蜂蜜騒動 前編
ブレイドを冒険者チーム『ブレイブ』に新たな仲間として正式に加え、本来の目的地であるサルランタの街へと再出発したロゼ達一行。
行く先々の村の宿屋でブレイドの持っていた大量の金貨を利用した宿泊を何度か繰り返し、サルランタの都までもうあと少しの地点にまで来ていたのだが……。
「うわぁぁぁッ!? まだ追いかけて来てますよッ!?」
「振り返んなッ!! 今は前だけ見て走れッ!!」
現在、何故か三人は森の中を全力疾走で駆け抜けていた。後方にはバスケットボール程の大きさを誇る巨大な蜂型のモンスター『キラー・ビー』の群れが耳障りな羽音を響かせながら三人を追いかけて来ており、尾の下部から毒針を剥き出しにして迫って来るその姿は心做しか怒っている様にも見えた。
「はぁッ……はぁッ……!! どうして私たちこんなに走ってるんですか!?」
「さぁなッ!? 隣の奴に聞いてみたらどうだッ!?」
「全くッ……何でこんな事になったんだ?」
「お前が原因だろうがッ!?」
「ブレイド君が原因ですよッ!?」
何故この様な事になってしまったのか? それは今から数分前に遡る……。
ーー○ーー
数分前。サルランタの街へ向かう三人は最短ルートで辿り着こうと、正規ルートである街道を外れて森の中を通り抜けていた。森自体はそれほどまで深いものではないのだが高低差が激しい場所が多い事と足場の悪さが重なり、この環境に慣れているブレイド以外の二人の体力は少しずつであったが確実に削り取られていた。
「ふぅ……この辺で少し休憩するか」
「そうですね……ちょっと休みましょう」
「ん? 休憩か? いいぞ」
少し開けた場所に出ると休憩の為、ロゼとエアリスは近くにあった倒木に腰を掛け、ブレイドは腕を組みながら木に寄り掛かった。
「なぁ。目的地まであとどれくらいなんだ?」
「この森さえ抜ければサルランタの都の手前にある村に着く筈だ」
ブレイドの問いにロゼは懐から取り出した地図を見ながらそう答えた。現在地の森からすぐ近くの地点に小さな村があり、そこまで辿り着けばサルランタの街までは目と鼻の先であった。
「ねぇロゼさん。サルランタの都に着いたら甘い物でも食べませんか? 私、美味しいケーキ屋さんを知ってるんです!」
「お! それいいな! 食べに行こう!」
ロゼとエアリスはサルランタの都に着いた後の事を話し出す。魔法学院の生徒時代からよくサルランタの都へ遊びに行っていたエアリスは何処の通りにどの様な店が出店しているのかを既に熟知していた。するとその会話を聞いていたブレイドの口から二人を驚愕させる発言が飛び出る。
「ケーキ? なぁケーキってなんだ?」
「えぇ!? ブレイド君!! ケーキを知らないんですかッ!?」
ケーキという存在を知らない。そんな衝撃的な発言に二人は酷く驚いていた。特にエアリスの方は驚いた勢いで倒木から立ち上がるとそのままブレイドに詰め寄る。
「知らねぇ。てか一回も食った事ねぇ」
「そんなッ!? なんて勿体無いッ!! 都に着いたらブレイド君にも食べさせてあげますからねッ!!」
「お、おう……そんなに美味いのか?」
「アンタ林檎が好きなんだろ? ならフルーツケーキとかきっと気に入ると思うぞ」
「おぉ! 本当か!? それは楽しみだな!!」
好物である林檎を使ったケーキがある事を知った瞬間、ブレイドの中で期待感が増したのかその場でガッツポーズを取りながら喜ぶ様子を見せた。まるで純粋な子供の様な姿を見たロゼはフッと笑みを浮かべる。
「ーーーん? この匂い……」
だが次の瞬間、突然何かを感じ取ったのか寄り掛かっていた木から離れたブレイドは周囲を見回す。そしてこれまで進んでいた道とは全く別の草叢が生い茂る方向へ向かって進み始めた。
