く間に俺達チームブレイブの名は世界に轟く! つまり成れるんだよ! 最果ての到達者(ワールドオーバー)に!」


 それを聞いたルーベルとバモンは顎に手を当てて考える。いつもいい加減な発言をするラフィットにしては理に適っている、むしろ最適な方法と言っても良いほどだった。


「確かに……いい考えかもしれないな」


「お前にしては至極真っ当な事を言うじゃないか。いつも惚けているくせに」


「そうだろ〜? ……っておい!」


 軽快にノリツッコミを入れるとルーベルとバモンは高らかに笑う。しかしエアリスだけは困惑した表情で「ちょっと待ってください!」と声を上げ、三人はエアリスを見る。


「本当にいいんですか?」


「何がだい?」


 言葉の意味がよく分かっていないのかラフィットが聞き返す。するとエアリスはどこか申し訳なさそうに答える。


「だって……それじゃ私の夢に皆さんを付き合わせるって事になっちゃうんですよ? そんなの悪いです……」


「何言ってんだよ。俺たちはもう仲間なんだぜ? 仲間の夢は俺たちの夢さ」


「そうですよ! 迷惑なんてとんでもない!」


「うむ……二人の言う通りだ。夢や目標を共有してこそ真の仲間と言える」


「みなさん……」


 三人は笑みを浮かべながら快く返答した。そんな彼等を見てエアリス自身も心の底から感謝し、同時にこのチームに加入できて本当に良かったと心の底から思うのであった。


「さぁ、明日の為にもそろそろ休むとしましょう!」


 ルーベルがそう言うとラフィットが手元にあった弓を掴んで立ち上がる。


「俺が最初に見張り番をやる。1時間おきに交代と行こうぜ」


 ラフィットの提案に他の三人も頷いて了承する。


「分かった。なら次は私がやろう」


「じゃあ俺はその次だ」


「それじゃあ私は最後に……」


 ルーベルに続いてバモンが名乗りを上げ、それを見たエアリスは自分は最後に見張りの役を引き受けようと手を挙げた。だがそんなエアリスを静止させる様にラフィットが右手を前に突き出した。


「いや、エアリスちゃんは気にせず休んでてくれ」


「え、でも……」


「いいから! いいから! 野宿は慣れてないんだろ? ここは俺たちに任せとけって」


 ラフィットの言う通りエアリスにとって今回の野宿は初めての経験であった。ただでさえ初めての野宿に加えて見張りをすれば明日の体調に影響する可能性がある。だからこそラフィットはまず野宿に慣れさせようと考えていた。


「分かりました。それじゃあ御言葉に甘えさせて貰いますね」


「あぁ。それじゃ、おやすみ。エアリスちゃん」


「はい。おやすみなさい」


 こうしてラフィット以外の三人は寝床に入った。エアリスにとって初めての野宿は慣れない環境だったが、他の三人の見張りによる安心感や焚火の燃える音や虫の囀りなど周囲の環境音によって、案外すんなりと睡眠に入る事ができた。

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