温泉大パニック
30分後……。
ロゼとエアリスの二人はブレイドに連れられるがまま疲れ切った状態で再び森林の中を突き進んだ末、ようやく辿り着いた天然の温泉に浸かっていた。そこは森林の中の岩場に偶然できた正に秘湯とも言うべき場所であり、数メール先の視界を遮る程の湯煙が温泉の周囲に漂っていた。
「いや〜生き返るなぁ〜!!」
「本当、気持ちいいですね〜」
二人は口を揃えて温泉の湯加減を称賛する。先の戦いで酷使した体に丁度良い湯加減の湯が染み渡り、蓄積されていた疲れが一気に吹き飛ぶのを感じていた。その時、ふと周りを見渡したロゼはブレイドの姿が見えない事に気が付く。
「ところでブレイドはどこ行ったんだ?」
「ブレイド君ならさっき食べ物を探して来るって言って何処かに行きましたよ」
「そっか……ならアタシたちが温泉を出る頃には戻って来るかな」
ロゼはそう言うと掌で湯を掬い顔を洗い流す。するとロゼの肌に湯が滴り落ちるのを見ていたエアリスはある事に気が付いた。
「そういえばロゼさんの目の周りの紋章ってメイクじゃないんですね」
「え? ……あぁこれか? なんかいつの間にか入ってたんだ」
湯を掛けても流れ落ちない右目周りの紋章をメイクだと思っていたエアリスは、それがタトゥーであったのだとこの時初めて知った。しかし「いつの間にか入っていた」と言うロゼの言葉がエアリスを困惑させる。
「いつの間にか入ってただなんて……そんな事あるんですか?」
「いやアタシもしっかり覚えてないんだけどさ、不死身の体になった次の日に鏡を見たら知らない間にコレが入ってたんだよ」
ロゼの話では、不死身の体になった翌日の早朝にふと鏡を見ると、既に紋章のタトゥーが入っていたのだと言う。青月虎との戦いの後、意識を失ったまま医者の元へ運ばれたのだが、もし何者かが勝手にタトゥーを入れたのだとすれば恐らくそのタイミングであろう。しかしその可能性はほぼゼロに近かった。
ロゼの運び込まれた病室にはほぼ付きっきりで医者と看護婦が側に付いていたらしく、病室にやって来る者もその二人以外に誰も居なかったとの事であった。そして何より勝手にタトゥーを入れるという行為自体に全く意味がないのだ。
結果としていつの間にかタトゥーが入っていたと言う以外に表現の仕様が無いのだが、当の本人はそこまで気にしている様子はあまりなかった。
「そんな不思議な事があるんですね……」
「まぁアタシは結構気に入ってるから別に良いんだけどな。それより不思議なのはやっぱりアタシの刀だよ……エアリスとブレイドが投げてないんだとしたら一体誰が投げたんだ?」
「風が吹いて飛んできた……っていうのは無理がありますかね?」
「まぁ無いだろうな。あの時風なんて吹いてなかったし、そもそも風なんかで飛ばされるような重さじゃないからな」
「じゃあ刀が自分から動いたってのはどうだ?」
「「いやいや、それは無い……え?」」
ロゼとエアリスは笑いながら互いの顔を見合わせてその言葉を否定する。だが次の瞬間、二人はその言葉が自分達ではない第三者から発せられたものである事に気付き、ゆっくりとその声のした方向……ロゼの真横に視線を向けた。
するとそこにはいつの間にか食料収集から戻って来ていたブレイドが林檎を齧りながら、温泉の縁に腰を掛けて足を湯の中に浸けていた。ロゼとエアリスは引き攣った表情でブレイドの事を凝視しており、一方のブレイドは一体どうしたのかと不思議そうな表情で首を傾げた。
「なんだよ? どうかしたのか?」
「き……きッ……!!」
「き?」
二人の顔が徐々に赤く染まり、そして……。
「きゃぁぁぁぁぁぁッ!!??」
「なにを普通に見とるんじゃお前はぁッ!!?」
エアリスは胸元を両手で覆い隠すと慌てて湯船の中に身体を深く沈ませ、一方のロゼは温泉の縁に置いてあった刀を掴むと鞘から抜き取り、ブレイドに向かって刃を振るう。
「うぉッ!! 危ねぇッ!!?」
間一髪で刃を躱したブレイドはバク転でロゼから距離を取ると刀の範囲内から出る。しかし避けた際に手に持っていた林檎を手放してしまい、空中で弧を描いた林檎は温泉の中へと落ちてしまった。
「おいッ! 何やってんだお前ッ!?」
「それはこっちの台詞だッ!! 覗き見るなら未だしもなにを堂々と見てんだよ!!」
「それの何がいけねぇんだ!?」
「開き直ってんじゃねぇッ!! 女湯に男は入ってきたら駄目だろッ!!」
「え……? そうなのか?」
「どんだけ世間知らずなんだお前はッ!!」
ポカンとした表情のブレイドに対してロゼは指を差すとそうツッコミを入れる。
「だってよアルニマ国じゃ雄も雌もみんな一緒の風呂に入るんだぜ」
「あぁッ……そういえばアルニマ国出身だったなお前ッ……」
ブレイドの言う通り、アルニマ国に住む獣人族の間には入浴に関して混浴という文化しかない。その事は他国の者も周知している事実であり、それを思い出したロゼは少し落ち着きを取り戻したのか刀を鞘に納めた。
「本当に知らなかったんだよな? もしちょっとでもやましい気持ちがあったら……!!」
「そ、そんなの別にねぇよ……それよりもお前、何時迄もそのままだと風邪引くぞ」
「へ……?」
ブレイドに指摘された事でロゼはようやく自身がどの様な状態なのかをようやく認識する。湯船から飛び出て、布一枚纏っていないその姿は一言で言ってしまえば産まれた時の状態であった。
すると先程以上にロゼの顔が赤く染まり、そして……。
「うッ……うわぁぁぁぁッ!! 見るなッ馬鹿ぁぁぁッ!!!」
「ちょッ……待ッ……落ち着けっておいッ!!」
「ロゼさん!? ストップですッ!!」
錯乱状態に陥ったロゼは再び刀を抜くと両手で柄を握り締め、ブレイドに向かって何度も何度も斬り掛かる。それを躱し続けるブレイドであったが、躱す度に背後や側にある岩や地盤を真っ二つに両断して温泉を破壊し始めてしまった。それを見兼ねたエアリスも湯船から上がり衣服で胸元を隠しながらロゼを止めに入った。結果としてロゼは天然温泉周辺の地盤や岩石を半壊した後、恥ずかしさのあまり一時間以上湯船から出てこなかったとか。
因みに余談だが、後にこの天然温泉を訪れてロゼによる破壊の跡を見た者達の間ではあの温泉の周辺にはとんでもないモンスターが生息しているのではないかと噂になったのだと言う。