「おい、ブレイド! 何処に行くんだ?」
「ちょっと此処で待っててくれ! すぐ戻る!」
そう言い残すとブレイドは草叢の奥へと進んで行き、次第に姿が見えなくなってしまった。残されたロゼとエアリスは互いに顔を見合わせると不思議そうに首を傾げる。
だがそれから数分もしない内に先程、姿が見えなくなった草叢の向こうから息を切らしたブレイドが何かを両手で抱えて戻って来た。
「早かったな。何処行ってたんだ?」
「へへッ! これを取りに行ってきた!」
笑顔でそう答えたブレイドは両手に抱えていた物を差し出し、二人は一体何かとそれを凝視する。そこにあったのはパサパサに乾燥した木片の上に乗っかっている金色の粘着質な液体であった。
正体不明の謎の液体に二人は顔を顰めるが、液体から漂って来る甘い香りを嗅いだロゼはハッとして、その液体の正体に気付く。
「これもしかして……蜂蜜か?」
「おう! 正真正銘天然の蜂蜜だぜ!」
ブレイドが持っていたのは天然の蜂蜜であった。一体何処から取って来たのかは分からないが、初めて見る取りたての蜂蜜をエアリスは興味深く見つめていた。
「凄いですね……私、瓶に詰まってる状態のしか見た事ないです……」
「食ってみろよ。美味いぜ!」
ブレイドに勧められるがまま二人は蜂蜜を指で掬い取ると、それを口に運んだ。
「……うん。美味い!」
「優しい甘さで食べやすいですね! ブレイド君、もしかして……さっき私達が甘い物の話をしてたから、わざわざ取ってきてくれたんですか?」
「あぁ、そうだぜ」
「わざわざ手間かけさせちまって済まないな」
「いいって事よ! でもゆっくり味わってる所、悪いんだけどよ。そろそろ逃げた方が良いかもな……」
「え? 逃げる?」
「何から?」
「逃げる」という言葉に二人は疑問を抱く。別に何かから追われている立場でも無いのに関わらず、一体何から逃げるというのかと理解できなかったのだ。しかし心做しかブレイドはここに戻って来てから少しそわそわしている様子が垣間見得ていた。
「あ……やべッ! お先ッ!!」
すると何かに気が付いたブレイドは体の向きを180度方向転換させると、二人を置いて一目散に走り出した。二人は不思議そうにその姿を見ていたのだが、徐々に森の奥から聞こえてくる耳障りな羽音に気が付くと、ゆっくりと背後を振り返る。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!??」」
するとそこにはキラー・ビーの大群がこちらに向かって一直線に飛んで来ていたのだ。それを見た瞬間、二人は信じられない物を見たかの如く絶叫すると全力で走り出した。
「ロゼさん!! なんですかあの大きな蜂はッ!?」
「キラー・ビーっていうモンスターだッ!! 気を付けろ!! アイツらの針には猛毒が仕込まれてる!!」
キラー・ビーの針には通常のオオスズメバチの10倍の毒素が含まれており、一度刺されただけでもショック死してしまう程の危険性があった。それを聞いたエアリスは真っ青になると走る速度が僅かに上昇する。
「なんでこっちに向かって飛んで来てるんですかッ!?」
「決まってんだろッ……さっきブレイドは何を取って来たッ?」
「……あッ」
背後から追ってくる巨大蜂の大群。そしてブレイドが先程持っていた蜂蜜と乾燥した木片。そこから導き出される答えは最早一つしか無かった。
「絶対お前の仕業だろッ!! ブレイドォォォッ!!!」
遥か前方で独走するブレイドの名を叫ぶロゼの怒号が森の中に響き渡る。
そして冒頭に至るのだった。




